第5話 蓮見さんとゲーム2

「このボタンで攻撃。あとはやってるうちに覚えればいいよ」


 気づけば俺は掃除機を離し、コントローラーを持っていた。

 下着姿の美女の隣へと腰掛け、同じテレビ画面へと意識を向けている。


「蓮見さん強すぎませんか? 少しは手加減してください」

「え、そんなの知らない。いいからもう一戦」


 休むまもなく次の試合が始まる。

 俺の使っているキャラは、赤い帽子をかぶっているおじさん。

 なんか見覚えがある気がするから選んだ。


 それに対し蓮見さんが使っているのは、ピンク色のボールみたいなキャラ。

 可愛い見た目ながら、こいつがなかなかエグい攻撃を繰り出してくる。


「あーもう、今のなんですか。何も出来ず吹っ飛んだんですけど」

「即死コンボ。まあ普通なら決まらないけどね」


 普通なら決まらない?

 それって俺が弱いから上手くいったってことか?

 もしそうだとしたら俺も黙っちゃいられないんだが。


「もう一回。もう一回です」


 気づけば俺の闘争心はメラメラ。

 懲りることなく何度も何度も蓮見さんに立ち向かった。


 しかし結果は散々。

 一度も相手を倒せないまま、俺は全ての命を消費してノックアウト。


 たまに惜しい時もあるが、それはたまたま俺が使ったカウンターが効いて、ダメージを与えられているだけ。

 まともに繰り出した攻撃は、全て何事も無かったかのように回避されてしまう。


「次は勝ちます」

「え、まだやるの。私そろそろ飽きてきたんだけど」

「自分から誘っておいて勝ち逃げとかずるいです。ほら、早くキャラクター選んで」

「ええー」


 俺がそう促すと、蓮見さんは嫌々ながらもキャラクターを選択した。

 今度は先ほどまでのキャラとは違い、イカしたスーツに身を包むめちゃくちゃマッチョなおじさん。

 なんだかものすごく強そうだ。


「今度こそ」


 そう意気込んで始めた大乱闘。

 俺は若干使い慣れてきた赤帽子を、精一杯コントロールする。


 片や蓮見さんは流石のテクニック……と思いきや。

 使ってくる技は単調で、当たったら確実に死ぬことがわかる、隙が多いパンチだけ。

 どうせ俺を舐めてのプレイングなのだろうと思っていたが——。


 ところがどっこい。

 驚くことにその即時パンチをしっかりとヒットさせてくる。


 ——マジでこの人ゲーム上手すぎない?


「ほら、あと一回死んだらキミの負けだよ」

「くっ……でもまだ一騎あります」


 残りの命を振り絞り、俺は蓮見さんに立ち向かう。


 相手のダメージは80。

 俺のダメージは60。


 若干俺の方が有利にも見えるが、あの即死パンチを喰らえば間違いなく死ぬ。

 だからと言って守りに入れば、いずれボロが出て負ける。


 ここは向かって行くしかない幸太郎。

 己を信じ、そして共に戦う赤帽子を信じ。

 最後の気力を振り絞って立ち向かえ——!


「行けっ!」


 迫る両者。

 蓮見さんはタイミングを計り、即死パンチを繰り出してくる。


 しかし、俺にはもうその攻撃は通用しない。

 何十回と死んでるうちにようやく身についた回避術で、俺は彼女の攻撃をかわし、代わりに最も威力が高い技を相手の背後からお見舞いする。


「飛んでけぇぇ!」


 画面の外へと飛ばされるマッチョ。

 クルクルと回転しながらその飛距離を徐々に伸ばして行く。


『ドドーン!』


 気持ちの良い快音が鳴り響いたかと思えば、蓮見さんの残りの命が3から2へと減少した。


「勝った……勝ったぞ!」


 歓喜あまった俺は、コントローラーを手放し、勝利の余韻に浸る。

 あれだけボコボコにされてきた蓮見さんを倒したのだ。

 そんなの嬉しいに決まっている。


「どうですか! あんまり俺を見くびると痛い目に——」


 そして一言物申してやろうと思った刹那。


『ゲームセット!』


 画面の中央に見慣れた文字。

 そしてどこかへと飛ばされる赤帽子。


「え……なに……?」


 わけがわからずポカンとする俺。

 するとそんな俺に、蓮見さんは呆れ顔で、


「いや、何か勘違いしてるみたいだけど、私まだ一回しかやられてないから」


 そういえばそうでした。

 このゲームは先に三回倒した方が勝ちのルールでした。

 もうすでに二回やられてた俺は、もう後がないんでした。

 

