バーベナのせい
~ 五月二十四日(金) 多数入荷 ~
バーベナの花言葉 家族愛
「エロ久君なの」
「もう許してください」
「なんだバカ穂咲。お前が呼びたい名前と違うじゃねえかよ」
「……はっ! そうだったの! えっと……、バ……、バ……」
「俺のライフは既にゼロなので。勘弁してほしいのです」
女子バスケチームに腕を引かれ。
優勝を祈願してパーティーをしようということになり。
今、俺は。
ワンコ・バーガーへ来ております。
……財布として。
「ねえ、皆さん。もうちょとお手柔らかに……」
「エロ久君が、なんか言ってるの」
「最低だな、おっさん」
「ほんとどうしようもないわね秋山は」
「わりいな秋山。御馳走になるぜ?」
「カンナさんにまでご馳走するなんて言ってないからね!?」
冗談だよと言いながら。
伝票の正の字に一本足してから厨房に行っちゃいましたけど。
後で消しとかなきゃ。
……先日のパワーランチなの会といい。
こういうホスト的なことについては。
意外や労をいとわないこいつは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、一体どう作ったのやらバスケのゴールの形に結って。
そこに、毬の形に束ねた紅白のバーベナがすっぽり収まっているのですが。
一緒に歩く身にもなって下さいよ。
恥ずかしいったらありゃしない。
そんなパーティー会場では。
皆さん、楽しそうにしていますが。
明日は最後の猛特訓。
そして日曜は、他校の女子バスケ部と練習試合。
たかが球技大会にと。
当事者でない方からは笑われますけれど。
本気で優勝しなければ。
大変なことになってしまいます。
だって、雛ちゃんのお父さん。
先日、穂咲と公園で出会ったスーツのおじさん。
ほんとに転校の手続き書類を学校の事務室まで取りに来たらしいですし。
「……絶対に、優勝しましょうね」
俺は、数少ない味方に向けて呟くと。
二人の可愛い後輩は。
力強く頷くのでした。
「でもでも、センパイは、ちょっとは休んでくださいよ?」
「そ、そうです、練習しすぎです……。二競技出るわけですし、体は休めておかないと……」
「そうは言いましても。落ち着いてなどいられません」
どうにも現金なもので。
本番が間近に迫ると、途端に落ち着かなくなって。
ここ二日ばかり。
朝から晩まで練習し続けていたのです。
今更ですが。
泣き言を言って。
さぼっていた時間がもったいない。
後悔は先に立たないものとはいえ。
一週間前の自分を。
叱りつけに行きたい気分なのです。
穂咲も、本当に意味のある練習ができるようになってから日が浅いので。
落ち着かないのと、ここのところずっとおろおろ不安そうにして。
見ちゃいられませんが。
気持ちはよく分かります。
今だってきっと。
フォーメーションのことばかりが頭を占めていることでしょう。
「思いつかないの……。バンコク……。バーバリアン……」
「まだ考えていやがりましたか。エロ久の呼び名は甘受しましたが、そちらは最後の砦。絶対にその名で呼ばせません」
「むう……、手ごわいの。バッタ、カマキリ……」
「そこまでだ」
でも。
悔しがる穂咲を封じることは余裕でしたが。
意外なところから援護射撃が飛んできました。
「バーガー、硬くねえか? 道久」
「そこまでだ」
「番狂わせでもいいから、勝ちなさいよ、秋山」
「こっちからも!? そこまでなのです!」
「もし負けたら。罰として、かばん持ちさせるからな、おっさん」
「四面楚歌!」
皆さんの表情から察するに。
どうして俺が涙目になっているのか。
その意味が分かっていらっしゃらないのでしょうけど。
「大丈夫ですよ、センパイ! あたしたちが止めますから!」
「か、かしら文字で遊んでいるのですよね……」
おお、さすが。
頭の回転が速い二人なのです。
「君たちは味方になってくれるのですか?」
「そりゃそうですよ! ずっとあたしのこと、心配して下さったんですよね!」
「私のことまで心配して、いつも声をかけてくださって……。嬉しかったです」
そんなことを言われたら。
俺の方こそ嬉しくなって。
涙が出そうになりました。
優しい気持ちで胸をいっぱいにしながら。
かわいい後輩たちの手をぎゅっと握ると。
二人はきゃーきゃーと喜んでくれたのです。
……が。
「ばっちり、感謝してますよ、センパイ!」
「万事、解決したのも、秋山先輩のおかげです……」
「お前達もか! ユダ! ブルータス!」
あ、いけね、じゃないです。
舌を出して、てへっ、とかされましても。
持ち上げといて真っ逆さま。
これじゃ、ただの雪崩式ツープラトンブレンバスターです。
「俺だけ他の競技に参加するわけですし。先においとまします」
「待つの! 道久君!」
「いいえ。今更謝られても……」
「お財布は置いてくの」
「鬼か!」
「…………鬼、大魔王、ドラゴン」
「もはや討伐される側!」
まったくもう。
財布は置いてけなんて。
ひどすぎる。
君にご馳走するくらいなら。
