第3話

 視点は魔物へ移り、時も少し前へと遡る。

 ノクトとサンラが追いかけっこを開始して間もない頃。

 同じ山の中腹にある洞窟の中で、大粒の汗を全身に流す魔物が居た。全身に感じる外から飛んでくる気配、自分達へと向けられている訳では無いが、圧倒的な魔力量だけで身の危険すら感じ思わず声を荒げてしまう。


「あ、兄貴・・・この気配はいったい?!それにこの魔力量、とんでもないヤツが縄張りに入っ―――」

「うろたえるな」

「でもでもでも、気配がどんどん近くに!ま、魔力も大きくっ!」

「・・・お前は焦ることしかできんのか。今まで死地を共に潜り抜けてきた弟とは思えん台詞だ、情け無い。声ばかり大きくしやがって、大きくなったのは魔力でなくお前の声だ」


 鍛え上げられた肉体に似合う上等な業物。一見してとてつもない力を秘めていそうな感じを受ける二匹の魔物兄弟だが、言動は対照的であった。

 慌てふためく弟と、自慢の筋肉でポージングを取っている兄が向き合っている構図である。


「争いになったとしても、ふんぬっ!この両腕で引きちぎってやるだけのこと」

「ああぁもう!ポーズを決めてる場合じゃないでしょ!筋肉ばっか盛り上げても、気分なんか盛り上がらないからね!?こんな魔力量今まで感じたことないって何で気づかないんだ兄貴は!」


 テンプレの渾身の声を聞き、ポージングをやめる兄クルリン。やれやれと聞こえてきそうなほど、大げさに首を左右に振りながら弟の目を見る。


「ったく。うろたえるなと言っているのだ、みっともない。テンプレ・・・お前は少々心配性なところがありすぎる。俺達はこの山の主、堂々と構えていればそれで良い」

「暢気な事を言ってる場合じゃないって何で気が付かないんだ!この筋肉ダルマ!この魔力量、多分兄貴さえ超えて―――」

「だああああああああああ!さっきから五月蝿いぞ!それでもこのクルリンの血を分けた弟か!」


 言葉と共に拳を弟の頬へ叩き込む魔物。弟の発言にプライドを傷つけられたからか、それとも筋肉を馬鹿にされたからか、拳に一寸の手加減も無く振り抜く。鍛え抜かれた腕から繰り出された大拳は、吸い込まれるようにテンプレの頬を抉り、有り余った力は体ごと後方へ殴り飛ばすのに十分な威力を持っていた。

 叩きつけられるよう地面へと伏せたテンプレの背中へ向け、拳に力を入れ熱く語り出し始める。


「俺達は長いこと、この山の主として君臨し続けてきたんだ。自分の力量も分からない田舎魔物が山破りにでも出てきたのか知らないが、一捻りしてやるだけだ」

「―――――」

「確かにとんでもない魔力のようだ。・・・それだけは認めよう。だがしかし俺達だって負けていない」

「―――――」


 意識の飛んでいる弟に対し、握りこぶしに力を入れたりとポージングを再開し、なおも語り続けるクルリン。これほど見ていて痛々しいものの、つっ込み不在で収拾がついていない。

