第6話 蓮見さんと夕食1
ゴミ屋敷と化していた部屋の掃除が終わったのは20時過ぎ。
最後の洗濯物を干し終えた俺は、夕食を買うべく最寄りのコンビニへ。
本来ならば自分で料理を作るところだが、そんな時間的余裕はもうない。
今から買い出しに行って、材料切って……なんてやってたらあっという間に明日になってしまう。
そもそも2時間もの間ゲームに没頭していたのがまずかったのだ。
あれさえなければ、今日という日の全てが俺の計算通りだったのに。
いや、同室に見知らぬ美人が住んでいることも想定外か。
「はぁ……疲れた……」
片手にコンビニの袋をぶら下げ、俺は玄関の鍵を開ける。
すると視界には、綺麗に並んでいる黒のパンプスが。
——そういや蓮見さんいるんだったな。
一人暮らしするつもりで上京しているためか、蓮見さんが留守番しているのにも関わらず、無意識に鍵をかけて外出していた。
どうせ中に人がいる状況で侵入しようとする泥棒もいないだろうし、これから蓮見さんがいる時は鍵をかけなくても……。
——いや、でも待てよ。
そういやあの人、俺が初めて部屋に入った時も気にせずゲームしてたな。
しかも全く知らない奴だというのに焦りもしなかったし。
おまけに下着姿だし。
「これはこれからも鍵かけた方がいいな……」
先ほどのことを思い出し、俺は瞬時に考えを改めた。
もし鍵をかけず蓮見さんに何かがあったらと思うと、少しゾッとしたのだ。
というのも。
それは別に彼女に対して特別な思いがあるからというわけではなく。
単純にあんな人野放しにしておけるほど、俺は罪人ではないということ。
子供を家に残す時、普通は鍵をかける。
それと一緒だ。
「いや……というかあの人社会人だよな。少しは危機感持って……」
なんて思いながら、俺は部屋の扉を開ける。
するとそこには、未だベットで横になっている蓮見さんの姿が。
「まだ寝てたのかよ」
これには思わず俺もため息。
休日とはいえ昼間にゲーム。
そしてそれが終われば仮眠。
なんていう生活をしている社会人がどこの世界にいるのだろう。
まあ探せばいるのだろうが、それでも俺には想像もつかないことだ。
とりあえずそろそろ彼女を起こさなければ。
「蓮見さん、もう8時過ぎてますよ、起きてください」
「ぅぅぅんん……?」
「ほら、さっき1時間後に起こしてって言ったでしょ?」
「んんんんん……おはようぅぅぅ……」
「おはようじゃないです。もう夜ですよ」
「よ、よるぅぅ……?」
「そうです。わかったら早く起きて服を着てください」
「んんんんん……」
俺が無理矢理に起こすと、蓮見さんは眠そうに目をこすりながら、「あわわぁ」と大きなあくびをして見せた。
格好も相変わらず下着一枚のみだし、これで風邪でも引いたらどうするつもりなのだろう。
「そんな格好で寒くないんですか?」
「んん、ちょっと寒いかも」
「だったら服を着てください」
「だから服ない」
「あっ……」
そういえばそうだった。
この人の服は全て俺が洗濯してしまったんだ。
まだ少しの時間しか乾かしてないし、それを着るのはおそらく無理だろう。
「何か着るものは……」
辺りを見渡してみたが、それらしいものは何もない。
クローゼットの中身も先ほど覗き、何も入っていないのを確認済みだ。
もちろん許可はもらったよ?
見たいから見た訳じゃないよ?