可愛そうな犬と猿と雉にご馳走してあげたいのです。
お腰に下げた満漢全席。
……ため息しか出ない俺の肩を。
瑞希ちゃんと葉月ちゃんが優しく叩いてくれたのですが。
そんな俺の背中から。
素っ頓狂な声が聞こえました。
「あ、秋山道久!?」
「え? 会長? ……と、あなたは……」
自動ドアから入って来たのは。
葉月ちゃんのお姉さん、弥生さんと。
「…………ファーストフードで談笑とは、大した余裕だな」
「お、お父さん。なんで……?」
気難しそうなメガネに堅苦しいスーツ姿。
こちらの方は。
雛ちゃんのお父様。
どうしてこんな場所で。
そんな偶然に。
お互いが、目を丸くさせていたのですが。
この人もまた。
例外ではありませんでした。
「ま、まさかあなた、加藤教授のご令嬢だったのですか?」
雛ちゃんは、無言をもって肯定すると。
「……雛罌粟君。君の知り合いかね?」
「わ、私の高校時代の後輩たちですが……、その……」
会長は、所在なさげに。
実に彼女らしくない態度で語尾を濁すのです。
それにしても、お二人は。
どういった御関係なのでしょう。
そんなことを推察する俺をよそに。
お二人は会話を続けます。
「ふむ。先ほど話していた、君が指導しているというのは彼らの事か?」
「いえ、違うチームでして……」
「ほう? そうか、そういう事なら、研究資料を読んでやってもいい。確か、スポーツ生理学に対する生花の影響についてというものだったな」
「は、はい」
「花、花、花か。実に非科学的ではあるが、時間を割いてやろう。……但し、一つ条件がある」
「ま、まさか……」
「そう。君の指導するチームが、優勝できたらな」
雛ちゃんのお父さんは、冷たい視線で俺たちをなめまわして。
最後に、雛ちゃんを見据えると。
鼻を鳴らして。
お店から出て行ってしまうのでした。
「えっと……、会長?」
「う……。し、失礼!」
そして会長も。
バツが悪そうに出て行ってしまったのですが。
察するに。
雛ちゃんのお父様は、大学の教授で。
弥生さんは、教授へ研究成果的な何かを読んでもらいたくて。
どうしてこのお店に来たのか。
その理由は分かりませんが。
「これはまた……、一難去って、また一難……」
さすがにこれは。
気が滅入るのです。
……でも。
本調子を取り戻した、この元気印が。
暗くなった店内を、一気に明るくさせるのです。
「ええい、考えてもしょうがない! 夢と夢がぶつかるんだ! そしたら、想いの強い方が勝つに決まってる! あたしたちのやることは一つ! 優勝すること!」
そう。
実にシンプルな話なのです。
親切にしてくださった会長の想い。
転校したくない雛ちゃんの想い。
「そうですよね、優勝しないと。……葉月ちゃんは? どう思うのです?」
「あの研究……、お姉ちゃんが高校の頃からコツコツと積み重ねて来た大切なものなんです。……でも、瑞希の言う通り。私たちは絶対に負けない」
「はい。……でも、そうなると、葛藤に苦しむのは会長一人になりますけどね」
俺の一言に。
一瞬、寂しそうな表情を見せた葉月ちゃん。
でも。
その表情が、あっという間に笑い顔に変わります。
「なら、道久君が会長さんを応援するの」
「は? ……意味が分かりません」
「道久君、会長さんとデートして、いっぱい貢いであげるの。貢久君なの」
「どれだけ貢いだって、ご迷惑でしかないでしょうに」
「い、いえ……。その、喜ぶのではないかと思……」
「そんなわけ無いでしょう?」
「あ、いえ、あの。…………はい」
ですよね。
あの人、俺のことお嫌いでしょうし。
ふざけるなと一蹴されるだけです。
「いいじゃねえか。そんならみんな損しねえし」
「六本木君はお黙りなさい。俺の財布が損します」
「ケチケチすんな。……あ、ついでに瑞希ともデートしてやってくれよ」
「んなっ!? ばばばばば、ばかおにい! なに言ってんの!?」
「モテ久君なの」
「君もお黙りなさい。瑞希ちゃんだって一緒です、ご迷惑ですよ」
「め、迷惑じゃ……、いえあの、そ、そういうあれじゃなくてですね! そうだ! そんなことしたらダメです! センパイ、浮気者になっちゃいます!」
そう言いながら。
瑞希ちゃんは、穂咲を指差しますが。
「……それこそ心配いらないのでは? 別にこいつとは何にもないですし」
「そうなの。ご迷惑なの」
「え? いえ、そこまで卑下しなくても。迷惑とまでは思いませんが……」
「あたしに」
……。
まあ。
いいですけど。
べつに君の事なんか。
好きでも嫌いでもないですし。
結果、それぞれが複雑な思いを抱いたまま。
決戦前の土日を迎えることと相成りました。
やれやれ。
この球技大会は。
随分と厄介なのです。
……しかも。
ご迷惑とか言われるし。
「ご迷惑なの」
「まだ言いますか」
「ご迷惑なの」
「……バーベナが似合って、可愛いですね、穂咲」
「そこまでなの」
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