第16話

 見渡せば所々傷んでいるものの丁寧に補装されており、隅々まで手入れが行き届いている。

 立て掛けてある武器や防具の類も磨かれているだけでなく、地面は踏み固められ一枚の岩と言ってもいい。それだけ、歴代の騎士達がこの鍛錬場を使用し、踏み固めてきた証といえるだろう。

 広さは街で見かけた民家を三つ並べた程度ではあるものの、しっかりと整理整頓されているおかげでより広く感じるくらいだ。


「すごい・・・」


 鍛錬場の雰囲気を全身で感じ取ったサンラは、自然と身震いが起り、言葉が漏れた。

 一頻り後、先ほどから気付いていた存在へと視線を向ける。視線の先には子供が一人居る、男の子だ。

 歳は自分と同じくらいに見て取れ、背丈も差は無く、素振りをしているではないか。

 つまり、同年代の歳の離れていない存在。

 振られる手は淀み無く、サンラの目から見ても綺麗なものだった。

 同年代と思われる同性で、あれだけの素振りを見たのは初めての事。ワクワクドキドキと心が躍り始め、好奇心が吹き上がると同時。

 思わず礼儀を忘れて声を掛けてしまったのだ。


「あの!」

「っ!?誰だ!」


 驚いたように振り返り手を止めた姿を見て、サンラは自分の過ちに気が付く。

 ここで素振りをしていたと言うことは、自分と同じく準備運動でもしていたのだろう。先客で、且つ、集中していたところを邪魔してしまったのだから、自分に非があるのは明確。


「ごめんなさい。邪魔をするつもりは無かったんです。ただ、僕もこの場をお借りしたくって・・・」


 兎に角自分の非を謝るべく頭を下げ続ける。

 すると、敵意を明確にし構えた相手であったが。


「・・・・・・」


 しばらくの後、サンラの謝罪が本気だと悟り、ゆっくりと構えを解き始める。

 それを雰囲気で感じ取ったサンラは、身体を起こし相手を見た。ただし、再び上がった顔には、貴方に興味がありますといった意思が明確に貼り付けられているのだが。

 瞳孔も開き、瞳はキラキラと輝いて、全身で感動したと表現しているようだ。

 すごいすごいと声を発してばかり。自分を褒めているばかりで敵意が全く無いと気が付くと、拍子抜けしたように警戒も解かれていく。


「僕の名前は、サンラ。君の名前は?」

「・・・・・・」

「あれ?えっと?」


 彼は一体何者なのか。

 距離は離れているといっても背後を取られたことに変わりない事実が有る。いくら素振りに集中していたと言っても、同じ子供に自分が引けを取るわけがない。

 その一点が引っかかり素直になれずにいるが、続けて質問を投げかけられたことで、ある単語が耳に届く。


「いきなり名前を聞くのも失礼だったよね、ごめんなさい。んと、どうしても準備運動したいので隅っこの方でもいいから、借りれませんか?」

「え?」

「もうすぐ試験があって、準備しておきたいんだ」


 試験と言われ思い浮かんだ言葉が一つある。


「・・・四方士試験か」

「そう、それを受けるんだ!君も!?」


 自分にも記憶に新しいものだからこそ思い浮かんだのだが、呟きが結果的に会話を成立させてしまう。


「いや。私は既に騎士院に―――」


 そこで一度言葉を区切った、自分のペースを取り戻す為にも。

 先ほどは不意を突かれ動揺してしまったが、よく見れば相手は貴族でも何でもない様子。四方士試験を受けると言うのだから受験者なのだろう。そんな人間に、この自分が背後を取られるわけが無い。であれば自分が油断していたと言うことに他ならず。

 自分も未熟だったと結論付ければ、冷静になることができた。


「こっちも警戒してすまなかった」


 姿勢を正すと、少年の相手を見据えれば視線が合う。

 そこで初めて視界に入れたサンラが、自分と同年代に近い少年だと彼も気が付いた。

 身形は質素で、腰には体格に不釣合いなやや長めな剣。自然体で立っており、距離は離れているが今から斬りかけても倒せてしまいそうな雰囲気さえある。

 本当に只の受験者だったと気が付き、ふっと笑ってしまった。


「?」

「おっと、失礼した。えっと、それで君は、何故ここで・・・それも準備運動を?」

「うん。本当はお父さんと打込みをしたかったんだけど、他の人の迷惑になるからここでって教えてもらったんだ」

「打込み?」


 その剣で?

 君が?

 とは続けなかった。

 何故なら父様からの教えがあったから。いずれ父様のように騎士の頂点に立ち、全ての騎士を導ける存在になれという教えが。

 今の言葉は、彼の見栄かもしれないし、試験前に気持ちが高ぶっているのかもしれない。

 それを自分が邪魔をしてはいけないと思った。

 だから、ここは自分が導いてあげるべきだ、彼に手助けをしてあげなければならないと、そう決める。


「打込みなら、私が相手をしようか?」

「本当!?是非お願いしてもいいの!?」


 やっぱり。と確信した。

 自分の父親であり。現レディースレイク聖騎士トリスタント・メイプルリーフ。

 その息子である自分がやるべきことは、こういうことの積み重ねなのだと。


「えっとーなんて呼べば?」

「そうだったね、失礼した。君の名前を先に聞かせてもらってもいいかな。考え事していて、さっき聞こえていなかったんだ」

「僕の名前は、サンラ!サンラ・エヴァンス!」

「私は、ブーツホルト・・・」


 レディースレイクの騎士の頂点。自分の父様の言葉を信じ、真っ直ぐ進んでいこう。

 いつの日か、トリスタント・メイプルリーフから聖騎士の称号を受け継ぐその日まで。


「ブーツホルト・メイプルリーフだ!」

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