「なんでもいいんでないですかね。その格好だとこう……色々と」
「何、色々って。別に私は気にしてないし」
「いや、俺が気にするんですよ……」
この人の羞恥心に今更ツッコミを入れるつもりはない。
しかしせめて俺に気を遣って服くらいは着てほしいものだ。
俺だって高スペックとはいえ男の端くれ。
若い女性の、ましてや美人でスタイルがいい女性の下着姿などに長い時間晒されていては、いずれおかしくなってしまうのは目に見えている。
だからと言って血迷ったりなんかはしないが。
そこらへんは普通の男供とは一味違う。
さすがは俺。
「そこまで言うならわかった」
「やっと服を着る気になりましたか」
おもむろにベットから起き上がる蓮見さんの姿に、俺はそっと胸をなでおろす。
これでようやく俺にも、安らぎのひと時が——。
「んっ」
「へっ?」
何やら蓮見さんは、俺の方に手を伸ばしている。
その姿はまるで、お菓子をせがんでいる子供の様。
「よこせ」と言わんばかりに、俺のことを見つめている。
一体何がしたいのだろう。
「んっ」
「いや……だから何を……」
「服、貸して」
「えっ? 俺のですか?」
「当たり前。私のは無いってば」
なるほど。だから「よこせ」みたいな感じの雰囲気を出してたんだな。
まあ何も着ないで居られるよりはマシだし、ここは素直に俺の服を貸すことにしよう。
「ジャージでいいですか? 俺もあんまり服持ってきてないんで」
「別になんでもいい。どうせ外でないし」
そうして俺は部屋の隅に置いていたキャリーバックを開けると、そこから部屋着にしようと持って来ていた、高校の時のジャージを取り出した。
ベージュ色っぽい地味な生地に、茶色のラインが入ったなんとも微妙なデザインで、これを着ている姿はまるでう○こ。
同地区の他の高校の奴らには、よく『歩くう○こ』とバカにされていた。
まあ着ている当人たちでさえ、「これはう○こだ!」とネタにしていたくらいだから仕方ないっちゃ仕方ないのだが。
「はいこれ、ちょっとダサいですけど」
そして俺はそのダサいジャージを、蓮見さんに差し出した。
すると蓮見さんは、そのジャージを物珍しそうに眺め、
「何これ。なんかう○こみたい」
と一言。
そんな当たり前の反応を前に、俺はちょっとふざけてみたい気持ちになる。
「う○こですよ、これ」
「え、汚」
俺が冗談を言うと、蓮見さんは躊躇なく顔をしかめた。
まあ常人だったら当たり前の反応と言えよう。
むしろこの人にも『汚い』と思う心があっただけ、少し安心した。
「嘘です。そう見えなくはないですけど普通のジャージです」
「なんだ。じゃあいい」
そう呟いた蓮見さんは、俺からジャージを受け取ると、少し手際が悪いながらも、すぐさまそれを着てくれた。
これでようやく俺も安心して彼女と会話することができる。
「ちょっと大きい」
「そこは俺のなんで我慢してください」
そう呟いた蓮見さんは、中途半端だったファスナーを一気に首元まで上げた。
ジャージを着てもなお際立っている豊満な胸に、一度は気圧されそうになるも、それでも下着が見えていないだけ、マシになったと言えよう。
——しかしこの人、よく見ると……。
「ねえ、手」
「……ああ、はいはい」
その声でふと我に返った俺は、言われるがままジャージをまくる。
う○こ色に染まっていた袖から、白くて細い蓮見さんの腕が顔を出す。
てかまくるくらい自分でしてくれ。
一体あんたはいくつなんだよ。
「これで動けるでしょ」
「うん。まあ、悪くない」
肘あたりまでジャージをまくってあげると、蓮見さんは満足そうに「うんうん」と頷いてみせた。
着ているのが高校のジャージということもあり、その姿はまるで高校生。
まあこんなにスタイル良くて美人な高校生はなかなかいないと思うが。
「よし。それじゃ俺、ご飯にしますんで」
一件落着したところで、俺もようやくの夕食時。
買って来たコンビニ弁当を、袋の中から取り出す。
ちなみにチョイスは、チキン竜田弁当490円。
唐揚げと迷ったが、マヨが付いていたのでこっちにした。
「あ、サラダ買うの忘れた。でもまあいいか」
栄養バランスを考えれば必要だが、今日は死ぬほど動いたので良しとしよう。
それよりも早く食べねば。
あまり遅くなっても肥満の原因にもなるし——。
「ねえ」
「ん、どうしました」
「私のは」
「え、買ってませんけど」
「嘘。なんで」
「なんでって、蓮見さん寝てたし、いらないのかなって」
「いらなくない。私お腹空いたんだけど」
「知りませんよ。自分で何か作ったらどうです」
「冷蔵庫空だし」
「なら何か買ってくるとか」
「今ジャージだし」
「いや、ジャージでも別にいい——」
いや、よくはないな。
そういえばこの人のジャージ俺のだし。
胸元に『佐久間幸太郎』って刺繍あるし。
そもそも歩くう○こだし。
都心から少し離れているとはいえ、東京でこのダサいジャージをお披露目するわけにもいかない。
かと言って、このまま俺だけ夕飯を食べるのも気が引けるし——。
「……わかりましたよ。それじゃ今から俺が買って来ますから」
「うん、なら私唐揚げがいい」
「はぁ……」
ため息しか出ない。
なんでわざわざ同居人の弁当を買いに、またコンビニまで行かなければならないんだ。
俺は新手のいじめにでもあっているのか?
——まあ、サラダ買い忘れてたしいいか。
俺は無理や自分を納得させ、財布を片手に立ち上がる。
もちろん乗り気じゃないが。
「あ、あと。ついでにお酒も買って来て」
「いや、俺まだ未成年ですから。我慢してください」
「ええ」
さらにパシられそうになったが、俺は華麗にそれをスルー。
てかこの人、未成年に酒を買わせようとするとか。
こういう大人にならないように、勉強頑張ろうマジで。
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