第9話

 ここに居る全員が、彼らを目的に集まってしまったのだろう。それだけギャラドとウルバの披露している剣舞は人気が有り、長く築き上げてきた信頼と実績が見受けられる証拠だった。

 剣舞とは元来、大衆が期待するような仕掛けは一切無い。各者が鍛錬し続けてきた成果を相応の場で示す為、騎士の間で考案された実力披露が有るべき姿。

 時を経て、演出を求め、派手さを追求し、魔法を交え、最高の一時を提供する見世物となった。

 だから今から彼らエヴァンス親子が行おうとしている剣舞は、全員が想像している剣舞とは違ったモノを見せる事になる。

 演出も、派手さも、魅せる為の技もない、ただ日頃の成果を拾うしようというのだから、集まっている人々の期待を裏切るのは間違いなく。

 ギャラドとウルバも分かっていたからこその提案だった。

 けれど彼らの姿は見当たらず。

 では何処に居るのかという問いの答は観客席の最前列、代わりに舞台の中心に居るのは無名の親子だ。もしこの状況で剣舞が始まってしまえば観客に動揺が生まれるのは当たり前で。

 先程から不満の声が次々に上がり始めていた。

 雰囲気は最悪。にも拘らずノクトは飄々としているではないか。


「おおっぴらに不機嫌な態度を取りすぎだと思うぞ」

「俺に言わせようとするな。そう思うなら黙れと後ろの大衆に帰れと言ってやれ。・・・それと若旦那にも、いつまで焦らす気だと言ってくれ」

「代弁ありがとう」


 そんな中、大衆の意中である人物の一人、ウルバが隣へと思ったことを投げかけると、負けじとギャラドも返事を返す。

 二人とも両腕を組みながら、足は肩幅に広げ、怒りを隠す気すらないようだ。

 彼らの言葉が何を意味しているのか。

 それは、大衆の温度差に他ならない。低温が野次や不満の声が飛び始めている後列、対して、高温へ昇りつつあるのが、黙り見守っている最前列という状況。

 何故これ程まで明確な差が出るのかと言えば、先程のサンラの素振りを見ていたか否かに他ならず。

 ギャラドとウルバからしてみれば、後ろの連中は邪魔でしかなかったのだ。


「そしてギャラドにも感謝だ。真横で怒りを露にしてくれるおかげで自分も冷静で居られる」

「おう?そうかそうか。もっと褒めろ、褒めれば褒めるほど、暴れるまでの猶予が伸びるぞ」


 鼻息を吐き出し軽く反り返る。


「それは良かった」

「思ったんだけどよ・・・。お前が他の、それも素人親子の剣舞に興味を持つなんて。というか、初めてじゃないか?俺ら以外の剣舞を見たいって言うのも初めて聞いた気がするんだが」

「そんなつもりは無かったけど、言われてみれば見てみたいって思ったのは最近の記憶には無い、かな」


 言いながら視線は子供に、いや子供と親へと向ける二人。

 こんなやり取りをしてしまうくらいに衝撃を受け、サンラの素振りを間近に見て心を奪われた。 

 一振り一振りの鋭さ。

 空気を斬る所作に。

 行き着く先は驚愕だった。現実と想定の差が凄まじく、その差が開けば開くほど人は興味を持ち、差の分だけ期待を抱く。

 大きく膨らみ実った期待。

 どれだけの鍛錬を積めば、あれだけの素振りが出来るのか。

 素振りじゃない剣舞を見てみたい。

 彼の繰り出す剣技を見てみたい。

 彼らだけでなく、前列に居る者も皆思いは同じ。だからこそ動こうとせずに待っているのだ。

 ある者は子供を見たいが為子供の見える位置に。またある者は父親の力量を見ようと親側へ。

 そうして形成された前列の様子を目にし、後列はその前列の食い入るような眼差しに釣られて後列を成す。

 当然、興味本位で集まった人々は中心を見て落胆してしまうのだが。父親は人垣を見渡し、子供は身体を動かしてばかりで、何をしようとしているのか分からないとなれば、野次を飛ばすなというのも無理な話だ。


「早く始めろー!びびってんのかー?!」


 心無い一言がギャラドの頭上を通過した時だった。


「おいてめぇ・・・黙って―――」

「準備できた!」


 サンラが準備運動を終えたのは。

 ノクトも息子へと振り返り。


「よし。・・・始めようか」


 と、目を合わせて頷く。

 舞台地は帝都レディースレイク正面広場の一角。人は通路上限いっぱいに集り、時も満ちた。


「―――、―――――――――――」


 周りを見てどう思ったのか分からないが、ノクトの口元が微かに動きを見せる。

 声量は出ていないに等しく、心で思ったことを唇が形どっただけかもしれない。けれど確かにノクトは呟いていた。

 まずは、観客の心を掴みに行こうか、と。


「構え」


 父親の掛声で共に、子は目にも留まらぬ速度で抜き構え。

 さらにその倍早い速度で抜き去り構えたノクト。格好を付けて一振り空を斬って魅せたが、果たして太刀筋が見えていたものは何人いただろうか。


「―――」


 何も始まっていない。ただ得物を抜いただけ。

 たったそれだけの所作で、場の空気は色を変える。

 静寂。

 まさにその表現が相応しい。


「サンラ。まずは上段から打込みだ」

「はい!」


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