圧倒的強さでフラグを圧し折る親子の物語~どう見てもただの親子です~
ばななぁああ
第1話
その男の名は、ディーグル・ポポスカ。
稀に見る程の不幸が重なり、つい先日、野良盗賊へと身を堕とした男だ。
「やってやる・・・やってやるぞ!」
表情と心情に汚い様子を浮かべながら、狩る対象を探すべく森の中を彷徨っている。
元々貴族の中でも剣術に長けていた名家だったことから、獲物も細い剣身の剣。突く動作や俊敏な動きに長けたレイピアと呼称される剣を三本携えており、正式な場で相応な姿をしていれば、相応の称賛を受けたのではないだろうか。
だが今は、どこで手に入れたか分からないレイピアに、薄汚れた服装。加えて、布で顔を隠した隙間から覗く目が盗賊のそれを思わせている。
時間は早朝。
油断しきった旅人や商人を狙おうと考え、帝都レディースレイクへ続く街道を探索しているのだが・・・
「案外見つからないものなのだな・・・」
ふと、そんな言葉を呟いてしまうほどに、対象を見つけられないでいたのであった。
それもそのはず。
ディーグル・ポポスカに盗賊としての経験があるわけでもなく、土地勘があるわけでもない。ついこの間まで貴族だった人間が、いきなり盗賊に転身しようとも上手くいかないのは当たり前で、さらに殺気は隠すどころか駄々漏れの状態。
通行人に対し自分はここに居ますよ、と、いわんばかりにアピールしているようなものだと本人自身が気づいていないのだ。
彼がここ数日口にしたものといえば、僅かな木の実と湧き水。
慣れない環境での野宿で満足な睡眠も得られていない状況。
本来ならば働き盛りの年であり、定期的に発散していた欲情も開放できていない。
欲求が満たされず、代わりに溜まるのは肉体疲労と精神的苦痛となれば、いつ間違いな行動を犯してもおかしくないと誰もが思うだろう。
そんな精神的爆弾を抱えたまま森の中を歩き続けていた時だった。
「あれは!」
ディーグル・ポポスカの視線がついに獲物を捕らえたのである。
すぐさま身を潜め、そっと茂みの隙間から様子を伺うが・・・
「・・・冒険者?旅人?・・・か?」
彼が視野に捕らえた数は二つ。
まだまだ距離があり正確な情報は分からない。狙うべきか否か、辛うじて残る理性が近づこうと判断し、様子を伺いながら少しずつ距離を詰めていく。
トクン、トクン、と心音がやけに五月蝿く聞こえ、走れば数秒で済む距離が遠く長く感じられる。
初めて命の奪い合いをしようというのだから無理も無い。むしろ生物としての自然な反応なのだが、この状況下だ、今の彼には受け入れられないだろう。
何度も、静まれ静まってくれと、自分に言い聞かせながら進み。
やっとの思いで、様子が見て取られるまでの距離に近寄った。
「親子?」
冒険者と思われる親子。
子供の歳は七、八歳だろうか。手には、やや短めの汎用剣を構え、型は特殊であるものの堂々たる立ち姿と見て取れる。
父親は木の棒を片手に構えており、様子から子に剣術の稽古をつけていると分かるのだが、子供に甘い父親と判断した。
何故なら子供に対し、片手で構え表情は笑顔。
さらに加えて、
「何処からでもかかってこーい」
といった、気の抜けた声のおまけ付。
剣術に心得のある自分からしてみれば隙だらけに見え、真剣な表情の子供に対し、あまりにも無礼というもの。教えるつもりが本当にあるのかと問いただしたいくらいだ。
騎士の道に多少なりとも真摯に触れてきたことで、あの父親の態度に怒りさえ感じた。それどころか自分ならこういう風に教えるとさえ頭の隅で考えてしまう。
反対に、確かにふざけてはいるものの、見方を変えれば仲の良い親子にも見えるが・・・
「っ!?」
ふと我に返り、首を振って考えを飛ばした。
「何を考えているのだ、これから襲う相手だろう」
大きく一つ深呼吸をする。
貴族の中でも剣術のみに絞れば、相応の経験も積み結果も出してきた。
総じて導き出した結論は、決行。失敗し命を落す、大怪我を負う可能性はゼロではないだろうが、元から危険は付き物。しかし、成功する確率が明らかに高いと判断したからだ。
「悪く思わないでくれよ・・・」
金品等奪取に成功すれば命までは取らずに済ませよう。
まずは父親から行動不能にし、次に子供の方を。
足元に雑草が元気に生え揃っているが、飛び出す際の障害にはなるまい。所々見える小石や枯れ枝を踏んで音を立てないよう気をつけることだろうか。
と、行動に移す場合の考えを張り巡らしていく。
周囲の安全を確認後。
一度視野を切り、深い茂みに身を深く潜め、少しでも呼吸を落ち着けようと目を瞑る。
「・・・・・・」
するとどうしてか、このような状況だと言うのに、悪魔のような奴等の言動が思い浮かんできたのだ。
自分をここまで陥れた奴等の顔が。
己がされた裏切り、舐めた苦汁、失ったモノの数々。
思い浮かんだ中でも、特に悪魔の中心人物に居た男の顔を思い出す。あの甘いマスクに潜む悪魔の本性にどれだけ痛めつけられたことか。
「・・・ガヴォット・ゴセック」
あの悪魔を壊してやりたい何もかも、自分を陥れた奴等を堕としてやりたい。
一気に負の感情が溢れ出し彼の心の中を支配していく。いつか自分の手で捌きを下そう。願い適わずとも、奴等が不幸になる未来を思い浮かべることで、少し気分が軽くなった気がした。
