第13話
「・・・行っちまったな」
「ああ。名残惜しいけど、またどこかで出会えたらいいな」
「だなぁ・・・」
二人揃ってエヴァンス親子が出て行った店の出入り口に目を向ける。
余程名残惜しいのか、サニエが話しかけるまで、二人の視線は見えるはずもない大小の背中を追い続けていたのだった。
「なーんか変な感じね。貴方達が大人しいなんて、あ、ギャラドがかしら」
「いつもどーりだ」
肘はテーブルへ、手の平の上に顎を乗せて、ぶっきらぼうに言うが頬が赤い。
そしてサニエもいつものようにからかっているつもりでも、ウルバから見ればどこか不自然だった。きっとノクトに男女の間を引っ掻き回され、互いの距離感を図りかねているといったところだろう。
変な雰囲気になるのを嫌った彼女は、手に持っていた飲み物を差し出すことで断ち切った。
「はい、どうぞっ」
差し出された飲み物二つに、首を軽く捻るギャラド。
見れば数が四つ。ということは、さっきまで居た二人の分も含まれていると考えるのが自然な流れだが。
「何だこれ、頼んでねえぞ?それに支払いは終わっただろうが。・・・まさか押し売りか?」
「そんなわけないでしょ!お礼よ、おっ、れっ、いっ!あれだけ注文してくれたんだから、マスターからのサービスですっ。・・・半分出し損ねちゃったけどね」
「それならありがたく・・・」
食後に出された飲み物は優しい味がして、呑んだだけで胃袋が落ち着いてくるように感じる。
「行っちゃったわね、ノクトさんとサンラ君」
「・・・会話に混じって無かったのに名前覚えてるんだな」
「あれだけ大声で喋ってればね。それにあたしだけじゃなく、他の子達も皆覚えたわよ絶対に」
容姿が良かったからとか、沢山注文してくれたからとは言わない。それだけではなく、彼らには不思議と惹かれるものがあった。
「常連になってくれるといいのにな」
とたんに不機嫌になったギャラドの表情を見て、やれやれと思いながら。
「お店の売り上げが伸びるから、だからね」
「・・・なら、いい」
席が隣ながらも、静観していたウルバは、二人の仲が一気に進展したなと思いつつ、お店にもサニエにも変な期待を持たせないようにと釘を刺す。
「残念だけど、彼らはもう来ないよ。騎士になる為、今頃は別の帝都へ向けての準備してるんじゃないかな」
「へ?騎士ってなんでよ?」
「レディースレイクの騎士院じゃ、坊主のような器には勿体無いってことだ」
「そうじゃなくって、サンラ君に魔法の勉強をさせてあげたかったんでしょ?そう言ってたじゃない、魔士院を探してるってノクトさん」
「はあ?何言ってんだ。坊主の剣技の才はずば抜けた一級品だ、魔士院なんかに入ったって何の得にもなりゃしねえよ」
「・・・・・・」
「あら、そうなの?」
「あったりめえだ、あの親子の剣舞を見たらびっくりすんぞ!なぁウルバ!」
「・・・・・・」
「ん?」
確実な同意が得られるからと相棒へ話題を振ったのだが様子がおかしい。完全に固まっており、表情にはある感情が全面に張り付いていた。
「どうしたんだ?黙り込んで」
ある感情、それは・・・驚愕だった。
全く動かないウルバを見て、首を傾げるギャラドとサニエだったが、とりあえずウルバの言葉を待つことにする。
「・・・ギャラド」
「あいよ。食べ過ぎて腹でも痛くなったか?ああん?」
「ギャラドッ!」
「んお!?わ、わりい、変なこと言っちまった、か?」
怒鳴られ息を呑む。が、相棒が震えていることに気が付く。
ここまで感情を表に出すウルバは見たことが無い。本当に体調でも悪くなったのかと思い心配したが、そんな様子は微塵も感じない。
では何故か、答えは直に語られる。
「エヴァンス親子は、ここで、レディースレイクで四方士試験を受けないと言っていたか?」
「言ってた―だろ?多分、言ってたよな?」
言ってないと、はっきり否定し続ける。
「じゃあ彼らの剣舞覚えてるか?覚えてるよな?」
「あったりめえだろ。あそこに居た大衆全員が覚えてんじゃねえか、あんなすげえもん一度見たら忘れるわきゃねえさ」
「・・・だったら」
そして、もう一度、さっきよりも強く、だったらと続け。
「彼らが親子が魔法を使っていたところを見たか?身体強化や防御魔法が展開されていたか?」
「は?んなもん―・・・んなもん当然、・・・って・・・んお?・・・待て。おい、ちょっと、待て」
ギャラドもウルバに諭されて気付く。
思い出したくないのだ。
記憶は鮮明に残っているのに、理解したくないと無意識に拒み、追いついてこない。
「エヴァンス親子は、使って、無かったんだよ」
彼らが魔法を一切使っていなかったと言う事実に。
頭の中で記憶が早戻しで巻き戻り、鮮明にエヴァンス親子の剣舞が、見えていなかった事実と共に再生される。
あまりにも衝撃的で、飛び抜けて凄くて、大きな喝采を生んだ剣舞だったが、そこに魔法は存在していなかった。
通常、身体強化をすれば魔力の魔粒子が体の回りを飛び交う。飛び交う魔粒子が剣舞に色を付け華となり、演出としての魔法を加えることで、より周囲を惹き付けられる剣舞になるのが今の主流。
魔法を使わない剣舞など、剣舞として大衆から認めてもらえない。
自分達の剣舞も大衆に魅せる為に、より無駄に派手になるよう魔法の演出がいたるところに工夫していたと言うのに。
「もしも・・・魔法を使いたくても、使い方を知らなかっただけだったとしたら。・・・使えたとしても制御が上手くできなかったとしたら」
「おいおいおいおい!?ふざけろよ、それを認めたら若旦那は―いや、坊主だって、魔法を使わずに俺達と互角以上だったんだぞ!」
彼らは?
「違うだろ、ギャラド。サンラ君でさえ、剣舞の終盤には俺達以上に成長していた。魔法を使わずにだ」
「・・・まじかよ」
彼らはどうだった?
「急にどうしたのよあんた達、大丈夫?」
彼女の気遣いも耳に入らないほど二人は驚愕し、まるで石化してしたように、ぴくりとも動かなくなる。
仮に魅せる為の魔法を全て省いたとしても、身体強化の有り無しは同じ人間でも全くの別人になってしまう。例えるなら、魔法の有り無しは大人と子供の力比べに同じ。
一切を使わないまま、あれだけの剣技を、あれほどの速度で交えていた親子とは。
「彼らは一体何者なんだ・・・」
問いかけに答えてくれる人間は、この場にはもう居ない。
回答が得られぬまま、ただただ時間だけが過ぎていくのだった。
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