第2話

 誰が見ても早いと分かる速度で、ノクトとサンラが駆けている。

 何をしているのかと問われれば、追いかけっこと答えるのが形容するに近しいだろう。子供同士でよく見かける遊びの一種であり、子を持つ親があやす方法に用いる時も有れば、肉体の強化や魔法、鉱術を駆使した鍛錬として取り入られる場合もある。そんな追いかけっこも、


「きょう、こそっ!」

「ほっ、ほっ、ほいっと」


 この親子の場合に限り、明らかに常軌を逸脱していると付け加えておこう。

 子は必死の形相で追いかけ、親は笑顔を浮かべ先を行く。

 出ている速度もかなり早い。注意して見ていなければ、あっという間に視界の端から端へ過ぎ去ってしまう程だ。

 親は己の鍛えられた肉体と僅かばかりの魔力を駆使して駆け、子は持てる限りを尽くし父親の背中を見失わないよう食い下がっている。

 足が速いだけというなら驚くことも無いのだが、余りにも常識から逸脱していた。

 彼らが追いかけっこをしている場所。そこは木々が生い茂り、岩や障害物が蔓延る森の中。

 説明を加えれば、そこが未開の地だとか、特別な理由があって選んでいるのでもなく。横に逸れれば生活路と呼ばれる広い道があるのにも関わらず、ただ彼らは、生活路を普通に下るのでは楽しくないという理由から、鍛錬も兼ねて獣道を直走っているのだ。

 生活路と違い手入れの行き届いていない道となれば、獣や魔物と出くわす危険性を孕んだ文字通りの獣道。

 そこをただ下るのではなく、二人は駆け抜けている。

 いや違う。当たり前の様に追いかけっこをしている。


「サンラ!」

「へ?な、ななな!?」


 声をかけると同時。息子の方へ振り向き、まるで挑発するよう後ろ向きに走るノクト。

 呼ばれて向いたサンラだったが、父親の思いもよらぬ行動に頭が沸騰してしまった。挑発行為は過去に何度もあるのだが、数日前の色々な出来事と疲れが重なり、自制できなかったのだろう。

 挑発に乗らないよう何度か堪えようとしたのだが、父親が後ろを向いた事が余分だった。


「なん、で!」


 挑発と、サンラには受け取られたのが、実際は違う。

 ノクトの動きに無駄が無いだけであり、森の中なのに障害物なんて無い様に感じるくらい、それこそ踊っているかのように錯覚する走りを魅せているだけのこと。

 後ろ向きに走って見えるのも、ノクトの移動技術が高いだけだ。


「こっち、向いたまま、走れるん、だっ、よおおおおおおおおお!」


 突然吹き上がったように溢れ出た魔力が粒子となり空を舞う。

 別に感情と共に吹き出した訳ではない。

 ただ追いつきたい一心がサンラの枷を外し、溢れさせ、魔力を両足へと集中させたのだ。即席の身体強化という魔術を駆使した瞬間、破裂音と供に駆ける速度が上がるが。

 それを横目に見ていた父親は、内心呟く。

 ちょっとの苦笑と。


「・・・ったく」


 大半の笑顔を添えて。


「また一段と魔力量が上がったな」


 だが、息子のサンラに呟きは届かない。

 身体強化は諸刃の魔法なのだが、この状況でも教えを守り実行している姿を見て感動さえ覚えてしまう。

 通常、移動速度を上げる方法は大きく分けて二つ有り、本人の技術や特徴等に合わせ身に着けるのが良いとされている。

 一つ目は、魔法や鉱術を用いて推進力となる力を生み出して自分自身を加速させる方法。追い風を生み出したり、踏み込んだ足元に突起物を発生させ、地から盛り上がる力を利用して加速を促す。といったものが最たる例だ。

