ブローディアのせい


 ~ 五月二十八日(火)

      バスケは勝ってる ~


 ブローディアの花言葉 守護



 卓球は初戦敗退しましたが。

 サッカーの方は、辛くも勝利。


 ……俺がボールに触っていないから勝てたなどという事実はどこにもありません。


 そんなこんなで迎えた準決勝。


 同時に試合を行っている女子バスケも気になるところですが。

 こちらに集中しないと。


 だって、我がチーム。

 目下大ピンチ。


 前半三十分で。

 辛くも一点をもぎ取り一対ゼロ。


 でも後半になってから。

 怒涛の猛反撃にさらされっぱなしなのです。


 何度もシュートを放たれて。

 ゴールネットが揺らされていないことが奇跡のような状態に。


 監督的な立ち位置で。

 走れ走れと声を枯れさせる六本木君の声。


 でも、そんな叱咤も空回り。

 俺たちのチームメイトは。

 既に体力の限界を迎えており。

 敵の突破を易々と許しているのです。



 ……俺以外は。



「クソっ! しつこいぞテメエ!」

「そりゃしつこく張り付きますとも」


 技術もない俺が、唯一できる事。

 それはボールに向かって走ることだけ。


 でも、これが攻めの精度を狂わせるのだと。

 六本木君が言う通り。


 慌ててパスミスをしたり。

 いったん後ろに戻してくれたり。


 なかなか効果があるようなのです。


「あの先輩、どうして走る速度が落ちないんです? 陸上部か何かですか?」

「道久はただの立たされ部だ!」


 そんな部ありません。

 あと、部員が俺一人では。

 部に昇格できませんって。


 ……なんなら、君も入る?


「くそっ!」


 しびれを切らした敵さんが。

 俺にまとわりつかれる前にと慌てて放ったシュートが。


 クロスバーを遥かに越えて。

 こちらのゴールキックへ変わります。


 でも、キーパーが蹴り出す先に。

 味方は一人も向かいません。


 もう、そこまで走ることができる人はいないから。


 残り、あと三分。

 それだけ粘り切れば俺たちの勝ちです。


 ……さて、もう一本止めないと。

 相変わらず攻められっぱなしですが。


 とうとう敵さんも。

 足元がおぼつかなくなった様子。


 どれだけ下手くそな俺でも。

 そんな人からなら、ボールを奪えます。


 俺は、来るな来るなと罵声を浴びせてくる人からボールをくすねて。

 敵陣に向けて、大きくけり出しました。


 これでまた一安心。

 とは言え、さすがに疲れてきました。


 荒い呼吸が運ぶ分では。

 酸素が足りていない感じ。


 ちょっと、ぼーっとします。


「道久! ボール取ったらそのまま走れって何回言わせる気だ!」


 そりゃ無茶ですよ、監督。

 穂咲同様。

 俺はドリブルできません。


 ……そうだ、穂咲。

 頑張っているでしょうか。



 昨日、卓球の試合をしながら気にして見ていた女子バスケの試合は。

 圧倒的勝利をおさめたのですが。


 なにせ、穂咲がボールを手にすると。

 レーザービームのようなパスが百発百中で雛ちゃんに通り。

 敵がディフェンスを整える間もなく。

 雛ちゃんがドリブルからシュートを楽々と決めるのです。


 この攻めパターンは。

 対策していなければ防ぎきれるものではありません。


 そんな完璧な戦法に見惚れている間に。

 俺は圧倒的敗退。


 一点しか取れなかったとかどういう事でしょう。

 しかもその一点。

 相手のサーブミスとか。


「道久! おい!」


 はっ!?


 まずい! 


