スターチスのせい
~ 五月十六日(木)
バスト、カップ ~
スターチスの花言葉 同情
球技大会は、月末に三日間開催され。
一時間目と二時間目の授業時間を充てて。
バレーボール、サッカー、テニス。
三時間目と四時間目は。
バスケ、卓球、ソフトボールの試合が行われます。
ですので、サッカーと卓球の試合、両方に出場することは可能なのです。
可能なのですが……。
「ち、ちょっと休憩を……」
「泣きごと言ってねえで練習しろよスーパーサブ。夫婦そろってドリブルできねえって、どうなってんだよまったく……」
「夫婦じゃありません」
「うるせえ。偉そうなことはドリブルできるようになってから言え」
「近藤君の命令で早朝からランニングさせられたのですよ、十キロ。そのうえ放課後のサッカーなんて無茶なのです」
「当日はこんなもんじゃねえだろう。午前中いっぱいフルで試合に出るってのに」
確かにそうですが。
いくら足腰だけは丈夫な俺でも。
限界というものがあります。
そんなヘロヘロの俺を見下ろすイケメンの鬼軍曹は六本木君。
今日はサッカーチームの指導のために。
放課後のグラウンドに立っている彼なのです。
……でもね?
「君は、もっと大切なことやらにゃいけないでしょうに」
「なんだ? また瑞希の話か? ……あいつは、ああして反省してりゃいいんだ」
六本木君が一瞥した体育館の側面扉。
そこから少し離れた水道の物陰で。
膝を抱えて泣いている瑞希ちゃんの姿が見えているのです。
「可哀そう過ぎです。同情してしまうのです」
「近藤に怪我させておいて、謝りにもいかねえバカなんかほっとけよ」
「……この、妖怪・冷血石頭マン」
「何とでも言え。あと、瑞希のとこに行きたかったら、ナイトになれるだけの気迫を見せてみな」
そう言って、サッカーボールを俺の足元に放る六本木君が低く構えます。
……なるほど。
きみを突破しろという意味ですか。
俺は、転がってくるサッカーボールを見つめて。
スニーカーで踏みしめるために足を上げながら言いました。
「ほう? 俺も随分甘く見られたものです。手負いの君で、この俺の脚力を凌駕できるとでも思っているのでげふっ」
「……手負い、関係ねえじゃねえか。なんでサッカーボール踏んだだけで転んでるんだよお前」
「君に負けたのではありません。俺は、自らの弱さに敗北したのです」
「わけわかんねえこと言ってさぼってんじゃねえよ。ほら、立て。得意だろ?」
無理やり腕を引っ張られた俺の目に。
のこのこ近づく薄紫のスターチス。
その、歩く鉢植えの名前は
「……ねえ、道久君。瑞希ちゃんのこと、慰めてあげて欲しいの」
「君に言われずともそうしたいのはやまやまなのですが、このダイヤモンドより硬い石頭が通してくれないのです」
「そうなの? 意地悪しないで、通してあげて欲しいの、ダイヤモンドヘッド君」
「俺はあれか? ハワイ名物か? ダメなもんはダメだアロ~ハ」
「そこをなんとかカメカメハ」
仲いいねえ君たち。
……あれ?
