第4話 蓮見さんとゲーム1
俺がこの部屋に住むにあたって、思うところは正直たくさんある。
まず当初予定していた一人暮らしではない点。
そして同居の相手が見知らぬ美人な点。
他にもたくさんありすぎて、挙げ出したらきりがないほどだ。
しかし反対にメリットと呼べるものも存在する。
不動産会社との交渉で、家賃は通常の料金の半分。
プラス同居人の許しもあり、家具は既存のものを使っていいという。
貧乏学生をするつもりだった俺に取って、この二つは願ってもない条件だ。
まあ家賃が半額になることについては、不動産会社にうまく乗せられてしまったような気もするが——。
「てか普通に考えて人住んでる部屋貸し出すとかおかしいだろ」
間違いなく正論だ。
100人に聞いたら全員が「それな」っていう正論だ。
普通に考えてまだ人がいる部屋を貸し出すとかどうかしている。
不動産会社としてどうなのそれ。
「はぁ……文句言ってても仕方ないか」
物申したいことは100とある。
しかしいつまでもグチグチ言っていてもコトは進まない。
まず今の俺がしなければならないこと。
それはもちろん一つしかない。
あの部屋を人が住める状態にする。
すなわち『掃除』だ。
何を隠そう、あの部屋はマジで汚い。
引くほど汚い。
いつの物だかわからないようなゴミ袋に、ありえないほど盛られた使用済みの食器。極め付けに部屋は、同居人の衣類やら何やらでほぼ足場がない。
ぶっちゃけゴミ屋敷以外の何物でもないだろう。
だから俺は同居人の許可を得て掃除をすることにした。
最初は手伝ってもらおうかとも考えたが、これほど汚くなるまで放置している時点で、彼女には部屋をどうこうするような意思はないのだろうと諦めた。
そもそも休日の昼間から部屋を暗くしてゲームしている時点で、もうお察しだ。
おそらくあの人は相当ぶっ飛んだ人なんだろう。
俺の前でも平気で下着姿でいるわけだし。
「この先どうなるんだ……俺の生活……」
片方の手に二つ、計四つのゴミ袋を抱えている俺は、不安を口にしながらもアパートの1階へ。
そこに設置されている住居人用ゴミ箱に、パンパンに膨らんだそれらを勢いよく放り込む。
「よっし、とりあえずゴミはこれで終わりだな」
初めはすっからかんだったゴミ箱も、うちの部屋から出たゴミのおかげでほぼ満タン状態になってしまった。
他の住居人の方には申し訳ないが、片付けないと住めないので、どうか勘弁していただきたい。
「ふぅ。しかし、だいぶスッキリしたな」
外から部屋の中を眺めてみると、そこには先ほどまでのゴミの山はなく、床の木目がはっきりと見えているくらいには片付いていた。
台所の換気扇を回していたおかげもあり、鼻を刺すようなきつい臭いも消え、ようやくアパートの玄関らしい趣を取り戻しつつある。
「あとは部屋の中だな」
無駄にやる気に満ち溢れている俺は、最後の関門メインルームへ。
一度扉を開ければ、無造作に散らばった服、そして直視できないような下着。
おまけにゲームに夢中で全く動く気配のない同居人(ほぼ裸)の姿。
「
「うん、わかったすぐ
そう言っている彼女の視線は、未だテレビに向けられたまま。
どうやら一区切りつくまで退けるつもりはないらしい。
「勝手に始めてますよ」
待っていてはきりがないと思い、俺は早速片付けに取り掛かった。
まずは床に落ちている服を拾い、下着を……無心で拾い。
それらを手早く洗濯機の中へと放り込む。
洗剤を入れ『おまかせコース』のボタンを一押し。
ちゃんと稼働し始めたのを確認してから、部屋へと戻り今度は掃除機をかける。
窓を開けて換気しつつ、ホコリが舞うのを防止する。
おまけにじめっとした部屋の空気も入れ替えられるので一石二鳥だ。
「蓮見さん。ちょっとベットに上がってください」
「うーん」
同居人の足元を掃除したい時は、声をかけてすぐ退かす。
上の空ながらも、どうやら俺の声は一応届いているらしい。
「ちょっと前通りますよ」
「あっ……もーう。見えないから殺されちゃったじゃん」
「いや……んなこと知りませんよ……」
全くこの人は。ろくな大人じゃないな。
年下に部屋の掃除させて自分はゲームとか。
これでも普通に会社員らしいから驚きだ。
「ねえ寒い。窓閉めて」
「換気してるんです。服着てください」
「それは嫌」
ムカッ!!!! ……っと来そうになったが流石は俺。
仏の精神でなんとか堪え、床へと意識を捻じ戻す。
「てか服なら落ちてたので全部」
「はっ? 替えの服は?」
「ないからこの格好なの」
「え、ええ……」
まさかの回答だった。
ただ単に服を着ていないド淫乱星人ではなく、着る服のストックが残っていないのだそうだ。
まあ俺に見られてどうも思ってない時点でどうかとは思うが。
「ちゃんと洗濯してください」
「うん、次からする」
「それしないやつですから」
はぁ……と心の中で深いため息をつき、俺は気にせず掃除に戻る。
すると蓮見さんは「もうっ、今の当たってないじゃん!」とか言いながら、頬をプクッと膨らませていた。
ゲームで怒るなよ! とか思いつつ、俺の意識は自然とテレビへ。
その画面には相変わらず見覚えのある映像が流れていた。
——どっかで見たことあるんだよなこれ。
ゲームなど全くしない俺でも、微かに知っているそのプレイ画面。
彼女の熱中具合を見ても、相当人気のある作品であることがわかる。
とはいえ、別に俺もやりたいわけじゃないよ?
俺は高スペックで天才だから、ゲームなんてもの一生——。
「やりたいの?」
「えっ?」
ゲーム画面を眺めていた俺に、蓮見さんはそう声をかけてきた。
あまりにも突然だったので、思いっきり彼女のことを直視してしまい、俺は慌てて彼女から目を逸らす。
「やりたいんじゃないの? ゲーム」
「いや……俺は別に……」
「でも今やりたそうにしてた」
「うぅ……」
ほぼ裸体だと言うのに、蓮見さんは気にせず俺をゲームへと
確かに少し気になって注目していたが、別に俺は楽しそうだなとか、一度プレイしてみたいなとか思っていない。これ本当。
「コントローラーもう一つあるけど」
そんな俺の意思を知る由もない蓮見さんは、傍に忍ばせていたもう一つのコントローラーを差し出してくる。
「だから俺は別に――」
「一回だけやろ。一回だけ」
一回だけ。
その言葉に俺の意思はぐらりと揺らぐ。
普段ならそんなのはただの建前で、絶対に一回で終わるわけないという判断がつく。
しかしその誘いが少々魅力的ゆえ、「一度くらいなら……」という思考が働いてしまっているのだ。
——どうする幸太郎。
今は掃除中。
この後のことを考えると、あまり寄り道をしている訳にもいかない。
大学に向けての予習もある。
スタートで周りから遅れをとるわけにはいかないからな。
とはいえ、気をつめすぎるのも良くない。
今日くらい甘えてもいいんじゃないか?
あれだけ掃除を頑張ったんだ。
一度くらいゲームにうつつを抜かしても――。
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