「何やってんだ俺は……」


 何を1人で盛り上がっていたのか。

 今思うとすごく恥ずかしい。


 たった一度倒したくらいで良い気になって、結局ボロを出して負けてしまう。


 ——そんなの、俺の人生そのものじゃないか……。


 自分を高スペックという割に、こんな結末は過去に幾度となくあった。

 そしてその度に後悔し、もう繰り返さないと誓ってきた。


 でも俺はまた同じ失敗をした。

 たった一瞬の有利に目をくらませ、最後の最後でやらかしたのだ。


「所詮俺もただの間抜けということか……」


 薄々とは気づいていたが、認めたくはなかった。

 だってそれを認めてしまえば、俺なんて何の価値もない人間だから。


 あーあ、バカだ。バカすぎる。

 所詮ゲームと馬鹿にしていたもので、恥をかく羽目になるなんて。

 こんなことなら最初っからやらなければ——。


「最後のまあまあ良かったよ」

「えっ?」


 不貞腐ふてくされていた俺は、その声でハッと正気に戻った。

 まさか今のは俺に向けて言ってくれたのだろうか。

 そう思った俺は瞬時に蓮見さんの方へと目を向ける。


「選択した技も悪くなかったし、回避の仕方も良かった。最初よりはだいぶマシになったと思う」

「それって……つまり……」


 つまり俺はゲームが上手いってことか?

 初めてやるのにすごいね! って褒められているのか?


 いや、絶対そうだ。そうに違いない。

 だって俺はあの佐久間幸太郎だぞ。

 県でもトップレベルと恐れられる高校の首席だぞ。


 そんな高スペックな俺にかかれば、ゲームなんてちょろいに決まってるじゃないか。

 今は歯が立たなくとも、近いうちに蓮見さんなんて、ケチョンケチョンのグッチャングッチャンに——!


「まあ、弱いことに変わりはないけど」

「ですよね、はい。そんなこったろうと思ってました」


 俺が抱いていた淡い期待も、蓮見さんの一言でちりと化した。

 そもそも全てが適当であろうこの人相手に、期待などしていた俺が馬鹿でした。


「それじゃ私寝るから。1時間後に起こして」

「寝るって……まだ昼間ですよ——」


 俺は不意に窓の外を見た。

 そして目を疑った。


 ——ん、何でお外真っ暗なの?


 理解が追いつかないままとりあえず時計を見る。

 すると時刻は19時を疾うに過ぎ去っていた。


 ——あれー? 俺が掃除してた頃はまだ明るかったんだけどなー?


 ゴミ出しを終えて部屋に戻ってきたのが確か17時前ぐらいだったから、普通に考えれば2時間以上もゲームに没頭していたことになる。


 ——そんなことありえますか?


 いや、ありえるはずがない。

 この俺が時間を忘れ、ましてややらなければならないことを忘れ、2時間もの間ゲームをしていたなんて。


「あ、洗濯物」


 俺は思い出したかのように、洗濯機の元へと急ぐ。

 そしてその中身を取り出してみると——。


「くそっ……やっちまった……」


 案の定洗濯物は中途半端に乾き、凄まじい異臭を放っていた。


「これはもう一回洗わないとだな……」


 俺は仕方なくそれを再び洗濯機の中へと戻すと、新たに洗剤を投入し、「何度も何度もすみません」という謝罪も込めて、『おまかせコース』のボタンを押した。


 文句の一つも言わず、指示通りに動き出す洗濯機。

 俺はその何とも切ない光景を目に焼き付け、「もう絶対に無駄にはしない」と心に誓ったのだった。

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