「気づけば瑞希ちゃんの姿が見えないのですが……」
「俺たちがしゃべってるのを見て、居づらくなったんだろ」
ああ、しまった。
慰めてあげる機会を失ってしまったのです。
「まったく。ダイモン君のせいで瑞希ちゃんの所に行ってあげられませんでした」
「縮めるな」
「流行っているようなのですよ」
「なんだそりゃ?」
眉根を寄せるダイモン君は捨て置いて。
瑞希ちゃんが心配です。
彼女が落ち込んでいるのは。
二人に怪我をさせてしまったことに対してなのでしょうけど。
もともと、様子がおかしかったようですし。
原因を取り除かねば解決とは言えません。
「六本木君。何をしたか知りませんが、君から謝るのです」
「意味分からん。俺のせいじゃねえぞ?」
「おや? 去年もそんなことを言っていましたけど、結局は誰のせいで瑞希ちゃんが二人三脚に出場したくないと言っていたのでしたっけ?」
「うぐっ!」
瑞希ちゃんが、葉月ちゃんとの二人三脚に応じなかったのは。
こいつが中野君に怪我をさせた光景を見ていたせい。
なので今回の原因も。
こいつのせいに決まっているのです。
「という訳で、六本木君は瑞希ちゃんを探しに行きなさい」
「断固としていやだね」
「いやいや。行きなさいって」
「絶対嫌だ!」
これだからバカアニキという生き物は。
困ったものなのです。
「……瑞希ちゃんもああだし、葉月ちゃんもしょんぼりしてるし。やる気がだだ下がりなの」
「俺もなのです。そんな状態だっていうのに、急に二つも競技に出ろなんて」
「面倒な連中だな。……じゃあ、あそこで我が校の名物が練習してるから。やる気ってやつを貰って来いよ」
六本木君が顎で示す先。
グラウンドでひときわギャラリーを集めているのは。
「……チアですか」
「それ、採用なの。綺麗な子を見て、元気をもらうの」
「ちょっと! 本気ですか!?」
穂咲は俺の静止もきかず。
ギャラリーを掻き分けて。
チアの皆さんの目の前に体育座り。
「さすがに迷惑です! ほら、立って!」
「イヤなの。皆さんから元気をもらうまで、あたしはここから動かないの」
ああもう。
皆さん、君を見て笑っているじゃありませんか。
そんな中から。
チアのリーダーが話しかけてきました。
「藍川さん、応援して欲しいの?」
「そうなの。今日は、まるっきりやる気が出ないの」
穂咲の迷惑千万な返事を聞くなり。
チアの皆さんは笑顔を浮かべて一列に並ぶと。
ポンポンを構えて応援を始めてくれたのでした。
ふれっ! ふれっ! ふれっ!
A・I・K!
ふれっ! ふれっ! ふれっ!
A・W・A!
勝利をその手に掴むまで!
迷わずたゆまず突き進め!
「……おお。早速元気が湧いて来たの」
「まったく君は……。でも、ほんと元気が出てきますね」
皆さんの、煌めく笑顔と綺麗なダンス。
健康美と言いましょうか。
魅力あふれる応援に釘付けなのです。
「道久君も元気になる?」
「ええ。やっぱりすごいのです、我が校のチアの皆さん」
「ふーん。…………やっぱ、おっぱいが元気の源?」
「んなっ!? ななな、なに言ってるのです!?」
突発性のおバカな発言に。
チアの皆さん、おどけて一斉にポンポンで胸を隠してきゃーなどと叫んでいるのですが。
「俺は見てませんからね、皆さん!」
「ウソなの。胸ばっか見てたの」
「どうして君はそういう事を……、おい。自分の胸をぺたぺたしなさんな」
「うう。元気が下がってきちゃったの」
穂咲が、いらん理由で落ち込んでしまったのですが。
そんな面倒な子のためにも。
必死の応援が続くのです。
ファイトだ穂咲!
ベストを尽くして!
「……ムッとしながら胸を隠しなさんな。バストじゃないです。ベストと言ったのです」
勝利だ穂咲!
ガッツで乗り切れ!
「ですから、口を尖らせるんじゃありません。カップじゃなくてガッツと言ったのですよ」
いちいち胸関連の言葉に脳内変換させていた穂咲さん。
チアの皆さんに文句を言う訳にもいかないのか。
俺に噛みつき始めました。
「むーっ! どうせあたしはペッタンコなの!」
「いたいいたい。ぽかぽか叩かないで下さい」
迷惑千万ですが。
瑞希ちゃんの件でへこんでいたところに。
この手痛いダメージ。
暴れたい気持ちも分かります。
しょうがないので。
ここは優しくしてあげましょう。
……そう思っていたのですが。
「酷いの! バストとかカップとか言わないの、道久君!」
「そこまでだ!」
「ひうっ!?」
あ、しまった。
つい最近の癖で、厳しい言葉で止めてしまいましたが。
今のはただの偶然だったようで。
俺の大声に驚いた穂咲は。
とうとう目に涙をたぷたぷに溜めて……。
「バカ久君のバカーーーーっ!!」
走って逃げて行ってしまいました。
……しかし。
謝りたい気持ち半分。
やっぱりバカと言いたかったのではないかと疑う気持ち半分。
悩む俺に。
チアからの熱いエールが届きます。
B・A・K・A!
スタンダップ、バカ久!
穂咲に謝れ!
ハイ! ハイ! ハイ! ハイ!
……言われるがままに直立不動になった俺は。
やる気が根こそぎ無くなりました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます