第5話

 長く幅広い橋を渡れば高く聳え立つ入都門が見え、大きな家を丸呑みしまいそうなくらいに大きな門をくぐると、信じられないような美しい光景が広がっていた。


「ここが・・・水と花の都、か」


 ある時は、ここから遠く離れた街の宿場で。またある時は、吟遊詩人の唄に聴いた呼び名だったのだが。

 これでもかというくらいに、噂や話に聞いていた以上の衝撃を受け、親子揃って呆けてしまった。


「すっごいね、お父さん・・・」

「すごいな、サンラ・・・」


 ただただ感嘆し、今は全身で感じる感情に身を任せることにした二人。

 エヴァンス親子を出迎えた場所は、帝都レディースレイクにある、正面入都門内にある広場。

 街の中なのに花々が咲き誇り、生活水路とは思えないほど綺麗な水路が街中を流れている様子は、まるで生きる一枚の名画だ。

 一説には、大人が丸一日歩いても外周街を回りきれない広さがあると聞くが、維持できるだけの仕組みや管理方法を考案し、守り伝え続けてきた人々に只管頭が下がる。


「きれい・・・本当に凄いや・・・」


 大の字に手足を広げ、瞳は眩く光り輝き、全身全感覚を持って味わう息子の姿を見て。

 ここに来て良かった。本当に良かったと、父親のノクトは思う。

 その無限の可能性を秘めた身体で色々なものを吸収し糧として欲しい。いつか、大きく育ち羽ばたくその時まで、居なくなってしまった妻の想いを胸に見守っていこうと決めたのだから。


『――――――――――――――』

「っと。・・・俺も、年取ったな」


 素晴らしい光景に心を打たれ、目尻に思い出と共に滲む涙。

 良き思い出を一瞬でも鮮明に思い出させてくれた光景とこの街に感謝し、意識を切り替えるべく拭った。

 愛しい我が子へ声を掛けようと視線を向けるが。


「あれ?何処行った?」


 先ほどまで居た位置にサンラが居ない。

 どうやら一瞬ではなく、物思いに耽っていたようだ。

 人も多ければ出し物も多い広場。一度見失えば見つけるのは骨が折れるのは目に見えている。

 普通の親ならば慌てふためくだろうが、普段から対策を取っているノクトからすればどうということはなかった。むしろ、息子のこういう積極的な行動は大歓迎であり。興味を持ったら突っ走れ。自身の目で見て、触れて、感じてくれればいいと考えている。故に、親である自分は、見失った際の準備を日頃からしておけば良いだけのこと。

 身体強化で聴覚を強化し耳を澄ませれば、シャランシャランと前方から聞き覚えある音が響く。聞こえて来た音は、日頃からサンラに持たせてある剣に付いている鈴音石が奏でる音。

 本来、鈴音石の音色は赤子をあやす事に使われるものだが、こういった迷子対策としての使い方もできた。


「あの人だかりの中か」


 ざっと二十人以上居るであろう人垣から聞こえた音。

 どんな見世物に息子は興味を惹かれたのだろうと、足早に近寄れば、とある見世物がそこで行われようとしていた。


「剣舞、か」


 二人一組の男が得物手にし構えている姿から、丁度始まるところなのだろう。

 どれ程の腕前かは分からないが、始まる前からこの人数が集まっているのだ、剣舞自体を生業としている者達と推測できる。

 余程名の知れた組なのか、無名の組がこれ程人を集めることはまずない。

 息子も最前列で見つけ。そっと息子の後ろに立ち見守った。

 剣舞とは。今や、派手な得物を使い互いに技を出し合って華やかさや腕前を魅せる見世物だ。交互に攻めと守りが入れ替わり、目まぐるしく攻防が入れ替わる姿が踊る様子が舞いに近いと例えられ、名が付いた剣舞。

 一人で行う場合もあるが、二人一組で行うことで相乗効果を生み、より際立つ。

 もちろん腕が無ければただの不恰好なだけで終わってしまうが、自身の力を見てもらう方法としては良いものだ。

 生計を立てる為、騎士を引退した者が行ったり、初めから魅せることを売りにして各地を旅する一団も存在すると聞く。


「あ」


 誰の呟きか分からない。

 睨み合う片割れが短剣を宙へと放り投げると同時。大衆の視線が一斉に短剣へと向く。素早く回転する短剣は円に見え、タイミングを間違えれば大怪我は免れないが。

 短剣が空気を切る音と共に持ち主の手の中へ舞い戻り、それを合図に始まった。


「おおおおおおおおおおおおおおお」


 一斉に沸く観衆。場の雰囲気が高まるにつれ、近くを通る人々も足を止めていく。

 息をつかせぬ入れ替わる攻防に加え、手に汗握るよう施された演出。

 突いては防ぎ得物を変え、防いでは斬り付け合う二人に、止まない歓声が降り注ぐのは約束されていたようなものだ。

 テンポ良く進み。所々魔法を使った演出も見受けられる剣舞は、まさに魅せる為の構成。舞台も大衆も最高潮に達した時、互いの首筋に剣先が突きつけられたところで終幕と成った。

