第14話

 広い花壇を手入れしている人物が一人居た。額には薄っすらと汗が滲み、手は汚れ、全身に土埃を被ってもなお続ける姿は、その道の職人であればどんなに栄えた姿だと称えられたであろうか。

 しかし、前提として中身の人物が、帝都レディースレイク第三皇女であり、ユーティリア・レディース・レイクと呼ばれている人物だからこそ、話が変わってくる。


「ユーティリア様!また部屋着で庭にお出になって!何度も言っておりますが、その姿のまま花壇の手入れはお止めくださいませ!」

「ごめんなさーい!もう少しだけだからー!」


 侍女の叱咤に似た声に怯むことなく、自我を伝える姿はむしろ清清しく。花壇の世話をする表情は快晴に負けず劣らず晴れやかだ。

 花壇はいくつもあるので、見える範囲であれば近寄り声をかけるのだが、今のように植え物の影に隠れてしまっていると位置の特定が難しくなってしまう。そういった場合は、庭全体に声をかけ返事を待つことで、大体の位置を特定する方法が、ユーティリアと侍女のアナシアの間に出来た習慣であった。

 部屋の中から庭へと出て、声の聞こえた方角に向かう侍女。

 しかし、その表情は、本気で怒っているというよりも、どちらかと言えば諦め半分が混じっているという感じか伺える。


「・・・こちらでしたか」

「見て見て、アナちゃん!プリムラの花が咲きそうなのよ、凄いでしょ!」

「アナちゃんではありません!アナシアと呼び捨ててくださいと何度も言えば―――。いえ、それはいいです、もう・・・」


 自分が使える姫様の花好きは今に始まった訳ではないけれど、ここまで来ると病気なのではないかと心配してしまう。

 土の手入れに始まり、種まきから花咲くまでの世話、挙句種を保存して次に繋げるだなんて、帝都レディースレイクの第三皇女がするべきことだろうか。

 自分個人であれば、断固反対するところだが、ユーティリア様の姉のフローラリア様を始め、王族の面々からも好きにさせるよう仰せつかっているのだから、反対も出来ない。

 兄や姉と違い、殆ど国事に関わらず、土弄りばかりしているから影で貴族達から噂だって囁かれていると言うのに・・・

 土被り姫、に加えて。

 種撒き姫、だ。

 本当に悪い意味で的を得た形容がされていると思う。悔しいくらい下品に。

 だからこそ見返してやりたい。小さな頃から侍女をしているからなんて浅はかなモノじゃない。本当に、心から姫様の素晴らしい姿を知っているからこそ、立派に成って欲しいと願う。

 アナシアの知っている、ユーティリアの優しさ。

 ユーティリアの器の大きさ。

 分け隔てないユーティリアの慈愛を。

 上げればキリがないほどに良い所があるのに、自分以外誰も分かってくれないのがこれ以上ないまでに腹正しいのだ。


「アナちゃん!笑顔だよ、笑顔!」

「ふへっ?」

「えーがーおーだー!」

「へがを?」


 気が付けば両頬を引っ張られていたようだ。口角が上がるようクニクニと引っ張られているが、痛くなく。

 パッと指が離れ自分の頬に触れるが、土は付いていない。多分、ユーティリア様が、頬に振れる前に、自身の服で指先を拭ってくれたのだろう。

 そういった気遣いができるのに、どうしてこうも言うことを聞いてくれないのか。

 怒りではないが湧き上がる何かがあって、言動に表れてしまう。


「ま、た・・・姫様わああああああ!まったくもおおおおおお!」

「アナちゃん怒っちゃ駄目だよー!」

「アナって言うなああああああ!」


 そして始まるいつもの庭内競争。

 嫌じゃないけど嫌だ。楽しんだらいけないのに、競争中に笑みがこぼれた。

 自分では、ユーティリア様は変えられないのだと思う。だから、遠くない未来、姫様を真に理解し支えてくれる人間が現れてくれると願い続けよう。

 土を被った下に眠る本当の姿に気が付き、表舞台へ導いてくれる人が現れてくれると信じて。


「ユーティリア様、待ちなさーい!」

「待ちませーん!」

「なんだとおおおおおおおおお!」


 追いかけっこをしながら気が付いたのだが、また大きくなられたようだ。背も、他も、色々と。

 現在、姉のフローラリア様が、この人工の多い帝都で一番美しいと言われているけれど、そんなことはない。

 唯一近くで見比べられるアナシアだからこそ断言できた。土を拭い去り本当の姿へと昇華すれば、内も外もユーティリア様に叶う者は居ないと。


「あ」

「ふんぎゃ!?」


 突如、侍女に有るまじき声を上げてしまうアナシア。

 理由は簡単。突然、壁が現れたのだ。前を走るユーティリアが足を止めた為に、勢い余ってぶつかってしまった訳だが。

 突然の事に勢いを削げず、反動で尻餅をついてしまう。


「ごめんなさい、アナシア!?大丈夫?」

「あたたた・・・。じ、自分は大丈夫です、姫様こそお怪我はありませんでしたか?」

「ええ。私は大丈夫なのだけれど、この子が・・・」


 そう言いつつ視線を横へと向ければ、そこにお辞儀をしている花壇の主があった。


「萎れかけていますね・・・」


 花は咲いているのだが何らかの原因で地面を向いてしまっていたのだ。見れば土の中から根が見えてしまっているのが数本有る。

 大きな花が咲いているが弱々しく項垂れ、今にも枯れてしまいそうな状況。それを見たユーティリアは、膝を着くと躊躇せず土を触り始めた。原因は何処だ、何が問題だったと心の声が聞こえてきそうなほど真剣に。


「根が・・・出てる」


 少しして気付く。土が軟らかすぎたと。

 すくすくと育ってくれたのだが仇になり、茎の頂点に咲く花の重みで抜けかけてしまっていたのだ。

 慌てて少しでも深くへと植えなおすが、咲いた花の方に重心が有り、植え直しても植えなおしても倒れてしまう。

 アナシアも姫様が一つ一つの花に心を砕いてきた経緯を知っているから、安易な事を言おうとも思わない。

 彼女は彼女なりに何かないかと考えを振り絞って案を練る。

 すると・・・


「あ!」


 先程まで思っていた事が幸いし、もしかしたら使えるのではないかと閃いたのだ。


「何か支えになるような物があればいいのではないですか?!」


 ユーティリアへ声をかけた矢先に、彼女も既に走り始めていた。


「その子達をお願い!支えられる棒か何か探してくるわ!」

「え、ちょっと?!ユーティリア様?!」


 多分声をかける前に同じことを閃いていたのであろう。でなければ、声をかけると同時に駆け出す事なんてできはしない。

 付け加えると、ユーティリアには、いくつかの候補が使えるのではないかと予測が立っていたのだ。部屋の中に駆け込み、目当ての棒を手に取るが・・・


「・・・足りない。なら―――」


 予め部屋の中に用意してあった棒は細く心許なかった。分かっていた事だが、部屋の中に有る物は諦めて、部屋を飛び出す。

 背中越しにアナシアの叫びが聞こえるけれど。


「すぐ戻るから!」


 と、声をかけ、飛び出していったのだ・・・

 騎士らが使う槍等の棒を求めて。




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