ユウギリソウのせい


 ~ 五月三十日(木)

       すんごく嫌い ~

 ユウギリソウの花言葉 儚い恋



 打ち上げ会場と言えば。

 ここ、ワンコ・バーガーの休憩室。


 扉を開けば。

 そこには、残念会という横断幕。



 …………あ、いけね。

 言うの忘れてました。



「カンナさん! 違うのです! 同点優勝!」

「は? だったらそう言え!」

「それが大失敗なことに、店長さんへ連絡してしまいました」


 俺の密告に、返る言葉はあのあほんだら。

 どえらい剣幕で、カンナさんはキッチンへ駆けて行きました。


 ごめん、店長。

 あとで、球技大会が終わっていらなくなったシップを差し上げます。



「秋山。せめて横断幕だけ外しましょうか」

「そうですね」


 渡さんと二人で、失礼極まりない幕を外している間に。

 皆さんは席について。

 ジュースをコップに注いでくれていました。


「よし、全員席に着いたな! では、優勝を祝して、乾杯!」

「「「「かんぱーい!」」」」


 六本木君の音頭で開催された祝勝会。

 そう。

 俺たちは、優勝したのです。



 会長が指導していたチームは。

 ルールを把握出来ていなかったようで。


 卓球の試合において。

 シングルとダブルスに同じ選手が出場していたのです。


 そのせいで、男子卓球はノーコンテスト。

 都合、勝ち数が同じということで。


 ダブル優勝となったのです。



 にぎにぎしく始まったパーティーは。

 次々と運ばれてくる料理と共にさらにヒートアップ。


 でも、おでこに冷却シートを貼った店長がケーキを運んでくると。

 ほんの一蹴だけ静まり返りました。


 ……良かったじゃないですか。

 デコピンくらいで済んで。


「……あのおっさん、熱でもあるのか?」

「気にしないでいいのです。それより雛ちゃん。優勝できたということは……」

「ああ、ひとまず転校は無しになった」


 その件については、誰も知らなかったようで。

 あれだけ騒いでいたというのに。

 会場はさらに大歓声で埋め尽くされます。


「よ、よ、よかったね、ヒナちゃん!」

「ば、ばかね。泣くこと無いじゃない……」

「いえいえ、小太郎君が泣いてしまう気持ち、分かるのです。俺も目頭が熱くなっていますし」

「気持ちわりいな。泣くな。……それに、次はテストが待ってるわけだし……」


 そうだ、そうでした。

 何でも一番をとらないと。

 転校させるなんて言われているのでしたよね。


 その石頭なお父さんに。

 考えを改めさせないと。

 根本的な解決にはならないのです。


「よし。約束しましたもんね。すぐにでもお父さんを謝らせましょう」

「ちょっと待て。そんなことしたら、転校どころじゃなくなる」

「ほんとです。まったく、どこまで非常識なのですか」


 そう言って。

 俺をにらみつけるのは会長さん。


 最初はパーティーへの参加を拒んでいたのですが。

 葉月ちゃんが説得してくれて。

 なんとかお呼びすることが出来たのです。


 仲良く隣り合って席について。

 みんなの騒ぎに、にっこりと笑う美人姉妹。


 お二人とも綺麗でいらっしゃるから。

 そこだけ華やかな、バラのブーケのよう。


 さらにそのお隣りにも。

 仲良く兄妹で座る二人がいるのですが。


 こちらを例えて言うなら。

 ……前衛的な生け花?


 騒がしくて。

 でも、眩しくて。


 そんな兄妹は、おそろいで。

 右手にギプスを付けています。


「しかし、おんなじ所を折りますか?」

「罰があたったんだよ、罰が!」

「なによ! これは名誉の負傷!」


 そうだそうだと六本木君を攻撃する女性陣。

 ああもう、分かっていないですね、君は。


 女性が、女性に化けた瞬間。

 俺たち男子はヒエラルキーの底辺に落とされるに決まっているでしょう。


 逆らったら負け。

 でも、そんな卑屈な気持ちからではなく。


 俺は、心から心配しながら。

 六本木君の頬をつねる瑞希ちゃんに声をかけました。

 

「女の子なのですから。綺麗に治るまで無理してはいけないのです」

「は、はい! しばらくは大人しくしてます!」


 嬉しそうに宣言した瑞希ちゃんですが。

 お隣りに座る葉月ちゃんの手を取って、キャーキャーはしゃいでいますけど。


 ……俺の忠告。

 意味、わかってます?


「ちきしょう、この裏切り者。女に媚び売りやがって」

「そんな気は無いのです。心からの心配です」

「じゃあ、俺の骨折にも心からの心配ってやつしてるのか?」

「知ったこっちゃないのです。男の子ですから、プラモみたいに接着剤でくっ付けておけばいいのです」

「指関節までパーツ分けされてるプラモなんて、気が遠くなるわ」


 面白い突っ込みですが。

 間違ってますよ。

 折れたとこをそのまま関節にする気ですか、君は。


「しかし一分の一スケール、俺プラモか。売れると版権貰えるのか?」

「誰が等身大なんて言いましたか。そんな気持ち悪い物、誰が買うのです?」


 いや、渡さんなら欲しがるのか?

