第4話

 奇しくも同日、ノクトとサンラが追いかけっこを終え、剣術の稽古を始めた頃の事。

 帝都レディースレイクと隣国の帝都カルテットを結ぶ街道を、厳重な警戒態勢が取られた馬車が歩を進めていた。

 警戒にあたる人数が馬車内にいる人物がどれほどの人物か物語っていたのだが、それにしても様子がおかしい。

 帝都レディースレイクと隣国カルテットを結ぶ街道は、指折りの安全地帯であり。街道から逸れなければ、まず獣にも魔物にも遭遇しないのだが、明らかに警戒態勢の質が異常なのだ。これではまるで、敵戦地のど真ん中を護送しているようではないか。

 数は全部で十二、いや十三だ。馭者を覗き、馬に跨った騎士が左右それぞれ二行三列で展開しており、馬車の中から後方を窺っている者が居た。

 目は鋭く血走っており、僅かな変化も逃すまいと警戒する姿は、例えるなら命の危機に瀕した戦人そのもの。

 並の人間ならば、声を掛けるどころか真っ先に距離を置こうとするのだが、同じ馬車内にいる女性だけは違った。


「マクエルト。外の様子はどうかしら?」


 小声だが凛とした声はよく通り、相手に届くと声の主に反応し視線を戻す。


「脅威の気配は消えましたが、気は抜けません。このまま警戒態勢を維持し、レディースレイクへ帰都します」

「そう・・・無事に着いてくれれば良いけれど・・・」


 彼女と彼の名は、フローラリア・レディース・レイクとヴェイル・マクエルト。

 帝都レディースレイクの第一皇女とその近衛筆頭騎士である。

 隣国、カルテットで行われた国事を終え、レディースレイクへ帰都の道中だった。ところが、突如現れた正体不明の脅威を感知し、周囲の警戒を厳にしているという経緯がある。既に脅威自体は遠くへ去っていったのだが不鮮明な点が多く、現状の戦力で出せる最大の警戒態勢のまま、帰都する判断を下したのだ。

 洗練された訓練の成果もあるのだろう。一糸乱れぬ動きで進む姿は、何人も寄せ付けない雰囲気がある。

 しかしながら、脅威の気配は去ったといっても原因が分からないことには気を抜くことができない。

 再び現れ、次は襲われないという保障は何処にも無いのだから。


「あれほどの魔力を持った存在が、いったい何処から・・・」

「突然生まれた可能性を危惧すべきかもしれません」


 フローラリアは応えを期待しての呟きではなかったが、返ってきた言葉に興味を持ち続きを促す。


「騎士そして魔士の鍛錬において、カルテット鉱山の見回り及び魔物獣の間引きが訓練の一環として取り入れられているのはご存知でしょう。しかしながら、あれほどの存在が今まで発見されなかった。・・・であれば、突如生まれた可能性が高い、そう私は判断いたします」

「突如生まれた?」

「はい。レディース鉱山は有数のキクノダイト鉱石の産出地。キクノダイト耐性の強い魔物や獣が鉱脈を食い漁り、強大な存在へと至った可能性があるということです」


 息を呑み、上品に口に手を添えて感情を隠そうとしているものの、そんなまさかと声が漏れる。


「人間なら浸透を続ければ確実に砂化してしまうでしょう。ですが、獣や魔物ならあるいは・・・」


 そう言いながら再び視線を後方へと向けるヴェイル・マクエルト。

 内心の焦りを悟られぬよう振る舞いながらも、ゆっくりとしか進めぬ馬車に、歯痒さ、それも苛立ちに近い感情を覚える。

 今の戦力で、あの脅威と遭遇すれば甚大な被害は免れないだろう。仮に、一騎打ちに持ち込めたとして勝てるかどうか断言できず、刺し違える覚悟で臨まねば負けるかもしれない。

