第6話
想定していた想定外の事態。
「どうしてそうなった!?」
と、思わず声が出てしまうほど、虚を突かれたということだろう。
息子が好奇心旺盛なことぐらい重々の重々以上に承知していたはず。
だから、やってみたいと言い出すことは十分に考慮できていたことで、それに対する返答も決まっていたはずなのに。
まさかここまで動揺すると思いもしなかった。
とりあえず腰を下ろし話をするべく態勢を取る。
「サ、サンラはどうして、剣舞をしてみたいって思ったのかな?」
「やってみたいから!」
「・・・ですよねー」
まさか日頃の教えが、ここにきて跳ね返ってくることになろうとは。
父親として、剣舞をすること自体反対ではない、むしろ賛成だ。
剣技の基礎が出来ていれば、剣舞は誰でも行うことができ、基礎ができているほど舞は美しく華麗なものとなる。
ノクトから見ても現時点で剣舞を行うのは可能と考えていた。しかし、ノクトが求めるレベルに達していない事と、ある想いが楔となり頭を縦に振れないでいたのだ。
「やってみたい!」
「でも・・・その・・・まだ早いんじゃないかなーなんて・・・」
「やってみたい!剣舞を!」
「ぐ、ぐうぅ・・・」
ぐうの音しか出ないとは父親として情けない限り。
いつもであれば、駄目な理由を説明できるのだが、今回の理由はノクトのエゴ。それも、とびっきりでぶっちぎりのエゴ。
サンラの思いに応えてやりたい。
許されるなら、然るべき場所で皆に見てもらいたい。
何よりも、彼女の血も受け継いだ息子なのだから。
当然、二人の思いは平行線を辿るのは目に見え、人目につく場所で睨み合う形となってしまうが、睨み合いはそう長く続かなかった。
真っ向からぶつかり合う親子の間に思いもよらぬ人物達からの介入があったからである。
「やりたいって言うんだから、やらしてやりゃあいいじゃないか、なあ?」
「そうだそうだ!」
一人や二人じゃない。
剣舞を見ていた見物客。
剣舞を披露していた二人組。
その場で親子の会話を見聞きしていた者達からの声援が合わさり波となる。もしかしたら、サンラには人を惹きつける何かが有るだろうか。
場の雰囲気は、誰がどう見てもサンラへと味方し、あれよあれよと言う間に勢いを増していく。
高まる雰囲気に連動し、周囲の気分も高揚していけば、自然と気持ちも大きくなる者も居るわけで。
手を上げる者を呼び込んだのは決まっていたことだったのかもしれない。
「だったら俺が相手してやろうじゃないか、坊主」
その一言が切っ掛けとなった。
先程まで剣舞を披露していた組の一人が、相手役を買って出たのだ。
「きっとお前の親父さんは、大勢の前で見せる自信が無いんだ。まぁ無理も無いことだから親父さんを責めるんじゃないぞ、剣舞は素人がちょっとやそっと齧ったところで出来るもんじゃねえからな」
酷い言われようだが、見方を変えればノクトを焚き付けているとも取れ。
煮え切らない態度に、同じ男として業を煮やした可能性も否定できない。
「ははは、何て情けない」
そんな男の言葉にノクトは恥ずかしさを覚え軽く笑った。
正確には、ここまで息子に対し、不誠実だった自分に対しての恥。ようやく自分のエゴだったと認めることができた。
「貴方のおっしゃるとおり。お恥ずかしい限りだ」
「お?ようやく認めたか?男たるもの、小さいプライドは棄てて、やるときはやらないとな!今回は特別に授業料タダで、坊主のを相手してやるよ!」
「いいえ、大丈夫です」
「お、おおん?そうか?」
自分で出来ますと言葉にし立ち上がる。すると背筋が綺麗に伸び上がり、自然に男を軽く見下ろす形になった。
男もノクトがここまで背が高かったのかと軽く怯む。
そのまま息子へ向き直ると、勢い良く、上半身が地面と平行になるほど頭を下げた。
「ごめん、サンラ。お父さんが間違ってた」
誠心誠意を込めて謝る。
自分が間違っていたと、ちゃんと伝わるように。
あっけに取られる周囲をよそに反応が有るまで頭を下げ続けた。
「お父さん?」
「理由があって、ここでは剣舞を教えたくなかったんだ」
死んでしまった妻と共に温めてきた想いがある。
「もっと相応しい場所でって」
サンラが成長して、受け止められるようになったら話そうって。
「もっと良い見せ場があるんじゃないかって拘り過ぎてた」
叶うならば大舞台。隙間無く観客が入った大舞台。そんな夢みたいな舞台での初披露、剣舞をさせてあげたかった。
「これはお父さんの我が儘だった。ごめん」
でもそれは、自身の願望、押し付けでありサンラが望むことではなかった。
だから、今ちゃんと伝えよう。その上でサンラが判断して、選ぶ道を尊重すればいい。
「・・・どうして我が儘したの?」
「それはね」
身体を起こし片膝を突く。
目線を真っ直ぐに合わせて、両肩に手を添えた。
「サンラのお母さんが、とってもとってもとーっても・・・剣舞が上手かったからだよ」
「え」
目が限界まで見開き、全身に力が入り硬直したのが両肩を通じ伝わってくる。
息子は自分の母親がもうこの世には居ないと理解している。
けれど、母親の話をすれば笑顔で聞くものの、その夜必ず目が腫上がるほど泣いてしまうのを知っていた。
だから、ノクトは母親の話を涙で流して欲しくなかった。自分もそうであるように、涙を流すということは現実を受け入れず、涙で隠してしまうことを意味するから。
せっかく幸運にも剣舞に興味を持ってくれたのに、涙と一緒に流されてしまうのが怖かった。
だからこれも父親のエゴ。
「サンラが興味を持った剣舞。お母さんが大好きだった剣舞。それを涙してほしくなかったんだ」
「・・・・・・」
もしかしたら、今日涙してしまうかもしれない。
明日になったら剣舞から興味を失う恐れだって有るけれど。
でも今は信じたい。息子に引き継がれている想いと、血を。
「サンラが、剣舞をしたいなら、お父さんが・・・。お父さんとお母さんが、剣舞を教えるよ」
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