 弟の伏している姿も例えるなら、ピクピクピクッという擬似音が繰り返し聞こえてきそうな感じだ。


「久しぶりに血肉が沸く。俺を本気にさせる存在など、数えるほどしかいないからな」

「―――――」


 収集が付かないまま、兄はポージングと主張を続けること少し。


「・・・ぅ、ぅぅ」


 弟は意識を取り戻すが。

 何故か短期間の記憶が飛んでしまっていた。

 テンプレは自分が倒れている訳が分からず。兄は兄で何か喋っているが内容が掴めず。とりあえず今は状況を把握しようと決め、起き上がろうとするも何か様子がおかしい。


「・・・ん?」


 立ち上がる為、体に力を入れようとするが動いてくれない。

 何が原因かと考えたのだが何か違う。力が入らないのは足だけではなく両手もだ。どうしてだろうと疑問だけが浮かぶ。


「―――あれ?」


 理由を色々考えていると自身が震えていることに気が付いた。一つ気が付けば次から次へと、自分の不調が目に付く。

 震えているのだ。両手が。両足が。全身が。

 吹き出ている汗も尋常な量ではない。とてつもない巨大な生物に踏みつけられているかのような重圧も感じる。

 一つ、また一つと集まった情報の断片が集まり、ある結論に辿り着く。己が気を失ってしまった経緯に。

 そうなると自制心が崩れるのは必然だった。


「・・・まずぃ・・・ずぃ・・・ぃ!」


 蒼白な顔面からガチガチと歯音が聞こえ、喋っているのか震えているのか分からないが想像するのは容易い。

 何よりも気を失っていた時間が致命的だった。自分達と同等と感じていた魔力が、気を失っている間に予測を超え、はるか大きくなっていたのだから。

 自分達と敵との距離が迫ることで、より明確になる脅威。

 全身の不調は本能が恐れを感じていた為に現れ、少しでも心に掛かる負担を軽減しようと発現したものだった。

 吹き上がる恐怖心の中。

 振り絞った一滴の力で耐え切れなくなり兄へに助けを求めようと声を掛けるが。


「ぁ、兄貴?」


 そこで初めて兄の様子もおかしいと気が付いた。

 何かコソコソと作業をしている姿が視界に映ったからだ。その姿はまるでアレであり。認めたくないが故に、一種の力を生み出し、身体を起こす原動力となる。

 弟の気配に気づいたのか、背中越しに声を投げかけるクルリン。


「テンプレ、寝ているとは呑気なもんだ。準備できているんだろうな?」

「え?えっと・・・た、戦う準備だよね?」

「何を言っているんだお前は。引越しの準備に決まっているだろう」

「引、越し?」


 さも当たり前のように言い放つ。

 長旅にでも出るような準備をしている姿の兄クルリンを見て、状態が飲み込めなくなり、もう一度問うことにした。


「戦うんじゃないの?」

「寝ぼけているのか?この山を出ると話をしたじゃないか、さっさと準備して出立するぞ」

「んな!?」

「さっきから寝たり驚いたりと変なやつだ。急がないと荷物は棄ててでも連れて行くからな」


 詰め終えた自分の荷物袋を肩に担ぎながら弟の準備を促す。

 納得できないながらも兄には逆らえず、渋々従おうとしたところだ。

 視線を落とした際に気が付いたのだが、兄の鍛え抜かれた太い足は大きくガクガク震えていた。それはもう隠しようも無いほど明確に。

 先ほどまでの威勢、啖呵は何処へやら。


「・・・」


 兄を見る弟の目は線に近い横目だった。それはもう痛々しいものを見ているような、そんな目だ。

 そういうことだったのかと理解する。嫌味の一つでも言いたくなり、思ったことがそのまま口に出た。


「兄貴の足が震えてるような・・・」

「準備運動だ。細かく震わすことに意味がある。覚えておくのだぞテンプレ」

「全身から汗が出てるネ」

「ふむ。どうやら身体も温まってきたようだ。そろそろ頃合といったところか」

「ふむ。じゃないよ!?どんだけ前向きなんだよ!?頃合いどころか、俺達より先に俺達のお迎えの方が身体温まってるじゃないか!」


 思わずつっ込みを入れてしまうテンプレ。

 明らかな言動の矛盾。急ぎ兄の眼を覚まさなければ別意味で、俺達を迎えにくる使者の準備運動が終わってしまうと焦り、現実を認めさせるよう逃げ道を塞ぐべく言葉を選ぶ。


「死線を何度も乗り越え、数多の敵を倒してきた肉体を、今使わずして何時使うんだよ!」

「引越しの荷造り、そして運ぶ為だ!がははははは!」

「逝く準備が整ってたああああああああああ!?」


 絶叫後。がっくりと項垂れる。

 荷造りという整理ではなく、身辺整理をしておくべきだったと本気で思ってしまったテンプレだった。

 なお、ここに追記しておくと。

 クルリンとテンプレ兄弟は長年にわたり、レディース鉱山を支配していた魔物の主であり、決して弱くない魔物だ。

 近隣に位置する帝都レディースレイクも彼らを含む魔物の存在に手を拱いていたのだが、街道に襲いに出てくる魔物は少なく、縄張りにさえ近づかなければ被害は出なかった為に、定期的な魔物魔獣の間引きは行われても、大規模な討伐は行われていなかったとされている。

 結局の所。

 謎の脅威は彼らの近くを通過するだけで遭遇することはなかった。安堵した彼ら兄弟は無事に出立できたのだが、彼ら以外にも知能を高く持つ魔物や獣は、こぞってレディース鉱山を離れて行ったという。


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