カスミソウのせい


 ~ 五月二十一日(火) 万事解決 ~


 カスミソウの花言葉 ありがとう



 この後、一時間目の授業の代わりに。

 来週開催される球技大会の説明会が。

 校庭で行われます。


 そんな集合場所に。

 体操着姿で集まるのは。


 昨日、すっかり心に火がついて。

 朝練を行っていた俺たちのチームです。


 みんな、肩で息をするほどの有様ですが。

 その目は闘志に燃えているのです。


「なるほど。藍川にはパスしか出させねえで、一年坊は逆に一度でもボールに触れたらそのままシュートまで行かせりゃいいのか」

「そう。長所を生かす形にすればいいのです」

「さすが弥生やよいさんなの。これで万事、解決なの、道久君」

「そこまでだ」

「え、えっと、お姉ちゃんのヒントに気付いた秋山先輩、凄いです……」


 これだけやっても上手くならない部分は切り捨てて。

 長所を生かせばいい。


 生徒会長のくれたヒントを。

 バスケチームのメンバープラス六本木君と話していると。


「でも、ほんとは優しい人なのってみんなに教えてあげたいの」

「それではいつものように悪者を引き受けてくれた会長の想いを無にしてしまうのです。全部終わった時に話しましょう」


 俺の言葉に、泣きそうなタレ目で見つめ返してくるのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を頭のてっぺんでお団子にして。

 そこにカスミソウを束で挿して揺らしているのです。


「……教えたいの」

「気持ちはわかりますが」

「道久君に」

「驚いた。泣きそうな顔して、何をとんちんかんな事言い出しましたか」


 どうやらこいつ。

 俺が会長の思惑に気付いていないから、みんなに教えるなと言っていると思っていたらしく。


 一生懸命説明し始めたのですが。

 要領を得ないというか。

 ちんぷんかんぷん。


「ストップストップ。わざと悪役を買って出たことの例えに桃太郎はおかしいでしょうに」

「だって弥生さん、何となく白銀のドラゴンっぽいイメージがあるから」

「ドラゴン?」

「ドラゴン」

「…………登場しません」

「犬、猿、ドラゴン」

「桃太郎ですらただの足手まといです」


 なにその最強パーティー。

 日本一で満足してないで世界を目指しなさいよ。


「とにかく、他の人に教えちゃダメなのです。いいですね?」

「いやなの。教えることは大切なことなの。火のつけ方を発明した人は偉いけど、もっと偉い人はその方法を他の人に教えた人で、もっともっと偉い人は、その方法を他の人に教えるようにってみんなに教えた人なの」