 剣舞が終わる頃には三倍以上に人が膨れ上がっており、飛び交う彼らへの拍手も報酬も相応しく大きい。

 やがて熱が治まり、段々と人が捌けて行く中。


「むー?」

「サンラ?どした?」


 中々動こうとしない息子を、不思議に思ったノクトが声を掛けた。

 話を聞けるように腰を落とし、サンラを僅かに見上げるよう目線を合わす。


「どうしてあの人達は、打込み合いで無駄な動きをしていたの?無駄な動きが多かったのに、見てて楽しかった。皆喜んでた。あの人達ならもっと凄い剣技が放てたと思う。なのにどうして?」


 腕を組み顎に拳を乗せ。全身で分からないという気持ちを出している。入ってきた情報と思考が対立し、整理し切れていないといったところか。


「サンラには剣舞がどう見えた?」

「剣舞?打込みとは違うの?」

「うん、全く違うものだね。良い機会だし、打込みと剣舞の違いを考えてみようか」


 深く考え込んでいるのか、唸りながら悩んでいる姿が可愛らしい。答をつい教えてあげたくなるが、堪えてサンラ自身の答が出るのを待つ。


「打込みと違うところ、違うところ・・・。わざと急所を外したり、動きが大きかったり変だなって。踏み込みだってもっと深く踏み込めると思った。あれじゃ鍛錬になんてならないのに」

「サンラの考えは正しい。打込みと違うところは、大体今言ったとおりだよ。じゃあどうして、あの人達は鍛錬にならないことをしたんだろうか」

「んー?んー?むむむ・・・」

「鍛錬が目的では無いとしたら、あの人達の目的って何だろう?人目に付きやすい場所でしたのには、ちゃんとした理由が有ったとお父さんは思うよ」


 サンラが悩むのも分からないのも自然な事だ。何しろ剣舞を初めて目の当たりにしたのだから、答を出すのは難しい。

 決してノクトは意地悪をしている訳ではない。

 物事を自分の意思で考えて判断し、モノにしてもらいたいという思いから、考える癖作りをする為に問いかけているだけのこと。

 それに今の息子なら、もしかしたら辿り着けるかもしれなかった。自身の疑問の答に。

 先程まで剣舞を披露していた人達が片づけを終えた頃になると。

 サンラはポツリと呟いた。


「見て欲しかった、から?」


 正解だ。と、良く頑張った。と、頭をくしゃくしゃと撫で、息子が出した答えに笑顔で答える。


「やった!」

「日頃の鍛錬で鍛えた技術や力を披露するのが剣舞で、自分自身を高める鍛錬の一つが打込みだ。あの人達は、皆に楽しんでもらいたくて、剣舞をしたんだよ」


 それにね、と前置きをし、懐からお金の入った袋を取り出すノクト。


「サンラは、あの人達の剣舞を見ていた時、単純にどう思った?」

「ワクワクドキドキした!」

「その、さっき感じたワクワクドキドキは、普通じゃ味わえない事だって分かるかな?」


 首を縦に振り返事をする息子の手に触れ、袋の中から銀貨を一枚取り出してサンラの手に乗せる。


「だからサンラも、楽しませてくれてありがとう。ワクワクドキドキをありがとうって感謝のお礼をしないとね」

「あっ!」


 色々と気が付いたのだろう。足早にお金を渡しに行くと、感情が溢れたのか彼らと喋り込んでいる姿が見える。


「レディースレイク・・・」


 ふと見上げた空は快晴。

 活気があり、もっと知ってみたいと意欲が沸く街並み。


「水と花の都、か」


 詩人に聞いた誰もが一度は住んでみたいと考える都。水と花に恵まれ、豊かな土地が長く受け継がれる有数の大地。

 長く旅を続けてきたが、腰を落ち着けるには良い場所かもしれない。

 息子を迎えに行くべく歩を進めながら、今後の予定を思い浮かべていく、が。


「僕も剣舞がしたい!」

「どうしてそうなった?!」


 いきなり、予定が崩れたのだった。

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