そういえば、今から狙おうとしている親子も整った容姿をしていたのを思い出す。
むしろ、あの悪魔よりも断然格好が良く、背丈のバランスも非常に抜きん出たものがあったように思える。何故だか無性にイライラが募り、それが心に負った傷とは別の、同じ男としての劣等感だとは、今の彼に判断がつくはずもないだろう。
だが、行動を起こす切っ掛けには十分であった。
ゆっくりと瞼を開き、レイピアを引き抜く。
「よし」
行こう。と、心の中で一言。
ディーグル・ポポスカは意を決し、行動に出るべく茂みから身を乗り出した瞬間だ。
それは突然始まる。
「やぁ!」
打撃音を数えれば。
カカカッ、の三音。
時間にすれば。
彼の目先にある木の葉から、朝の雫が離れ落ち地面に触れるまでのほんの僅かな時を、一区切りと比喩しよう。
「―――――」
子供の腕から先にかけた剣身が消えたかと思うと、それは既に振り抜いた後。
剣を振った数は、一区切りの間に3回。3回だ。
目から入る情報の量と速さに頭の処理が追いつかず、目を見開いたことさえ一連の動作が一区切りした後になる。
「―――は?」
何が起こったのか理解できず、現実を受け入れられない。しかし、現実は進む。子供は再び打ち込みを始め、いや、打ち込みなのかさえ早すぎて分からないというのが彼の中で正しい答えだ。
7、8歳の少年があんなにも早く剣を振れるものなのかと疑問ばかり浮かぶ。
見たことがない。
聞いたこともない。
ありえない。
しかし、現実が目の前にある。
両目は点に、顎も外れそうなほど開き、顔を覆っていた布がするりと落ちた。
やがて感情が追いつくと整理できない思考が声と一緒に溢れ出す。
「いやいやいやいやいやいやいやいや?!えっ?えっ・・・えぇっ?」
人間は都合の悪いことから目を背けることで、自分を守ろうとする。痛みを感じる現実から意識を背くことで心を守る。
ディーグル・ポポスカもまた現実を受け入れられず、慌てて視界を外す、が。
カカカッ、と。
聞こえてくる打ち込みの音が追い討ちとなり、逃れられない事実を突きつけてくる。
もしも、自分があの場へ突入していたらどうなっていたか。という、在り来たりな問いをする必要性は全く無く。
明確な実力差を一区切りの時間で、それも子供に突きつけられたのだ。今の彼の心情を想像するのは、あまりにも容易い。
「ハ、ハハハ、ハハハハハハ」
乾いた笑い声。
「・・・っ」
両膝も笑ったかと思えば、糸が切れたかのように力が抜け、そのまま両膝が地面にぺたりと落ちる。次いで腰が砕けることで臀部と両足の踵がくっついた。
先ほどまでの意気込みは何処に行ってしまったのか、今の姿は糸の切れた人形そのもの。
だが、どうしてだろう。
彼は微かに残る力を振り絞り、再び前を向いた。
「落ち着け、落ち着くんだ」
まずは周囲を確認。
幸い相手に気づかれておらずレイピアも即時抜刀可能な状況、見方によっては行けなくもない。
しかしながら、極度の緊張と多大な心身疲労を抱えており、普通の精神状態ならば間違いなく諦める状況だが・・・
普通の精神状態でないからこそ、彼に冷静な判断ができなかった。
「今やるべきことは何だ」
自分に語り掛け。
「何のために此処に居る」
奮い立たせ。
そして意を決する。
「俺の成すべきこと、それは―――」
この程度で弱音を吐いていては奴等に復讐できるはずも無いと。
勝算をどこに見出したのか分からない、抗えるだけの燃料が残っていたのか分からない。けれど、僅かな光が彼の目に灯った瞬間。
決意は言葉になり、行動に表れる。
「草むしりだ」
腰から抜いたレイピアを使い、足元に広がる雑草に手をかけた。
早く、巧い。
もはやどこからツっ込んだらよいのか分からないが、迅速かつ丁寧に彼は雑草を抜いていく。
心が既に砕けていた。と言うより、完全に心が折れていた。それも善い意味で根元からポッキリ。
手早く落ち葉や枯れ木をまとめ、邪魔になりそうな小石はレイピアで掘り出し除けた。
「ここを通りかかった誰かが怪我をしたら大変だった」
と、除草完了後の一言。
手の甲で額に浮かぶ汗を拭い去った表情はとても晴れやかだった。
「真っ当に生きよう」
そのまま振り返ることなく、その場を後にする。
襲わなくて良かった。襲っていたら死んでいたに違いない。
自分は運がとても良かったのだと考え、今後の身の振り方を改めた。
「再出発だ」
薄汚れた貴族世界から抜け出せたのだ、これも神が与えてくれたチャンスなのだと、憑き物が取れたかのような表情で彼は歩む。
不思議と足取りは軽く、心も軽い。
一歩、二歩とリズムが増せば駆け足となり、とても爽やかな表情のまま彼は、ディーグル・ポポスカは、森を後にした。
しかしながら、彼は少年に対して驚きを表したが、真に驚くべきことに気が付いていない。
あの打ち込みを少年の父親は片手で、それも真剣に対し、ただの木の棒で相手をしていたということに。
少年の名は、サンラ・エヴァンス。
そしてこの物語の主人公であり、父親の名を、ノクト・エヴァンス。
ここに、エヴァンス親子の物語は幕を開ける。
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