第8話

 活気に満ちていた筈の広場。

 いや、実際活気に満ちているのだが、一部分だけ切り取られたかのように静まり返っている。

 原因は一組の親子の行方。

 親が問いかけ、子の返事を待つという構図だけ見れば単純なものなのだけれど、内容が重く邪魔できないだけに空気の縛りから逃れられないのだ。

 その空気を察してか、知らずにか、十中八九後者であろうが。


「どうかな?」


 はっきりと言葉に力を込め、もう一度だけサンラへ問う。


「・・・やってみたい」

「うん。分かった」


 噛み締めるように、深く深く頷くノクト。

 その一言が時間の流れの縛りを解き、同時に周囲の緊張も解れた。


「まぁ、なんだ。俺も変なこと言っちまったな・・・申し訳ない」


 と、頭を掻きながら、気まずそうに男は声を投げかける。本人からしてみれば軽く助け舟を出したつもりが、深い話に発展してしまったのだから無理も無い。


「貴方のおかげで目が覚めました。ありがとうございます」

「よせよせ。大の大人がそうそう頭を下げるもんじゃねえよ。むず痒くてしょうがねえ」


 嬉しいのか恥ずかしいのか、身体ごと顔を背ける男。

 何だかんだ良い人だなとノクトは感じ、今になって自己紹介をしていなかったと思い出した。

 息子の頭を優しく引き寄せ、クシャクシャ撫でながら言う。


「そう言えばまだお名前を聞いていませんでした。俺は、ノクト・エヴァンス。こっちが息子のサンラです」

「サンラ・エヴァンスです」

「ったくよお。親子揃って美形たぁ羨ましい限りだ、こんちくしょうめ。俺はギャラド、んでもってこっちは相棒のウルバだ。見ての通り、もうずっと剣舞を生業にここいらで食ってるもんだよ」

「そういうことでしたか。どうりで堂に入った剣舞をされていると思いました。息子も良いものを見れて勉強になりました」

「どうもありがとうよ。あんた等も見たところ旅行者・・・違うな。旅人ってのは分かってんだ。さっきの坊主とのやり取りといい、さしずめ親子揃って腕に自信有りってところか?」


 互いに挨拶を交わし、一言二言会話を続けながら否定する。


「俺は騎士の経験があります。なので、一応は剣舞はできますが、貴方達のように魅せる事に重きを置いた経験はありません」

「ほほぅ」


 腰に下げている剣を軽くチラつかせる。剣舞を生業にしてきたのなら、これだけで伝わるはずだ。

 長くやや肉厚の剣身。ちょっと形は変わっているが、一般的にロングソードに部類され、主に騎士に貸与される剣に近く、剣舞で扱うには不向きという物。

 剣舞で使われる得物の殆どは、怪我をしないよう潰してあったり、専用に加工された軽い素材が多く、自分の腰に下げているような剣対人・対魔物用はまず使われない。


「それにサンラには旅路で剣技を教えてはきましたが、剣舞に関しては全くの素人。未経験です」

「っておいおい。そんなんで大丈夫かよ?坊主の門出なんだろう?分かってると思うが、剣舞はそんな簡単にできるもんじゃねえぞ」


 そうですねと肯定し、笑顔をサンラに投げかける。対してギャラドの反応は、本当に大丈夫か、だ。


「剣舞の原点は、剣技の鍛錬の成果を披露する為のもの。剣技の基礎さえ出来ていれば、それが剣舞となる・・・」

「・・・間違っちゃいねえ。間違っちゃいねえが。んでもよ、そんな古い理屈が、この場で、通じると本気で思ってんのか?」


 彼が心配してくれる理由は分かっているつもりだ。

 何せ今ここは、剣舞の会場ができてしまっているのだから。

 初めは十人にも満たなかったその場所は、いつの間にか人が膨れ上がり、剣舞が最高潮に達していた頃の人数と大差がなくなってきている。

 周囲は何が始まるんだろうと、期待している雰囲気が伝わり、人が人を呼んでいるのだろう。


「・・・その、なんだ」


 口篭り、続きを言いたくても言えないギャラドの態度。

 ノクトは彼が何を言いたいのかすぐに分かってしまい、今度は苦笑を浮かべながら先回りをした。


「妻が得意だったんですよ」

「お、おう?有名、だったのか?」

「まさか。この街、レディースレイクに居る人全員に聞いたって知りません。俺も妻もただの騎士だっただけですから」

「騎士だった?」


 説明をしたつもりだったが、余計に混乱させてしまったようだ。呻り考え込ませてしまう。

 でも間違ったことは言っていない。絶対に。


「ギャラド、そろそろどうにかしないと不味い。人が集まってきてる」

「んお?・・・おおっ!?」


 様子を見ていたウルバから声を掛けられ、ギャラドはハッとなり周囲の様子に気が付く。


「なんてこったい・・・」


 と、思わず呟いてしまうのも無理もないくらいの人垣。

 ギャラドとウルバが居る為、これから剣舞が始まるのかと集まったのだろう。

 そんな大勢の中で素人が剣舞を行えば、どんな結果になるかは容易に予想が付くというもの。

 加えて始まるのが彼らの剣舞でなく、子供への手解きが始まるのだ。場合によって非難がエヴァンス親子だけでなく彼らへも向き、下手をしたら彼ら生業に傷をつけかねない。


「もう一回やるか?」


 等と、ギャラドとウルバは話し込み始めてしまった。

 だが・・・

 彼らの気苦労とは裏腹に、ノクトは不適な面構えで笑みを浮かべているではないか。


「・・・よし」


 さっきは自身の招いた不甲斐無いエゴ。しかし新たな生まれたエゴは、皆の為の明るい未来へ流布するエゴだから貫き通す。

 絶対なる確信、揺るがない強い想い、失敗なんて微塵も感じない。


「サンラ。今から剣舞を教えるよ」


 もっともっと観客よ集まれと。


「そして、お父さんと約束してほしい」


 息子の初舞台初披露、それをもっと飾ってくれと願う。


「何があっても、ここで魔法は使わないこと。守れるかい」

「はい!」

「良い返事だ。用意してくるから、身体を温めておいで」


 堅く約束を交わし、準備に取り掛かるノクト。これからさらに色々な意味で迷惑をかけるであろう恩人達に、恩を仇で返してしまう了解を得るべく彼らの元へと向かう。


「どうした若旦那?悪いが今、演舞構成の相談をしてるんだ、悪いが用ならまた後にでも―――」

「すみません。ギャラドさんウルバさん、ご迷惑をお掛けする事になるかもしれませんけど、この場をお借りできませんか?」

「・・・この期に及んで冗談や見栄は流石に見逃せねえぞ」


 凄まれ睨まれるが甘んじて受けよう。

 少しでも勝算があると知ってもらう為、息子の準備運動を見てもらおうとしたのだが。


「ギャラドッ!?見ろ!!」


 どうやらウルバが先に気が付いてくれたようだ。

 自慢の息子が素振りをする姿に。


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