第20話

 静まり返った宮廷内の端の一角で、大声を上げ魔力を限界まで開放していれば、人が何事かと寄ってくるのは当然と言える。

 ある者は、悲鳴に近い大声を不審に思い。またある者は、突如として吹き出た魔量に疑問を覚え。そして彼女は、目的のモノを探す過程で辿り着く。

 不測の事態に、誰より早く気が付いたノクトも、受付嬢デアラの制止の声が届く間もなく駆け出していた。


「トテモハヤー・・・イ。って、エヴァンスさん何処へ!?」


 何処へ向えば良いかは分かっている。魔量の感じた方向も同じ。

 ならば今。最短最速で向う事だけに集中すればいいと判断して、ノクトは急ぎ向う。

 少しだけならと魔法行使の許可を出しはしたけれど、準備運動のはずが誰かを伴うとは予想外。それも、息子の相手ができるだけの実力者だ。

 初めに感じた魔量は、第三者によるものと判別でき。次に感じられた、穏やかに力強く発せられた主は、サンラだと直に分かった。

 別にそれだけの事なら、ここまで焦ったりはしない。

 ただし、場所と言う要素が加わるだけで状況は大きく変わる。ここは、人の少ない村でも、人の居ない森の中でもなく、物静かな帝都の中心部に近い宮廷内。

 全ての機能が集約される場所で、何の前触れも無く発せられる魔量という条件が揃えばどうか。

 それも一つでなく、同時期に二つだ。

 異変が起っていると変に勘繰られる可能性も否定できない上に。ノクトのようにもしも、魔量の感じ方一つで、怒りに任せ吹き出たものだと分かるものが居たとしたら・・・

 とにかく今は駆ける。

 鍛錬場で何が行われているかを把握する事が大事なのだから。


「あそこか」


 一番に飛び込み、鍛錬場内へ身体を滑り込ませたノクトが見た光景とは。


「・・・ふむ」


 何故かサンラが壁にめり込んでいる事に加え。鍛錬場の中心では、彫刻の様に呆然と背中を向けて立つ子供が一人と、地面に見慣れた穴が一つ。

 鍛錬場にある穴だけ、サンラが自らの足で掘ったものであろうと推測できるのだが。


「さっぱり分からん」


 どんな状況下でこうなっているか推測が立たず。考えを張り巡らせ、同時進行で他に手がかりが無いか見ていると。

 不味いモノを見つけてしまった。

 この地で出合った剣舞を生業にしている二人組み。その内の一人、ウルバから得た情報から、立ち竦んでいる子供の服には花を模した紋章が付いており、貴族だと分かった。見ただけでどれだけの地位の貴族かまでは分からないけれど、状況が状況だ。

 良い方面に考えないようにしておくべきだと決めて、立ち竦んでいる子に声をかけようと手を伸ばしかけようとした時。


「っ!!」


 突如少年は走り出す。

 走り出すと言うよりも、この場から逃げ出したというのが、多分正しいのだと思う。

 何故なら、去り際に目尻から涙が出ていたように見えたのだから。

 子等が喧嘩し、結果あの少年はサンラに負けたのだ。


「・・・・・・」


 対して自分の息子が、未だ壁にめり込んだままなのか開明できない状況ではあるけれど。

 とりあえず場を離れるべく呼びかけてみた。


「おーい。サンラー?」

「ふご!!」


 ズボっと言う音と共に息子が壁から剥がれ落ち。そして、知る事になる。維持されている身体強化と、足元よりも下に展開された硬化魔法。

 それらから推測できるのはあれしかない―――。


「お父さん!」


 子が親に甘えを求める声を上げながら、一瞬で胸元まで飛び込んできた息子。余程嬉しさが余っているのを表すように、ノクトのお腹辺りへ抱きつき顔全体でぐりぐりと擦り付ける。

 出来たよ。褒めてよ。と口にはしないけれど、多分これは無意識に求めているのだ。

 褒めるに値する成長を遂げてくれたなら、ちゃんと褒めてあげるのも親としての役目。

 だから、サンラが擦り付けてくる姿に応えるよう、頭をそっと優しく撫でる。


「サンラ、頑張ったんだね」

「うん!どうして駄目だったのか、どうすれば良いのか全部分かったよ!だから、追いかけっこして!今度こそ勝つから!」

「それじゃあ―――」


 抱きついた状態からサンラが顔を上げた瞬間。


「誰か居るのかー!」

「あ」


 嬉しさに感けていたが我に返り、今の状況を思い出す。

 先程受付で見ていた資料の情報等から、鍛錬場は受付嬢の権限一つで使用許可が降りるものではなかったはず。さらに、中央に一箇所掘られた穴が一つ有り、備品も数点折れたり転がったりという状況だ。状況を説明できるであろう少年はもう居ない。例え残っていたとしても相手は貴族で印象も多分、悪い。

