第10話 蓮見さんと買い物3

 布団を購入するという当初の目的を果たし終えた俺は、蓮見さんの希望もあり、ショッピングモール内のフードコートへと向かった。

 建物北棟の3階にあるその場所は、日本人なら誰でも知っているような名店ばかりが集い、客席だけでもおそらく300から400席くらいは用意されている。


 俺の地元にもこういった場所はいくつかあるが、それと比べてみても全く別次元のような圧倒的スケール。

 しかも休日ということもあってか、その何百席もある客席が、昼食を求めてやって来ているお客によってほとんど埋まってしまっていた。


「うわ、すげっ……」


 俺が思わずそう口にしてしまうほどの活気。

 そもそも都会のショッピングモールというものを、あまり理解していなかったので無理もない。


「座れるのかこれ……」

「まあ探せばあるでしょ」

「そ、それもそうですね」


 こんな光景を目の前にしても、蓮見さんは相変わらず呑気なご様子だ。

 おそらくこの人はこういった場所にも慣れているのだろう。

 さすがは都会人といったところか。


「それじゃ探しましょうか」

「うん、じゃよろしく」


 ——ん。


 今何か聞き流せない言葉が聞こえたような。

 いやまさか蓮見さんでも流石にそんなことは……。

 

 ——ってもういねえし。


 俺が首を傾けると、もうそこに蓮見さんの姿はなかった。

 一体どこに行ったのだろう……って後ろを振り返ってみれば。


 ——いや座ってるし。


 あろうことか蓮見さんは、近くの空いていた座椅子にちょこんと腰を下ろしていた。


 まさか「私はここに居るから探してきてね」とでも言いたいのだろうか。

 だとしたら一発ひっぱたいてやりたいんだが。

 まあ俺優しいからそんなことしないけど。


「待ってるんですか?」

「うん、待ってる」


 清々しいくらい素直だ。

 少しはごまかしたりしたらいいんじゃないのか?


「あの一応聞きますけど、具合とか悪いわけじゃないですよね」

「うん、別に」

「そ、そうですか……」


 もうここまで素直なら怒る気にもならん。

 黙って席見つけてこよ。


「なら俺が戻ってくるまでここに居てください。はぐれられても困るんで」

「わかった」


 俺がそう言うと蓮見さんは「うんうん」と素直に頷く。

 そして俺のことなど構う様子もなく、ケータイでゲームをやり始めた。


 ――ったくこの人は。


 こういう時はちゃんと言うこと聞くんだな。

 うちの妹の小さい頃にホントそっくりだよ。


「はぁぁ……」


 俺はわざとらしくため息をついてみせたが、蓮見さんが気づく様子もなく。

 ただひたすらにケータイをいじっているあたり、彼女に罪悪感というものは微塵もないのだろう。


 ——いや、落ち着け俺。


 この人が普通じゃないことを忘れるな。

 余計なことを考えた時点で負けだ。

 例え俺が一言もの申そうが、この人はきっとここから動くことはない。


「仕方ねえ」


 結局腹を括った俺は、ごった返すような人混みの中へと足を踏み入れた。

 すると当然のごとく、俺たちが座れるような席はどこにもない。


「マジで席ないな……どうするこれ」


 しかもだ。

 俺以外にも空席を探しているであろう人の姿がちらほら見受けられるので、これは仮に空いたとしても座れる保証はなさそうだ。


「どこか……ないのか……」


『蓮見さんの希望もあり』とは言ったが、正直俺も腹が減った。

 出来ることなら今すぐにでも何か食べたい。


 ――まあでも、蓮見さん待ってるしな。


 連れを待たせて自分だけ飯を。

 なんて鬼畜なこと俺にはできない。


 蓮見さんだってわがままながら、黙って俺が席を取るのを待ってくれているわけだし。

 さっきだって俺の買い物に付き合わせちゃったわけだ。


「もう少し粘ってみるか」


 そう思った俺は、一度見て回った場所をもう一度確かめてみることにした。


 そこはフードコートの外れ。

 人気がありそうな店からは最も遠く離れた場所。

 この辺りならあまり長居せず立ち去る人が多いはずだ。


 そう思った俺は己の勘を信じ、鷹のごとく目を凝らす。


 すると――。


「あっ!」


 なんと偶然にも一席空いていた。

 しかもその席は2人がけのテーブル席。

 これは望んでもいなかったベストプレイスだ。


「蓮見さんに連絡を……」


 ケータイを取り出し、すぐさま蓮見さんを呼ぼうとした。


 が、しかし——。


 「あっ」


 そう言えば俺、あの人の連絡先知らないんだった。

 まあまだ出会って2日目だし、当たり前と言えば当たり前なのだが。


「呼びに行くか」


 せっかく見つけた空席を無駄にするわけにもいかないので、俺は着ていた上着を脱ぎ、それを広げてテーブルの上へと置いた。

 そしてすぐさま蓮見さんを呼びに、先ほどの場所へと急いだ。


「あれ、確かこの辺で……」


 しかし先ほど別れた場所に、蓮見さんの姿はなかった。

 書き置きなんて……まあそんな古風なことするわけないし。

 一体どこに行ったんだよあの人。


「遠くに行ってないだろうな……」


 お腹空いたって言っていたから、おそらくはまだこの辺にいるだろう。

 トイレに行っている可能性だってあるし、ここはむやみに動いてすれ違いを起こすよりも、ここで蓮見さんが帰ってくるのを待つ方が賢明だ。


 そう思った俺は、先ほど蓮見さんが座っていた場所に腰を下ろした。

 するとそこにはまだ、彼女が居たことを証明するような温かな温もりが——。


 って、いや待て。

 今のよく考えたらキモいな。

 撤回。

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