第38話

「なん・・・だと・・・」

「へ?」


 耳に飛び込んできた声の方向へと僅かに視線を向けるポポスカ。

 見れば呆然とこちらを見ている二人の騎士が居たけれど。

 ただどうしてか、不思議な事に一人はこちらを指差したまま硬直し、もう一人は開いた顎がふさがらないとばかりに脱力している。


「・・・」

「・・・」

「・・・」


 三者に流れる無言の時間。

 おかげでポポスカは十分に騎士の二人を観察する事ができた。

 彼らが着込んでいる甲冑。帝都レディースレイクにおいて、近衛兵のみが装着を許される物であり、刻まれている花の紋章が相当な位の高さを指し示す。それは同時にポポスカにとって、蓋をしていたはずの憎しみを呼び起こす切欠にもなった。

 何故なら彼らの甲冑は、自分を不幸のどん底へと陥れた公爵家の花紋が刻み込まれているのだから。

 一人は隊長クラス。もう一人はその部下だろう。


「ゴセック公爵の・・・近衛・・・」


 搾り出すような低い呟き。

 彼らに今の呟きが聞こえたのかは分からない。けれど、倒れた大蛇の亡骸を背にし、仮面越しに見据える目は、他を圧倒するだけの雰囲気を生み出すには十分な迫力を持つ・・・ように見えたのだろう。


「た、隊長!」

「う、うろたえるな!落ち着け、落ち着くんだっ」


 片や怯み、言葉尻を噛む。

 彼ら二人は恨みで睨まれているとは露知らず、別の意味で萎縮してしまった。

 魔物魔獣の大移動の調査中、突然の大きな音と地を伝う振動に釣られてやって来たのだが・・・

 到着して早々、大蛇を仕留める冒険者と出合った。

 それも一人で倒してしまうような人物に。

 近衛の二人からしてみれば、姿形から亡骸の力量を推測するのは容易く、そして同時に一人で倒してしまう存在と見えてしまえば、ポポスカが圧倒的な強者に見えてもおかしくない。更には仮面を被り素顔が見えず、睨まれてしまえばどうなるか想像に容易い。

 もっとも、大蛇に止めを刺したのはノクトであって、たまたま蹴り飛ばした大蛇がポポスカの前に落下。力尽きる間際、偶然にも突き出した腕に柔らかい首が突き刺さり止ったという、それだけが事実。

 例えそれが事実だったとしても、断片の情報だけで分かれと言うのが無理な話というもの。

 それどころか・・・


「・・・あの蛇と冒険者をどう見る?」

「蛇は、星七、いや星八はいってるのではないでしょうか・・・。冒険者は、亡骸が傷だらけなのに、彼自身傷一つ負っておりません。最上級星、もしかすると黒星に届いているほどの実力者と推測されます。以上が自身の判断であります、ゴルド隊長」

「やはり、そうなるか・・・」


 額に嫌な汗が浮かぶ。

 部下の判断はまず間違い無いとゴルドは思う。

 手に持っている武器もレイピアと推察でき、本来であれば蛇にあのような傷を与えられるはずもない。加えて、あれだけの傷を与えて無傷で居られる等、相当な実力者と見て間違いない。


「だが一つ解せんな。亡骸の首は一体何処へ行ったというのだ。まさか喰らったというわけでもあるまい?」

「何かの魔法で吹き飛ばしたとしか思えません」

「首が消し飛ぶだけの魔法をか?ここへ来るまでに多大な魔力の気配も感知しておらんぞ。例えそんな魔法が行使できたとしても、コカトリス様くらいなものだろう」


 ですが、と続けようとしたジョンドであったが言葉を変える。踵を返しこの場から去ろうとするポポスカの姿をゴルドが見たからだ。


「お、おい!何処へ行く気だ!」

「・・・何か?」

「っ!?」


 目と目が合い、そして感じた狂気に近い怒気に身が震える。

 調査を担う身として話を聞かなければならないことは山ほどあるというのに、続く発言は許されないと思ってしまった。

 殺される。

 これ以上は踏み込むのは死を意味する。間違いなく、だ。

 ジョンドとゴルドは即座に顔を伏せ。

 ポポスカもこれ以上関わりたくないと視線を切り背を向ける。ポポスカからすれば、ガヴォット・ゴセック公爵の近衛は恨みの対象にしか映らず、一刻も早く立ち去りたい気持ちで一杯なのだろう。足早に立ち去った。

 近衛らも呆然と見送る事しかできず、しばらくし我に返るが。


「ゴルド隊長、追いかけましょう!事情を聞かねば!」

「お前は勝てるのか」

「え?」

「大蛇を一人で倒してしまうような冒険者相手に、お前は勝てるというのか?」

「それはどういう・・・」


 思考が追いついていないと言う部下の表情を見て。経験が浅いなと思い直し、言葉を選ぶ。


「敵意を向けられていたんだ。理由は分からないが、もしも大蛇の次に我々が襲われていたら―――」

「っ・・・」


 否定なんてとてもできない。勝機がまるで思い浮かばない。だから悟った。隊長が言わんとしている事を。


「あの冒険者にとって我々は、大蛇と同様気分次第でどうにでもできてしまうような取るに足らない存在と判断されたんだ。少なくとも今は助かった命を喜ぼう。大蛇も二人で遭遇していたら、逃げ切れたかも怪しい」

「・・・分かりました」

「悔しいだろうが、耐えろ。公爵家に仕える騎士としてお前は十分に強い。・・・ただ、今回の相手が悪かった、それだけだ」


 実力差に打ちひしがれる部下を見ながら思う。

 当たり前のように廃棄された大蛇の亡骸は言わば一財産。討伐依頼が出ていようが出ていまいが、ギルドやクラウンに持ち込むだけでも名声も大金も手にする事ができる宝を、いとも簡単に手放せる冒険者。

 間違いなく最上級星以上の冒険者で間違い。

 亡骸を利用し自身の手柄にすることも考えたが無理がある。ここは素直に上に報告すべきだろう。

 そう遠くにいない仲間を呼び寄せるべく、警笛を手に取ると。


「ゴルド隊長・・・」

「何だ?」

「あの冒険者を止められる者なんて居るんでしょうか?」


 まだ未来のある若手の弱音に対し、隊長として年配者として掛ける言葉が見つからない。どう応えるべきか悩み、有体な言葉で応えることにした。


「そうだな。聖騎士メイプルリーフ様か魔道士コカトリス様であれば、止められただろうよ」

「そう、ですよね」


 言っても聞いても、空しく、悔しく、情けない。

 この歳になっても堪えるものなのだなと、ゴルドは笛の音を響かせる。

 まるでその音色は線引き。これ以上関わりたくないとばかりに辺りへと響いたのであった。

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