 そう思いながらテーブルを見渡すと。


 意外にも。

 しゅぱあと手をあげたのは。


「……欲しいの?」

「勇者パーティーのジオラマを作るの」


 この、変なことを言い出した変わり者は藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を。

 パーティー仕様ということで、夜会巻きにして。


 留め具の代わりに。

 薄紫の小花が、丸くぼんぼりに咲くユウギリソウを突き刺しています。


「勇者? 何のことだよ藍川?」


 当然の質問ですが。

 まともに相手をしたらバカを見ますよ、六本木君。


 あるいは。

 漫才に巻き込まれるだけなのです。


「勇者は勇者なの。ゲームとかの」

「俺が勇者か! いいねえ! 悪をバッタバッタと切り伏せてやるぜ!」

「そうなの。鬼、大魔王、ドラゴンを率いる日本一の六本木君」

「ちょっと待て。倒すべき悪が身内に全員集合してるじゃねえか」

「冒険で訪れた村で、次々と巻き起こる怪事件」

「なるほど、推理系のRPGか。俺は頭脳担当って訳だな?」

「村娘をさらう、角の生えた異形」

「いきなり推理する必要が無くなったな」

「謎の魔法で、人々を燃やし尽くす黒マント」

「村のみんな! 今すぐ逃げろ!」

「そして事件解決と共に行方をくらませたパーティーメンバーと、げっぷをする巨大竜」

「鬼! 大魔王ーーーーーっ!」


 いつもの、穂咲と六本木君のバカ話。

 みんながお腹を抱えて笑います。


「まったく。なんて物語を創作しますか」

「悲しい結末に、誰もが涙する物語なの」

「ドラゴンにとってはただのご飯です」


 のんきな顔で、変なことを言う穂咲さん。

 最後ににっこり微笑むと。

 改めて、俺に向けてカップを掲げます。


「めでたいの。乾杯なの」

「はあ。何に乾杯です?」

「いろいろあったけど、万事、解決なの、道久君」

「そこまでだ」


 今度は、俺がみんなに笑われる番。

 その遊び。

 俺ばかりが被害を被るのですが。


 そして、先日同様。

 みんなして、この非常識な遊びに。

 次々と参加するのです。


「バスケ、勝てて良かったな、道久」

「そこまでです」

「バームクーヘン、買って来たわよ、秋山」

「そこまでなのです」

「ば、ばんざーい。かんぱーい」

「葉月ちゃんまで!?」


 ああもう、顔を真っ赤にしてまでこんな先輩たちに付き合うこと無いのです。


 それに、ぺこぺこ頭を下げられても。

 困りますから。


「……葉月は、なんで謝っているのです?」

「ああ、すいません会長。気にしないでください」

「先日、謝れと言っていた件ですか? 可愛そうに……」


 そしてかぶりを振った会長が。

 ため息交じりに言いました。


「少しは、気を使いなさい、秋山道久」


 当然の叱咤。

 俺は背筋を伸ばして反省したのですが。


 ……なぜか。

 急に全員がぴたりと固まって。


 葉月ちゃんに至っては。

 会長の口を両手で押さえてしまうのでした。


「むぐっ!? は、葉月、何を……!?」

「お姉ちゃんごめんなさい!」


 そして強引に会長を。

 廊下へ連れ出してしまったのですが。


「……ああ、頭文字ですか。そんなつもりで言うはずないでしょうに」

「当たり前なの」


 穂咲は当然の返事をくれたのですが。

 なにやら会場は変な空気に包まれます。


 そんな中。

 六本木君が、瑞希ちゃんを肘で小突きながら。


「瑞希も。どさくさに紛れて言ったらどうだ?」

「バカなの!? すぐに、嫌われるわよ、センパイに!」

「……言っちまってるじゃねえか」

「え? …………ほにゃああああああ!?」


 そして瑞希ちゃんも退場。

 まるで、NGワードゲームなのですが。


 人をダシに。

 遊ばないで下さい。


「なんだ? 人数減ってねえか?」


 そこへ入ってきたカンナさん。

 ドリンクの追加を並べながら穂咲に訊ねると。


「道久君が、モテモテなせいなの」

「は? 意味分かんねえけど、この間宴会した時も似たようなこと言ってたな」

「モテモテなせいなの」

「うかうかしてると取られるぞ、バカ穂咲」


 カンナさんが、いやらしく微笑んで。

 穂咲を小突いていたりしますけど。


「平気なのです、俺を取る人なんかいやしないでしょうし。そもそも、こいつだって困らないでしょう。俺のことなんか、好きでも嫌いでもないでしょうから」


 カンナさんまで母ちゃんみたいなことを言い出したので。

 俺は、いつもと同じように言い返したのですが。


 こいつは。

 穂咲は。


 ぽつりと。

 意外なことを口にしたのです。


「……そんなこと無いの」




 え?




 なんだ、それ。

 まさかお前。

 いや、待って。

 みんなの見ている前で?


 思わず椅子から立ち上がって。

 隣で俯く穂咲を見つめたまま固まる俺に。



 ……こいつは。

 とうとう。



 告白したのです。




「すんごく、嫌いなの、道久君なんか」

「がーーーーーん!」




 なにやらみんなは含み笑いなどしていますけど。


 俺は、あまりのショックに。

 立ち尽くしたまま動けなくなってしまいました。


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