第28話 蓮見さんと風邪2

 あの後。

 蓮見さんが雑炊を食べ終わるのを見届けた俺は、近くの薬局へ。

 そこで薬剤師さんにオススメされた薬を買い、うちへと戻った。


「蓮見さん、薬買ってきました」

「ええ」


 しかし蓮見さんは、薬を見るなり露骨に嫌な顔を浮かべた。

 おそらくはあまり薬が得意ではないのだろう。

 まるで年下の妹を看病しているようだ。


「飲まないと治らないので飲んでください」


 それでも俺は、彼女を甘やかすことはせず。

 なんとか蓮見さんに薬を飲ませ、とりあえずは安泰。

 その後しばらく様子を見るため、彼女には一度眠りについてもらうことにした。



 * * *



「う……ぅんん……」

「おっ、起きましたか」

「んんん……おはよ……」


 蓮見さんが目を覚ましたのは、午後2時を過ぎた頃。

 眠りについたのが午前10時頃だったので、約4時間ほどの睡眠だった。


「具合、どうですか」

「ううん……さっきよりはマシかな」


 むくっとベットから起き上がった蓮見さんの顔は、先ほどよりも随分と落ち着いているように思える。

 だいぶ顔色も元に戻ったようだし、何よりも瞳に命の灯火が感じられる。


「それじゃとりあえず熱計りましょうか」

「うん」


 そうして俺は、近くに置いていた体温計を蓮見さんに差し出した。

 まだ完全に治っているとは思えないが、それでも熱はだいぶ引いたんじゃないかと思う。


『ピピピピッ、ピピピピッ』


 本日二度目のこの音。

 それを合図にして、俺は蓮見さんから体温計を受け取る。

 そして表記されている数字を見てみると——。


「37度2分。だいぶ下がりましたね」


 なんと熱は37度2分。

 朝方測った時は38度5分だったから、随分マシになったと言える。

 

「身体とか痛くないですか?」

「うん、大丈夫」

「気持ち悪いとかもないですよね?」

「うん、ない」

「なら良かったです」


 他に気になる症状はないようだし。

 この様子なら明日の朝には完治しているだろう。

 大事にならなかったみたいで本当に良かった。


「それじゃもう少し横になっててください。今替えのタオル持ってきますんで」

「うん」


 そう呟いた俺は、濡れタオルを片手に洗面所へ。

 風呂桶にためていた氷水にそれを浸し、力一杯絞る。


「これでよしっ」


 十分に絞ったことを確認してから、再び蓮見さんの元へ。

 寝ている彼女のおでこに、畳んだそれを慎重に乗せる。


「ちょっと冷たいですけど、我慢してくださいね」

「ちゅめたっ……」


 ピクッと肩を弾ませた蓮見さんを見て、思わず笑みが漏れる。

 さっきまではあんなにも弱っていたのに、今はもうだいぶいつもの調子を戻しつつあるようだ。


 ——やっぱりこの人はこっちの方が似合ってるな。


 元気がない蓮見さんよりも、自由気ままな彼女の方がやはりいい。

 もちろんそれは当たり前のことなのだが、やはりこの人の場合、自由でいる時の方が笑顔が素敵だ。


 この人はだらしなくてどうしようもない大人だけど、最近は俺の言うことを素直に受け止めてくれている。


 下着姿でいることはほとんどなくなったし。

 俺が作る料理なら好き嫌いせずなんでも食べるようになった。


 それだけじゃない。


 今までは少しでも暑い感じたら、迷わずクーラーをつけていた。

 しかしここ最近は、窓を開けるだけで我慢してくれている。


 掃除する時だって少しだけ手伝ってくれるようになった。

 洗濯物を干す時だって自分の物は自分で干すようになった。


 食べ終わった食器は洗い場まで持ってくるようになったし。

 脱いだ服はちゃんと洗濯カゴに入れるようにもなった。


 ——ほんと、別人みたいだな。


 最初に会った時と比べても、驚くべき進歩だ。

 あの時は本当に目も当てられないくらいどうしようもなくて。

 いつこの部屋を出て行ってやろうかってずっと考えていた。


 でも今は、そんなこと微塵にも思っていない。

 こうして蓮見さんと一緒に暮らすということ。

 それが知らず知らずの間、俺の中で当たり前になっているのかもしれない。


 そして俺は、その当たり前を受け入れている。

 俺の日常の一片として、しっかりと心の中に根付いている。


 それは決して悪いことではない。

 そう、今なら思えるような気がするのだ。


「蓮見さんお腹空いてますよね。少し遅いですけど、お昼にしましょうか」


 そう呟いた俺は、あらかじめ作っておいた昼食を取りに、台所へと向かおうとした。


「ねえ、幸太郎」


 そんな時、背中では俺の名前を呼ぶ声。

 いつものような『キミ』ではなく、ちゃんと名前を呼んでくれた彼女の声が。


「幸太郎、ありがとね」


 振り返った視線の先に。

 そこにいたのはまるで花が咲いたような。

 そんな美しい笑顔を浮かべるのはたった1人の同居人。


 とてもだらしなくて、子供で、わがままで。

 でもどこか放っておけない見知らぬ同居人——。


「いつもありがとう」


 そんな彼女の名前は蓮見さん。

 ”はなを見る”というその名にふさわしい、とても可憐で素敵な女性だ。

 

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