第21話

 使用者達が居なくなった鍛錬場に、次に現れたのは周囲を巡回していた二人の近衛兵である。

 二人の内の一人は、先に鍛錬場へ足を踏み入れた際に、空いている窓が何かが飛び去ったような印象を受けたが、鳥か何かだと特に気にも留めることなく状況確認を開始していた。

 しかし、ここへ到着して早々、彼らは疑問を抱くだけで大した成果を上げられずに居る。

 魔量を感じた事と悲鳴に近い叫び声を遠くから聞いたところまで情報があるのだから、何かが起こっていたのは間違いない。しかしながら、つい先程まで死闘に近い喧嘩が行われていただなんて、思考の片隅にだって思いもしないだろう。それこそ子供同士の大喧嘩だなど考える余地すら無い。

 近衛兵として宮廷を守る役割を背負っているのだから、最低限何かしなければという思いもあり。情報収集を兼ねて、何故か散らかっている鍛錬場の整理整頓を始めていた。

 近衛兵になる前は彼らだって騎士見習いの時期を経験しているからこそ、この鍛錬場のあり様はいただけなく思い、ついつい言葉が出てしまう。


「ったく。ここで誰が何してたか知らないが、何処か行くにしても片付けてから行けよな。模擬剣も出しっぱなしにして・・・」

「だなー。こっちなんか、折れたやつが投げ捨ててあるし」


 口にしながら地面に落ちている剣身の無い剣柄を拾い上げる。


「・・・そんな不良品が、何でこの鍛錬場に?」

「知らんよ。叫んでいた大声みたいなものも聞こえたから・・・。大方、不満か何かをこの模擬剣でウサ晴らししてたんじゃないのか?」


 言いながら周りを見渡せば、折れた剣身が近くに落ちていた。さらに、少し離れたところにも折れた剣の鞘だろうと思われるのも落ちているではないか。

 視線を見合わせた二人はそれぞれ。

 一人は折れた剣身を。

 一人は鞘を拾いに行く。


「んで、折れた。って具合じゃないのかね」

「・・・模擬剣てそんな簡単に折れるもんかな?」


 合わせればぴったりと一致したのに満足し。

 接合部分を見せながら続きを言う。一致したのを見て疑問は解消されたようだ。

 それにより幸か不幸か、偶然の悪戯で間違った検証結果が作り上げれられていく。


「見てみろ。ぴったりだ」

「ってことは、誰かが一人暴れて?折った、と。幾分か発散できた所で我に返り、逃げ出した?みたいな?」

「そんなところだろうよ。辻褄も合うし、上官への報告はそんなもんでいいだろ?犯人に繋がる痕跡もなさそうだし・・・。とっとと片付けて任務に戻るとしようぜ」

「そうするか。宮廷内で堂々とやるなんて、肝が据わってるヤツも居たもんだ―――。って、何だこりゃ」

「んー?どうかしたのか?」


 見れば座り込み何か確認しているような仕草が伺えた。


「修理費です。だとさ・・・」

「はあ?勝手に暴れて、お金だけ置いていくって、どんなだよ」


 地面に文字が書かれ、意味通りのお金も置いてある。


「明るく考えようぜ?それだけ、宮廷内が平穏だってな」

「こんな事するヤツがいるのに平穏か?」

「あ、違いねえ。ははは」


 と、呑気な会話が交わされ笑い合う二人の近衛兵。実際、この場が片付けられる事で、真実に繋がる証拠が次々闇へと消えていくのだが、誰にも止められない。

 硬い地面に空いている穴は、どうすれば鍛錬場の踏み固められた足場を抉れるというのか。

 壁に見える凹んだ後の大きさも、どんな状況でどんな人物が衝突すれば凹むというのか。

 きっと彼らの頭の中ではこう補完されているのだろう。

 鬱憤を晴らす為に、魔量を開放して力いっぱい模擬剣を地面へ叩き付けたことで穴が空き折れた。

 不満を解消する為に、攻撃魔法を壁に向って放った、と。

 最後は見つかるのが怖いからお金だけ置いて逃げる、文字通り言葉とお金を置いて。

 冷静に考えればそんな事などありはしないのに。自分に関係ないのだと思う者には、問題点が見えてこないのだ。


「模擬剣か・・・」

「模擬剣がどうしたのか?」

「いや、俺達もお世話になってきたじゃん、色々とさ。この鍛錬場の模擬剣は大分痛んできているし、交換したほうが良いんじゃないかなって思っただけさ」


 言われて見渡す。

 確かに言われて見れば、模擬剣だけでなく、手入れはされているものの他の防具も同様に傷んでいるように見える。

 自分達の上官に今回の事件のあらましを報告がてら、模擬物の交換を進言するか否かを考えてきた時だ。 不意に、清んだ声が二人に掛けられた。


「あのっ!近衛、さん。その剣を、私に、いただけない、かしら・・・」

「え?」

「え?」


 声がする方向へ顔を向けると、呼吸が荒げ俯く女性が一人。

 余程焦り走ってきたように見える身なりの乱れに、元々汚れていたのか分からないが、全身に土や埃が付着しており一見怪しく映る。

 もしかして犯人か、と思った近衛の一人が警戒の構えを見せようとした時だ。もう一人が慌てて動きを静止させた。


「何を考えて―――」

「馬鹿かお前は!よく見ろ、ユーティリア皇女殿下だぞ!」

「へ?」


 一瞬言葉の意味が理解できなかったけれど。いくつかの条件が合わさり気付く。

 俯いた顔が上がったのと。土被り姫の噂。何より汚れているが、衣服に刺繍されている花の模様だ。

 花は帝都レディースレイクでは地位を表す。その刺繍された花の名が、レディースレイクとなれば。目の前の人物が誰なのか聞く必要もなくなる。


「ユーティリア皇女殿下!?」


 何故こんな所におられるのかは分からないが、兎に角今は頭を下げねばならず。

 急ぎ左足を前へ、右膝の皿を地面に付け頭を下げる。


「し、失礼いたしました!」


 王族に対して警戒の構えを向けるなど不敬罪を問われても文句は言えない。しでかしてしまった罪に後悔し、全身から汗が噴出すが。

 掛けられた言葉は思いもよらぬものであった。


「頭を上げなさい。今は時間が惜しいの、その剣を借りれないかしら」

「け、剣を。でございますか?」


 遥かに高い身分の人間からの申し出なのだから否応無く応えなければならないのだけれど、余りにも状況に不釣合い過ぎ、膝をついたまま躊躇してしまう近衛の二人。

 どうするかと顔を見合わせた瞬間。

 ユーティリアの後ろから、更に一人姿を現す。


「「!!」」

「ユーティリア様、いかがされましたか」


 ある意味。第三皇女であるユーティリアよりも、彼の顔を知る者が多いと思われる人物であり。彼ら近衛の頂点に位置し、聖騎士の称号を持つ人物。トリスタント・メイプルリーフその人だった。


「こんにちは。急ぎ剣か何か丈夫な物が必要なの」

「剣?何故そのような物を―――」


 すっと目が細くなり、警戒色が滲む。

 近衛兵の二人は滲み出た重圧に気圧され、頭が地面に付くのではないかと言うほどに押下がる。

 トリスタントは訳有ってここへ着てみたのだが、何やら様子がおかしく、剣を欲しがる理由が全く推測できない。ならばと、慎重に、近衛やユーティリアの言葉の真意を探る事にした。








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