「ややこしいことを言ってごまかしてないで、葉月ちゃんを見習いなさい」


 俺の言葉に、葉月ちゃんは恥ずかしそうに俯いていますけど。

 彼女は会長の思惑に気付いていながら。

 みんなの前では、気づいていないふりをしたじゃないですか。


 この心優しい子が。

 お姉ちゃん大好きな子が。


「どれほどの思いで、容赦はしませんなんて宣言したと思っているのです?」

「うう……。分かったの」


 すっかり肩を落とした穂咲の手を優しく握った葉月ちゃん。

 その口から聞こえて来た言葉は『ありがとう』。


 聞き分けの無いことを言い出した穂咲ではありますが。

 きっと今の今まで思い悩んでいたのでしょうから。


 あたたかな言葉をかけてくれて。

 こちらこそ『ありがとう』なのです。



 ――そして予鈴が鳴り響くと。

 校舎からたくさんの方々が出て来たのですが。


「……クラスごとに並ばなくていいのですね」

「そうみたいなの」


 朝礼台からは遠く。

 でも、叱られない程度の位置。


 ザ・日本人と言った距離のあたりに。

 皆さんかたまっていますけど。


「……怖いぞ、お前ら」

「やる気のある生徒になんてことを言いますか」


 朝礼台にマイクを設置していた先生が。

 アリーナ最前列に陣取る俺たちへ。

 もうちょっと離れろなどと失礼なことを言うのです。



 そんな、やる気満々な俺たちのそばに。

 一人の姿が見当たりません。


「あれ? 小太郎君はどこに行きました?」

「それが……。あいつ、気にしねえでいいって言ったのに……」


 なにやら事情を言いよどむ雛ちゃんでしたが。

 それもすぐにばれてしまうのでした。


「ヒ、ヒナちゃん! 洗ってきた!」

「だから、そこまでしないでいいってば……」

「そんな訳いかないよ! ボクが踏んずけちゃったんだから。ほんとごめんね?」


 俺たちに合流するなり。

 雛ちゃんに謝りだした小太郎君。

 そんな彼が手にした物は…………?


「なんです? その黒い布」

「あ、こ、これは、ヒナちゃんの鉢巻き、ボクがふんづけちゃって……」

「え? それでどうして、赤い鉢巻きが黒くなるの?」

「わ、分かりません。普通に洗って来たんですけど」

「…………天才のなせる業か、はたまた妖術か」

「きっと両方なの。天才妖術師によるイリュージョンなの」


 みんな揃って眉間にしわを寄せて。

 魔法の鉢巻きを観察したのですが。


 湿って色が濃くなったわけでなく。

 どう見ても真っ黒。


 普通に洗って、こんなことになるはず無いのです。


「なんだよみんなして。コタローがわざわざ洗って来たってのに」


 口を尖らせながら。

 雛ちゃんは鉢巻きを受け取っているのですが。


「それを巻いたら、コート内に三つ目のチームが登場なのです」

「そこまで違わねえだろ?」


 どうやら雛ちゃんは。

 小太郎君が親切でしてくれたことをかばっているようなのですが。


 この堅物が。

 見逃すはずはないのです。


「ダメに決まってるじゃない。予備を貰って来てあげるからそれは捨てなさい」

「おばさんは余計なことすんなよ。しかもおばさんのくせして簡単に物を捨てるとか言うんじゃねえ」

「今度おばさんって呼んだら勘弁しないわよ! あと、それは捨てなさい!」

「うるせえ! アタシはこれがいいんだ! おばさんは黙ってろ!」


 いやはや。

 なんという水と油。


 この二人、ちょっとした火種を見つけると一瞬で逆三角形。

 都度、腕を引っ張る身にもなって下さい。


 いつもは、このまま数分間。

 組体操のまま罵り合うのがお約束なのですが。

 今日は、二人の間に割って入る声があるのです。


 その声の主は。


「……香澄お姉ちゃん。その鉢巻きでやらせてあげて? 雛ちゃんに迷惑をかけて、それを何とかしようと小太郎君が必死にやったことなんです。認めてあげてください」

「瑞希ちゃん…………」


 いつもの元気とは程遠い。

 未だに落ち込んだままの瑞希ちゃん。


 誰かに迷惑をかけて。

 それを挽回するために一生懸命。


 そうですね。

 応援してあげたいのです。



 まだ、元気とは程遠いですけど。

 明日の『パワーランチなの会』で。

 うまく元気づけてあげよう。


 俺は心にそう誓いながら。

 瑞希ちゃんのことを誰より心配する。

 パワーランチなの会の主催者を眺めていたら。

 一つ、気になっていたことを思い出しました。


「……そう言えば。君も本番は赤い鉢巻きをしてくるのですよ?」

「何のお話?」


 なんのって。


「だって君、いつも練習の時は白い鉢巻きしてるじゃない」

「そんなのしてないの。ちゃんと赤いの」

「いえいえ。どう見ても真っ白…………、はっ!?」


 ま、まさか。

 それって……。


「そうだ。あたし、最近洗濯がどんどんうまくなってるの。汚れが綺麗に落ちるようになったの」


 そしてVサインなどしている穂咲さんですが。

 きみと小太郎君。



 似すぎ。



「家事の特訓成果、いい感じなの。良妻賢母オペレーションなの」


 ご機嫌なところ悪いのですが。

 それは良妻賢母オペレーションではなく。


 天才妖術師イリュージョンなのです。


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