 俺も、なんだかんだ疲労していたのでしょうか。

 集中力が切れて、ぼけっとしている間に。

 敵のフォワードに抜かれていました。


 彼のことは、俺がマークしているものと。

 他の皆さんは違う方に張り付いているので。


 ゴールまでは、完全にクリアーになっています。


 ドリブルでゴールに迫る敵に。

 慌ててすがりついて、追い抜いたものの。


 右へ左へ。

 ボールを持ったまま、器用に体を動かされて。


 後ろ向きで走る俺では対応できずに。

 転んでしまいました。


 それを見た敵さんは。

 すかさずシュート体勢。


 すぐに立ち上がって。

 全身でシュートコースを塞ごうとしましたが。


 あと一歩届かない。


 そう、あと一歩なんだ!


 誰か!

 俺の背中を押してくれ……っ!



 ……そんな想いが。

 奇跡を呼びました。



 そう。

 何かにお尻をごすんと押されて。


 シュートコースを見事に塞ぐことが出来たのです。


「ごひんごひん! ぐおおおおおお! いてえええええ!」


 お尻強打ののち。

 シュートされたボールが横っ面を直撃。


 敵陣深く反射されたボールを一生懸命追う人もいなくて。

 転々と転がって、今、サイドラインを割りました。


 ひとまずクリアできたものの。

 お尻と顔の激痛は堪りません。


 痛みにもんどりうちながら。

 一体、誰が俺のお尻を押してくれたのだろうと辺りを見回してみれば。



 ころころと。

 バスケットボールが転がっていたのです。



「摩訶不思議!?」


 なぜこんなものがと考える俺に。

 正解の方が、ぽてぽてとポニーテールを揺らしながら体育館の方から駆け寄ってきました。


「まさか、君が投げたの?」

「えらいこっちゃなの。サッカーの邪魔しちゃったの」


 ……体育館、すぐ近くとは言え。

 ここまで何十メートルあると思ってるの?


 そんな、MLBとNBAからオファーが殺到しそうな剛速球女は藍川あいかわ穂咲ほさき


 薄紫で星形をしたブローディアを一輪、頭に揺らしながら。

 のんきにバスケットボールを拾い上げているのですが。


 審判が慌てて試合を止めながら。

 すぐに出て行けと声を荒げる中。


 チームメイトは、よくやったと穂咲を称えるのです。 


「道久よりディフェンスがうめえ!」

「我がチームの守護神降臨!」

「……わざとじゃないの」


 そうですよね。

 偶然ですよね。


 あるいは。

 偶然であって欲しい。


「助かりましたけど。でも、とっとと戻るのです」

「わざとじゃないの」

「分かってます」

「そうそう、言い忘れてたの。バスケは、勝ってるの、道久君」

「まさかそれを言うためにボール放ったわけじゃないですよね!?」

「……わざとじゃないの」


 信じがたいことに。

 わざとな可能性が急浮上。


 とは言っても。

 雛ちゃんのために、真面目に戦っていることは知っていますので。


 やっぱりただの偶然でしょうね。


「穂咲! 予備のボールあるんだから、取りに行かなくていいの!」


 体育館の方も。

 こいつのせいでゲームが止まってしまっているのでしょう。


 大声で穂咲を呼ぶ渡さんに。


「わかったの!」


 負けないほどの声で応じると。

 穂咲はバスケットボールを渡さんへ投げようとしているのですが。


 うそでしょ?

 こんな距離、俺でも届かないよ?


 ボールの行方に興味が湧いて。

 じっと見つめていたのですが。


 一瞬で視界が真っ暗になったので。

 今、穂咲が投げたボールがどこにあるのかわかりません。


「ごはああああ! さっきまで鼻があったはずのところが猛烈に痛い!」


 へこんでませんか!?

 鼻……、鼻……。


 一応存在してますが。

 触っただけで滅茶苦茶痛い!


「…………わざとじゃないの」

「ウソつけ!」



 絶対わざとです。

 でも、この激痛に膝を屈するわけにはいきません。


 俺は鼻血と鼻水と涙にまみれながら。

 残る時間。


 必死に走り続けたのでした。



 ……みんな、気持ち悪がって逃げてくれたので。

 守護神の名は俺に返上される結果と相成りました。


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