アマリリスのせい
~ 五月二十七日(月)
バーバー開店 ~
アマリリスの花言葉
輝くばかりの美しさ
最後の朝練は、アップ程度。
軽く流した汗をタオルで拭いながら。
今日も照り付ける気満々の太陽を見上げます。
いよいよ始まる球技大会。
初日は全競技をこなすのに。
午前中いっぱい。
所狭しと試合が行われる予定なのですが。
トーナメントなので。
二日目は、試合数が半分になって。
三日目には全競技の決勝戦だけを。
順繰りに行うことになっています。
「……今、スケジュール表を見ていて気付いたのですが。明日の男子サッカーと男子卓球、同じ時刻なのです。両方勝ったら、片方出れません」
「そういうネガティブな考え方しないの。いいから両方勝ってくる気で頑張るの」
いえ、ネガティブとかそういう事じゃないと思うのですが。
連日の特訓のせいで、脳まで筋肉痛になっているこいつは
軽い色に染めたゆるふわロング髪をひっつめにして。
先ほどまで頭に挿していた、真っ赤なアマリリスを小さな瓶へ移し替えながら。
困った問題に対して。
なんの解決にもならない返事をしてくるのです。
「両方勝ったところで。どちらかは明日、出場できません」
「そんな心配して戦っても勝てないの」
「いえ、あのですね。もちろん両方勝つために頑張りますけど、場合によっては片方が無駄になるという話をしているわけでしょうに」
「今更面倒なことを言う道久君なの。そんなの考えても仕方ないの」
「どうしてそう、女子は理屈で話せないの?」
「どうしてそう、男子はグダグダ言って逃げようとするの?」
おお。
これが世にいう男女の溝。
パソコンとか携帯とか。
原始時代の皆様が聞いても。
何の魔法かと言わんばかりの進化をしようとも。
人類は未だ。
この大いなる溝を埋めることも。
歩み寄ることすらできないままなのです。
「……なんで朝からケンカしてるんだ、あんたらは」
「おや、雛ちゃん」
俺のすぐ後ろで。
スポーツドリンクを口にしていたのは加藤雛ちゃん。
ペットボトルを鞄に戻して。
いつもは綺麗に整えている髪を結わえたあと。
携帯で自分の姿を確認して。
不満そうに髪留めを外しています。
「卓球はダブルス二組、シングル三組だろ? あんたの黒星は織り込み済みだろうから、そうなった場合はサッカーに出ればいい」
「確かに」
そして、理論的で建設的な意見を言うと。
「もっとも、サッカーでもあんたはピッチにいないことが前提なんだろうし。……好きな方出ればいいんじゃねえか?」
「…………確かに」
最後には、いつものように俺をばっさりと切り捨てるのです。
まあ、そうは言うものの。
自分の在校をかけた一戦を前に。
この軽口。
随分と落ち着いていて。
そこは一安心。
でも、落ち着き過ぎ?
何度も髪を結わえては。
不満そうにそれをほどいているのですが。
「……結ってあげるの」
「お花先輩が?」
「ううん? 道久君が」
穂咲の勝手な提案に。
一瞬、突っ込みを入れそうになったのですが。
「俺は構いませんよ?」
「アタシは嫌だよ。ぐちゃぐちゃにされそうだ」
「そこはまかしとくの。こう見えて道久君、ヘアスタイリング大会で準優勝した腕前なの」
小さな町内大会ではありましたけど。
ウソじゃないですね。
そんな話を聞いた雛ちゃんは。
目を丸くさせていたかと思うと。
「……見かけによらないもんだな。じゃあ、動きやすくて派手じゃない感じにしてくれ」
意外や。
素直に俺に背を向けて。
髪を預けてきたのです。
「動きやすくて派手じゃない。よし来たなの」
「君が言いなさんな」
「バーバー開店なの、道久君」
「そこまでです」
まさか君、それを言いたくて。
雛ちゃんをダシに使いました?
俺は半ば呆れながら。
何でも出てくる穂咲の鞄を勝手にあさって。
ブラシとピンを取り出しました。
……まずは梳いてから。
雛ちゃんの、飴色の髪を手に取ります。
もともと内巻きロングシャギー用のレイヤーが入っているので。
アレンジのしようもないですが。
さて、どう結わえましょう。
あれこれ考えながら。
丁寧に髪を梳かしているうちに。
ふと。
無言で素直に髪を預ける雛ちゃんに違和感を感じました。
ああ、この感じ。
コンテストの特訓中。
穂咲が自分の希望を飲み込んでモデルになってくれた時の、あの感じ。
……髪を預けるという行為。
それは。
こんなに自分の気持ちをはっきりと言える子ですら。
借りてきた猫のようにしてしまう。
だって、髪だから。
服よりも、もっと自分自身だから。
……女性の宝物だから。
元気にアレンジされたら。
元気な子にならなければいけない。
クールにアレンジされたら。
斜に構えなければいけない。
では、今の彼女は。
どうなりたいのでしょう。
いえ。
考えるまでもありませんよね。
小太郎君と一緒にいたい。
彼に、いつまでも見つめられたい。
この球技大会の間。
彼が、そばで応援してくれるのです。
雛ちゃんが、こくんと飲み込んだ想いなんて。
簡単なことなのです。
………………
…………
……
「なあ。バカなのか?」
「いえ、完璧な仕事が出来ました」
お姫様のような可愛い編み込みを作って。
さらに全体をお姉さん風にゆったりとハーフアップにしてみました。
それを見て、心から幸せそうに微笑んだ穂咲が取り出した鏡を覗く雛ちゃんは。
一瞬、嬉しそうに瞳を輝かせた後。
慌てていつもの冷淡な顔に戻して。
「なあ。バカなのか?」
「何度言われましても。オーダー通りなのです」
「これじゃ走れねえだろ!」
「いえ、こう見えてしっかり目に留まってますので。ダイジョブ」
そういうこっちゃねえだろうと。
しつこく噛みつく雛ちゃんでしたが。
小太郎君が現れると。
急にわたわた慌てだして。
髪を隠そうとしたのですが……。
「ヒナちゃん! すごいね、お姫様みたい!」
「お、おひ!? ……そ、そう?」
「もちろんなの。雛ちゃんが望んだ通り、輝くほどの美しさなの」
「ななな、なに言ってるんだ!? こんなの望んでないよ!」
そう言いながらも。
小太郎君に、お姫様お姫様と連呼されるうちに。
顔を真っ赤にさせて。
にやける顔を隠しきれない雛ちゃんなのでした。
「……ば、馬鹿だなコタローは。これから戦うのに、姫でどうするのよ」
「かっこいい! 戦うお姫様!」
「そ、そう。……じゃあ、姫の名に相応しい働きをしてくるわ」
そう言って。
コートから笑顔で立ち去る小太郎君を見つめる雛ちゃんは。
本当に、戦うお姫様そのものの。
凛々しい表情を浮かべていたのです。
「……ちょっとはカッコイイ先輩と見直してくれましたかね?」
「は? ないない。女の子みてえな人だと改めて思った」
口の悪いことを言いながら。
俺を横目に見つめる雛ちゃんが。
珍しく優しく微笑んでくれたので。
「……じゃあ俺も。姫の名に相応しい試合をしてきましょう」
俺も軽口で返しつつ。
素敵な仕事が出来たことに満足しながら。
卓球台へと向かいました。
……そう。
だから、しょうがないのです。
だって姫ですから。
残念ながら、男子には勝てません。
卓球は。
初戦敗退と相成りました。
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