第19話
ブーツホルトの猛攻を受ける中、偶然にもそれを視界の中に捉え。そして、サンラは見出した。
父親との追いかけっこで追いつく方法を。
狂人のように暴れ振るうブーツホルトの身体から、振り撒かれる粒子は身体強化の証。
身体の表面に水の膜で覆うと表現される事例が多い身体強化だが、身体を動かしながら留める事が難しく、蒸発する水のように宙へ飛んでいく。
だが、サンラが見ていたのはそこではない。足元だ。もっと言えば、強化されたブーツホルトの足裏と地面に答えはあった。子供ながらもしっかりとした基礎が出来ていたからこそ、理性を失ってもなお身体が反射的に行使できた技術である魔法、地面の強化。
「私は!私は!私は!こんな素人なんかにいいい!私はああああああ」
目の当たりにした経験と森の中で穴を掘るように進んでしまった体験が合わさり辿り着いた、一つの答え。
身体強化を行えば地面を蹴る力も跳ね上がるが、前提として踏み込みに耐えうる足場が必要だということ。
追いかけっこの最中。地面を蹴る力を増しても、思うような速度を得られていなかった。落ち葉や湿り気を帯びた森の地面を、強化した足で穴掘りしながら進んでいたようなものだったのだ。
今まで身体を痛めないようにする肉体保護と脚力強化にばかりに目を取られ過ぎ、蹴る地面は思考の外。
でも一度気が付き、理屈を理解した瞬間。全身に何かが走り、思考の中が一気に広がった気分になる。
試してみたい。
実践してみたい。
何とかブーツホルトの猛攻を凌ぎ、その時はやってきた。
「あ、危なかった」
身体強化は繊細なものだ。自分の父であるノクトのように、戦いながらや走りながら身体強化を施すのはサンラにはまだ出来ない。
だから水平切りを受け止めた後、大きく距離を取る事で時間を作る。
「これでも、届かないのか・・・」
幸い相手が一度手を止めてくれたおかげで、身体強化を施す時間を得た。
広大な湖の中へ身体をゆっくり沈めていくよう、身体強化を施していく。隅々まで行き渡らせ、身体の産毛一本から手足のツメの間にまで包み込む。
完了すれば全身に力が溢れてくるのが手に取るように感じられるところまで終えた。
そして、ここからだ。
踏み込む足元を魔量を注ぎ込んで固めていくイメージ。ここは森とは違い訓練場なのだから、あまり固めすぎると前に父親との鍛錬で得た実体験も含め、踏み込む際足の間接に負担が掛かってしまうかもしれない。地面は軽い強化に留めて、身体保護を重点的に、最後に脚力へ魔量比率を分配していく。
後は試すだけに状況が整い。心が踊る。
「いくよ」
礼儀の為に声を掛けたのだが反応が鈍く、一瞬聞こえなかったのだろうかとも思ったが、数拍して彼は構えてくれた。
模擬剣が構えられた所へ飛び込み打込むだけ。
グッと足に力を入れ踏み込んだ瞬間だった。
「?」
まるで落とし穴に落ちたかのように、足場が無くなる感覚に陥り、前のめりに身体が傾くが止められない。
それは何故か。踏み込んだはずの足が、地面を抉ったのである。
サンラの強化された脚力では、訓練場の踏み固められた地など砂場同然。
後は説明するまでも無いだろう。意気揚々と踏み込んだにも関わらず、その足が空を蹴ったように軽かっただけであり、勢い余って地面に衝突したという訳だ。
「ふがっ!?」
「・・・?」
身体強化を施していたお陰で痛みは無かったものの、別の意味で痛かった。自分以外に周囲に彼しか居なかったことも幸いし、恥ずかしさを笑って誤魔化す為、急ぎ起き上がる。
「・・・え?」
「間違えちゃった、へへへ・・・」
模擬剣を構え直し、再び攻めようとして。
「どれだけ私を辱めれば気が済むんだ・・・」
「何を―――」
「貴様はあああああああああああああ!」
彼の叫び声以外はとても小さく聞こえなかったけれど、姿を見れば分かる。
多分、残りの、有りっ丈の魔量で、この一撃に乗せて自分の相手をしてくれようと言うのだろう。ならば、その思いに応えなければならない。
脚力強化に回していた魔量を幾分減らし、地面強化と身体保護へ再分配していく。
「うあああああああああああああああ!」
「今度こそ!」
踏み込む足にしっかりとした反発が返ってくる。力が、入る。踏ん張れる。
グッと踏ん張りが利き、今までと違う足の感触に一瞬で高揚してしまう。
この時サンラは、どちらが攻めでどちらが守りかなんて事は忘れてしまっていた。
ただ彼の思いに応えねばならないという純粋な気持ちから、今許される精一杯の一撃を放つ。
二人の間は彼らの足で十歩の距離。模擬剣を振り上げようとブーツホルトが一歩踏み込んだ瞬間、残り九歩の距離をサンラは瞬時で詰めた。
「んな!?」
「へぶっ!?」
チュイン。と何かの音が一つと。
勢い余った誰かが壁に衝突する音が一つ。
短くも長くも感じる沈黙の末、決着が付く。
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