 トドメに壁にはめり込んだ傷跡のオマケ付き。

 言い訳のしようも、無い。


「・・・サンラ。追いかけっこしよう」

「本当!?」

「ゴール地点はそうだな・・・、帝都の外でどうかな」

「うん、分かった。でも試験はどうするの?」


 勝負の条件を伝えていきながら、この鍛錬場の修理費をそっと人の目に留まる位置に置きつつ。


「これで・・・よしっと」


 地面に一言、修繕費です。と書くのも付け加えておく。


「サンラ、試験はまた別の日にしよう」

「どうして?」

「急用が出来たんだ」


 あながち間違ってはいないけれど、息子へ嘘をついてしまった事に心が痛むが、ここは已む無し。

 宮廷内の敷地に留まってしまえば見つかる可能性が有る事を考慮し排除。状況がかなり切羽詰ってきているのだから急ぐ。


「じゃあ、用意はいい?」

「うん!」


 我ながら好きな遊びをぶら下げ、誘導するのはいただけないことではあるものの。時は急を要するのだと割り切り行動に移す。

 それに策的で感じた目も気懸かり・・・

 最悪の自体を考え、試験を放棄してでも今は、帝都から一時離脱を優先する。

 周囲の人間の位置を確認してから走る態勢を整え。


「よーい・・・」


 サンラの足元に硬化魔法が展開されているのを尻目に確認し、合図を出した。


「どんっ!」


 一気に加速し息子と距離を開け。追いかけてくるサンラが横道に逸れないよう、導となるべく駆け抜ける。

 背後を見ずとも付いてこれているのが分かった。今までよりも速い追いかけっこに関わらず、だ。

 二人は、あっという間に宮廷を抜け内周街へ。だが、まだ安心は出来ない。内周街も外周街も、堂々と道を通れない上に、何よりも人々の通行を避けねばならない。ならば何処を通るか、と聞かれれば。自ずと屋根伝いとの回答を余儀なくされる。

 何人かの目には留まってしまうだろうが、これだけの速度だ。例え見られたとしても一瞬の出来事で済み。遠くからの認識は難しく、得られる情報は軽微なものなら問題にはならない。

 軽々と屋根と屋根の間を飛び。

 流れ星のように一瞬で流れ去っていく二人の姿。

 一方で、この時ノクトは気付いていなかった。

 こんな時でもサンラがしっかりと父親の一挙手一投足を観察していた事を。

 屋根伝いを飛び跳ねるように移動しているのだが、少なからず屋根道にだって障害物は有った。それらを避ける為飛べば、数秒間は宙を飛んでいる形になる。その僅かな時間の間に、手の平で空中に地面と同様の壁を作る事で、空中で向きを微妙に調整していた。

 しかしどうしてエヴァンス親子はこんなにも楽しそうに走るのか。

 追いつくか、と言うところで差が開き。

 追いつこうと頑張り追いかけ、差が縮む。

 あっという間に外周街へ到達すれば、平坦だった屋根道に不規則な起伏が加わる。だが、止まらなければ減速もない。

 変わらず追いつき追い越せ。

 それを何度も繰り返し、そして・・・


「とうちゃーく!」

「ぐあああ・・・」


 無事、帝都レディースレイクの外へと出たエヴァンス親子。

 勝負は父親に軍配が上がり、どうだと言わんばかり。息子は全身で悔しがって地団駄を踏む。

 この後、ほとぼりが冷めるのを待ってからエヴァンス親子は、何食わぬ顔で帝都レディースレイクへと再び入都するのだが。

 その少しだけ前に、ふとノクトは気が付くのだ。とても、とっても大事な忘れ物に。


「あれ?サンラや、剣はどちらに?」

「・・・あ」

「おや?」

「ごめんなさい。鍛錬場に置いてきちゃった」

「おおおおおおお!?」


 そして、何だかんだで、締まらないまま入都一日目を終えたエヴァンス親子であった。


 後日談。

 エヴァンス親子が逃亡以降、帝都レディースレイクでは、実しやかな噂が流れ始める。

 奇しくも、第二皇女フローラリア・レディース・レイクと、御付の騎士ヴェイル・マクエルトが持ち帰った情報が合わさり。宮廷内と内周街の一部では、魔王の再来や刺客の襲来という目も葉もない事が噂され。外周街では、正体は未確認でありながらも、流れ星のように煌いていた様子から、幸運の女神がやって来たと囁かれるようになる。

 これらが今後どのように関わってくるのか分からないけれど。

 発端であるエヴァンス親子は、知る由もあったりなかったりするのであった。


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