 二つ目は、自身へ魔法や鉱術を駆使し、肉体が生み出す力を増幅、脚力そのものの強化である。

 どちらも一長一短あり、使用方法を誤れば自身を傷つける結果に繋がってしまう諸刃の剣。その為、教える側の人間はまず身を守る方法から教えるのだ。

 自身の負荷にならない程度に推進力を調整したり、間接や骨を痛めないよう魔量調整や筋肉骨格の同時強化等を行うといった具合に。

 この親子の場合は後者を選択しており、ノクトはサンラへ、日頃の鍛錬から徹底して魔法や鉱術を使う際の注意点を言葉と実体験で学ばせてきた。

 だからこそ今、結果が着実に現れていること目の当たりにし、今度は自分が嬉しさを爆発させてしまいそうになる。


「よし・・・よしっ!」


 グッ・・・ググッ。っと握り締められる父親の拳。

 サンラは気が付いていないが、魔力を肉体保護側へ比重を大きく割いた結果であり、割合を変えるだけで速度はさらに跳ね上がる。

 加えてあの魔力量だ。もしかしたら肉体への負担を省みなければ、瞬間速度だけでも父親である自分に肉薄するかもしれないと妄想してしまう。

 しかし、成長を見守るのも大事だが、直さなければいけないところにも目を向けていかなければならない。

 自身サンラが駆ける際、生み出している雑音で掻き消えてしまっている魔力がある。即ち無駄な力だ。

 対して父親の周囲からは、同じ速度で移動しているのにも関わらず殆ど音が聞こえてこない。第三者が居れば、移動する物体は一体として錯覚しても不思議では無いほどに。

 色々気が付いてもらいたいという気持ちもあるが、どうすれば息子自身が考えて気づいてくれるか思考する。

 今までの教育追いかけっこで身体能力差を見せる段階は終えており、父親が速度も魔力も抑えて走っているのはサンラも既に知っている。それを加味してもなお、何故追いつく事ができないか気づいてもらいたい。同時にサンラの頭も冷やし、且つ大きな学びになると信じ、考えていた行動の中から一つを選ぶ。

 背中越しに息子が徐々に迫ってくるのを感じつつ、


「おっとあぶない」


 と、声に出したのに合わせ行動を変えた。

 ほぼ直線移動に、蛇行や緩急を加えたのである。


「そんな?!」


 突然の変化に戸惑うサンラ。


「うっぷ!?木がっ、邪魔っ!で、前、がっ!」


 先ほどまで出ていた速度は一瞬で影を潜め、折角詰めた距離があっという間に開いてしまう。

 それでもどうにかして追いつこうと足掻くも上手くいかず、見える背中はあっという間に点に等しくなってしまった。

 今までほぼ直線の移動。父親の背中さえ追いかけていれば然したる障害物は無かった為に、追いかけることだけに集中できなくなったと気づかされる。


「・・・もう、あんなところに・・・」 


 止まった足。

 途切れた集中力。

 色あせる視野。

 絶対的な差を目の当たりにした時、人は全てを諦める。想いは擦り消え、夢を見失い、成長することを手放す。

 自分では出来ない。自分には力が無い。

 そして最後は、こう締めくくるのだ。相手が自分より上だから仕方が無い、自分には才能が無いと。

 決め付けることで自分を慰め。逃げることで心を守り、本当の現実から目を逸らして可能性と言う名の未来を閉ざしてしまう。身の保身を最大最優先事項に設定し、残りの生を全うしようとする。残念なことにそれが勘違いなのだと気が付かないままに。

 出来ない。力が無い。才能が無い。

 そんなことは自分で決める事では絶対に無い。

 では、どうしたらいいのか、と。万人が請うだろう。

 当たり前である。何故なら殆どの人間が知らず、教えられる者が居ないのが暗黙の解答であり、心が折れた時どう対処すればいいのか、教える側の大人自身でさえ知らずに子から成人へと経ている現状だ。教えるどころか、分からなくて伝えられなくて当たり前。誰が誰をと責を問うのは間違っている。

 万人が突き当たる壁に親子はどう向き合うというのか。


「すぅぅー・・・はぁー・・・。すぅぅー・・・はぁー」


 目を閉じ深く深呼吸をするサンラ。

 1回、2回、3回と繰り返すことで落ち着きを取り戻す。


「もっと、もっと、もっともっと強くなりたい・・・」


 彼は理解している。今の自分が、物理的にも技術的にも父親より早く走れることができない理由を。

 彼は信頼している。父親が、鍛錬の最中に意味の無い事は絶対に行わないと。

 彼は知っている。自分が未熟だと。

 全部父親から学び、時には気が付くきっかけをもらってきた。

 だから前向きに考えようとサンラは思う。


「絶対に追いついてやる!」


 父親の行動には何か意味がある。今の自分で考えれば見つけられる答えがあると、歯を食いしばって前を向く。

 何よりも自分には目指すべき目標があるのだ。こんなところで折れてなんていられない。

 サンラの両目に灯る明かりはとても強く、真っ直ぐ前を見据えている。

 再び踏み出した一歩は、とても力強くあり、あっという間に最大速度へ加速した。

 木々や岩々に彼自身の凄まじさを残しながら。

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