第15話

 旅の憩を出たエヴァンス親子は、一番近い申請所での申し込みを終え。指示された場所、王宮内の端にある試験場に到着していた。今は受付を済ませ、持っていた申請書を審査してもらっている最中。

 にこやかな笑顔を貼り付けたまま、四方士試験受付嬢であるデアラは事務仕事を続けていた。


「サンラ・エヴァンス君、ね。魔士院志望で―――」


 粛々と自分に与えられた仕事を処理しているわけなのだが、実務が簡単過ぎ、かなり暇な一面もあった。彼女本人もその同僚も、その境遇に満足しており自ら変えようと望みはしないのだが、代わりに時間潰しとも言うべき、志願者粒チェックと呼ばれる遊びが流行っていた。と言っても、休み時の話のネタにする程度のものである。


「八歳、ね・・・」


 記入が終わった試験申込書を審査しながら、目の前にいる仲の良さそうな親子を見て、声には出さず心の中で呟く。

 身形は平々凡々。容姿は飛び抜けて良いけれど、自分の好みとして範囲外。こういう万人受けしそうな男親は、いくら子持ちといっても多数の相手と遊んでいそうで手を出したら駄目だ。子の方であれば将来に期待が持てるが、自分と年の差が離れすぎていてこちらも駄目、さほど差の無い層の同姓が憎たらしいくらい羨ましい。加えて資金も持っているから余計にだ。レディースレイクの民権を持っていない為、試験費用と万が一受かった場合、卒院までに掛かる費用の一括支払いが必要と説明したら、軽く二人分は卒院できそうな額を見せられた。


「駄目元で声でもかけとこうかしら・・・」

「え?」

「あ!いえいえ!何でもありません」


 心で呟いていても、最後の一言だけ漏れてしまったようで、慌てて笑顔を貼り直す。


「それでは申込書に不備は―――はい、見当たりませんね。んーと、魔士院を希望と言うことですが、説明したとおり必ず叶うとは限りませんので、ご了承ください・・・」


 改めて書類を見直しつつ説明を続けていくが、久しぶりに見る高望みな志願者だと思う。もしかしたら、今まで見てきた志願者の中で一番かもしれない。志望理由が余りにも大人び過ぎていて、親がそう書けと日々書く訓練をしてきたのかと問いたくなるくらいの内容だ。大抵の場合は、親子で来た場合は殆どと言って程に親が代筆するのだが、最初から最後まで子一人で書ききったのにも軽く驚かされた。

 自己申告欄も、子の年齢で魔物魔獣狩経験多数、傭兵経験有りに加えて魔法適正検査経験無しと書かれているにも関わらず、魔士院を希望。

 先ほど騎士院ではないのかと声を掛けてみたが、間違いありませんと言われた際には、不覚にもときめいた。いや、再確認したものだ。

 余程実践経験で大物を相手にしたのだろうことが予測されるが、討伐対象も之と言った目立つものもなく、どうしても疑惑が先行してしまう。

 親は親で、ニコニコと子供を見ているだけで、自分のことなどまったく視野に入っていないのにも腹が立ったが、子が好き過ぎて周りが見えていないと結論付けることで苛立ちを治めた。


「そうですね・・・」


 周りを見渡すが、今日に限って何故か申込者が多く、実技試験に始まり、魔法適正試験も埋まってしまっていた。

 過去最大とは言わない。それでもここまで埋まってしまうのも珍しい。

 四方士試験の募集は日々行われており、祭事や国事が無い限り開かれている。志願者は好きな時に受けることができ、混雑を防ぐ仕組みが取られている。代わりに、受かった場合は入院まで待機を命じられ、指定された日時に一斉に入院するというのが決まりだ。

 どうしたものかと悩むデアラ。とりあえず、待ってもらう他無いと判断し、魔法適正試験から受けてもらおうと決め、指示を出そうとした時。


「・・・もし、試験まで時間があるようでしたら、息子と準備運動をしていても問題ありませんか?」


 事前説明とデアラらの様子から、どういう状況か判断したのだろう。一つの提案がノクトから出された。


「準備運動、ですか?う~ん・・・」

「はい。先ほどの説明の中では、身体を温めてはいけないとはありませんでしたので、もしよろしければ許可をいただきたいのですが」


 問われて悩む。

 説明は確かにしなかった。というより、受付手引きに書かれていないのだから、説明なんてする訳がない。どうしたものかと考え。

 今までの経験や手引きの個人的解釈に、先ほどの鬱憤も晴らしてやろうという思いも無意識に加わって、次のように導き出した。


「でしたら、お子さん一人であれば、ここの敷地内であればご自由にどうぞ」

「サンラだけで、ですか」

「はい。ここの受付では他の方もおりますし、お子さんの順番が何時回ってくるか分かりません。いつでも呼びにいけるよう、エヴァンスさんには待機をお願いしたいのですが・・・」


 よくもまあ、自分の口からすらすらと、このような言葉が出るものだと思ったが。

 一瞬考え込んだ彼と目が合う。するとどうしてだろうか、スッとした気持ちになり自然と顔が大きくなった。


「はい。分かりました。確かにここだと他の方の迷惑になってしまいますね。それでは、身体を動かせるよう、近場をお借りしたいのですが―――」

「え、っと」

「ここまで来る途中にいくつかの鍛錬場がありました。そこをお借りしても構いませんか?」

「え、あ、大丈夫だと思います」


 本来なら、ただの受付嬢であるデアラに権限等有るはずも無く、実際は越権行為に当たるのだが・・・

 ノクトの笑顔と言葉を挟むタイミング、日頃からノクトが言っていた鍛錬場は殆ど使われていないと予定が入っていないと知っていたことで、勝手に良いと口に出してしまったのだった。

 彼女は気が付いていないが、他に順番待ちしている者達も聞こえていた。しかし、彼らは彼らで、試験待ちの緊張感からか気に留めただけで動こうとはしない。


「ありがとうございます。それでは自分がここに残り、息子だけ行かせていただきますね」

「はい・・・」


 念を押し、腰を下ろす。

 すると真横に居たサンラと目線が合う形となり、囁くには丁度良い格好となった。


「途中にあった鍛錬場は覚えてる?」

「うん」

「お姉さんの許可が下りたから、そこに行っておいで。サンラの順番が着たら呼びにいくからな」


 ポンポンと頭を撫でつつ、そっと囁く。


「それと・・・。準備運動だけどね、ちょっとだけなら魔法を試してみてもいいよ」

「え」


 一瞬何を言われたのか分からなかったのだろう。掛けられた言葉の意味を理解し、心からの笑顔を浮かべるサンラ。


「ちょっとだけ、だからな」

「はい!お父さん!」


 余程嬉しいのか一目散に掛けていく姿が微笑ましい。

 ノクトも息子を見送ると立ち上がり、残る問題を解決すべく、デアラに声を掛けた。


「えっと、試験の概要と規約等を確認したいのですが、可能であれば一通りを見せていただけませんか」

「それは先ほど説明したと思うのですが・・・」

「はい。教えていただきありがとうございました。もっと詳しく知りたいのです。本来なら貴女から聞きたいところなのですが、他の方々もおられるようです。待つ時間もありますし、目でも確認したいので、お願いできませんか?」


 もう何を思っても後の祭り。

 普段から手引書に沿って行動していたデアラは、例外を出されると考えられなくなってしまう。まるで何かに踊らされているかのように、ノクトの指示に従ってしまうのであった。


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