 あまりにも少なすぎる情報量は脅威をより膨らませ、同時に内側から気力と体力を奪っていく。

 どんな情報でもいい。些細なことでも構わない。些細なことでも情報が欲しいと思っていた時だった。


「マクエルト様!」


 馬車の外から声が聞こえた部下の声。

 馬車周囲の護衛以外に、前方と後方から離れたところで二名ずつ部下が見張りをしている。

 声が聞こえたのは進行方向からだ。


「何があった!」


 進んだ先で何かが見つかったのだろう。馬車を止め防御の陣を敷く。

 前方から掛けてきた部下が馬車の横へと付くと、その場にいる全員が一同に聞き耳を立てた。


「この先の街道にて不可解な形跡を確認しました!数は一つ。形は、その・・・形容しがたく、地面を抉った様な跡になります!」

「抉った様な跡?戦闘の跡か何かか?」

「魔法または鉱術か何かを叩きつけた様な跡と見受けられました。街道を横切るように穴が開いており、人の頭が入る程度の大きさです!」

「穴?」


 間違いなく先ほどの脅威の仕業だろうが、情報が断片的過ぎる。

 続きを聞けば、それ以外に目立ったものはなく、魔物や獣の気配も無いようだ。迂回路の無い一本道、状況が状況なだけに、危険性は低いものの防御の陣を敷いたまま進む。

 しばらくの後。

 報告のあった場所へ辿り着いた。

 痕跡がはっきりと残っており、街道の進行方向に対し直角に楕円形の穴が空いている。


「こ、れは!?」


 馬車から降り、その痕跡を直接目にしたヴェイル・マクエルトは驚愕した。

 何故ならその跡が何を意味しているか悟ったからに他ならない。分かってしまった、そして事態の大きさに怯み、一歩後ずさる。


「マクエルト?どうしたの?」


 動揺が馬車の中にも伝わってしまったのだろう、馬車から不安を孕んだ声がかかる。

 自分の失態を悔やむが、取り繕っている場合ではない。それほどまでに状況が逼迫してしまったのだから。


「フローラリア皇女殿下。確認したい事があります」

「え?」


 その場に居た全員が同じ声を出したのかもしれない。口が開く者、意味が分からないと表情を変える者等、反応は様々。

 口で説明するより見せたほうが早いだろうと、ヴェイルは判断した。


「見ていてください」


 掛け声の後。

 魔力を篭め、思いっきり後ろへと地面を蹴り込む。

 正確に言えば、地面をただ蹴るのでなく、わざと抉るよう爪先を意識しての蹴り込み。比較しやすいよう、蹴った場所は痕跡の真横だ。

 巻き上がった土煙が晴れれば結果が見えるだろう。

 やがて立ち込めていた煙が消え去れば、穴が二つ現れる。

 隣に比べて遜色ない同じ跡が掘りあがった。


「まさかこれ程とは・・・」


 説明が中々始まらないことに不安を覚えたのか、馬車から身を乗り出してフローラリアは声を掛ける。


「どういう、こと?」

「・・・」

「黙っていないで説明なさい!ヴェイル・マクエルト!」

「フローラリア皇女殿下。私は今、全力に近い魔力を篭めて地を蹴りました」


 ゆっくりと返事をする。

 そんな事は分かっていますと、要点を早く教えて欲しいと聞こえてきそうな表情をフローラリアは浮かべるが、この説明の時間が必要との判断からだ。現実を受け止める時間を一秒でも長く用意する為に。


「出来た穴は同じものが二つ。つまり、この脅威は少なくとも、私と近しい魔力を持って山の上から下へと駆け抜けていった。と言うことです」

「そんな!?」


 驚いたのはフローラリアだけではない。様子が見えていた部下、見えていなかった者にも伝わり、列が乱れ始めるが。


「狼狽えるな!」


 と、ヴェイルの一喝で我に返った。防御の陣が解けかけていたことに皆が気が付き、慌てて立て直す。


「あまり参考にはなりませんが、仮に脅威が直線的に移動したとすれば、幸いにも位置的にレディースレイクからは外れています。脅威の狙いも目的も定かではありません。今は一刻でも早く帰都し、この情報を持ち帰る事を優先したいと申し上げます」

「分かり、ました・・・」


 事の大きさにフローラリアは真っ青になり、生きた彫刻のように固まってしまった。

 兎に角今は一刻も早く帰都すべきと、進行を再開したのだが。


「そんな・・・まさか・・・」


 馬車内で自問自答するフローラリアを見て、伝えたのが断片的で正解だったとヴェイル・マクエルトは内心思う。

 そして沈黙してくれたことで、考える時間を作ることができた。

 自身も警戒を最大限にしたまま、残った意識の片隅で情報を整理していく。


「・・・」


 突如現れた脅威。何故だか分からないが余程急ぎ駆け抜けたのだろう。馬車が互いに交差できる程の道幅があるにも関わらず、痕跡は道の真ん中に一箇所だけということが、歩幅の長さを差し、脅威の出していた速度を連想させることを容易にする。

 何かから逃げていたかと思ったが即座に否定した。

 感じられた脅威の存在は一つのみ。

 追いかける側が居たのであればもう一つ存在を感知しても不思議でないが、二つ目は感じられなかった。仮に居たとしてもあの存在を相手に、魔法も鉱術も使わず追いかけられるはずもない、とすれば逆も然り。

 背丈も、それほど大きくないだろう。進行方向の前後で木々が倒れたり煙が上がっていないことから、ある程度知能が有り理性も有る存在と想定できる。穴の形からも獣の類は可能性として低く、二足歩行を視野に入れれば魔物の可能性の方が高い。

 だが、魔物と仮定したとして、どう対策を取るとしても範囲が広すぎて話にならず、魔物の目的や意図から対策を考えようとも思ったがこちらも不明。

一度レディースレイクに戻り、情報収集の為に森の中を調べる必要もあるかもしれない。

 思考が纏まらずにいると。


「・・・人、か?いや、有り得ないな」


 おかしな考えに辿り着き、呟きがこぼれた。

 行き詰まり、これが人間の仕業だったら、と馬鹿げた事さえ考えてしまう近衛筆頭騎士ヴェイル・マクエルト。

 この考えも即座に否定してしまったが、実は一番正解に近いものだったと、この時の彼に知る由もない。

 地面を抉るような走り方は無知な人間がすることであり、魔力の無駄遣いの代表格。魔力の消費を体力で例えるなら、平地と泥沼を走るくらいの差が出てしまうからだ。

 騎士院でも、田舎にある小さな学び屋でも真っ先に教えるほど初歩的な事だからこそ、ヴェイル・マクエルトは、正しく間違った判断をしてしまった。

 だが判断を違えただけで終わらず、偶然にも出揃った情報に先入観が働きかけ最終的にとんでもない誤りに辿り着いてしまう。


「―――まさかっ」

「マクエルト、どうかしたの?」


 とんでもない速度で森を駆け・・・

 ある程度の知能を持ち・・・

 突如生まれたばかり可能性を秘めているにも関わらず・・・

 湯水の如く使い続けられる魔力量を持ちながら、余りにも遣い方が稚拙だと言う事が導く答え―――。


「・・・魔王の出現!?」


 彼女らが持ち帰った情報が後に、帝都レディースレイクに大きな混乱を招くことになるのだが、当事者であるエヴァンス親子は知る由もなかった。

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