カリフォルニアポピーのせい


 ~ 五月十五日(水)

 バーナーで、カリカリ ~


 カリフォルニアポピーの花言葉

     消えることのない想い



「教授、今日は手伝えません。朝練の疲れがまだ抜け無いのです」

「だらしないのだよロード君! 文句を言わず、ちゃっちゃとお皿を並べたまえ!」

「師匠! もひとつ教えてください!」

「今度はなんだね、助手の香澄君!」

「大根は、どう考えてもかつらには向いていないと思うのですが!」

「…………香澄ちゃんは、心を込めてお箸を並べててほしいの」

「はい! 師匠!」


 渡さんから大根を受け取って。

 あっという間にかつら剥きにして。

 ツマを作るこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をおさげにして。

 頭のてっぺんには、黄色も鮮やかなカリフォルニアポピーが一本、ぽよんと揺れています。


 先日のカツサンド以来。

 お料理の助手として、毎日渡さんが穂咲を手伝うようになったのですが。


 日に日に露呈する嫁スキルの低さに。

 六本木君と共に頭を抱えているのです。


「……お料理、人並みにできると自分で言っていたと思うのですが」

「授業についてはな。……学校教育ってやつが、いかに実戦向きじゃねえか思い知ったぜ」

「こら、隼人! あんたはお皿を持とうとしない! じっとしてなさいよね!」

「へいへい」


 肩をすくめて素直に言うことを聞く六本木君。

 その右手には。

 痛々しくギプスが巻かれています。


 親指の根本。

 ぽっきりと骨折。


 六本木君が言うには、ヒビより治りが早いとのことですけど。

 それにしたって二週間はこんな状態なのです。



 さて。

 本日のお昼は、時短ということでお刺身定食。


 クーラーボックスから出した冷凍マグロの赤身にツマと大葉を添えて。

 山盛りごはんとあつあつのお味噌汁もおいしそう。


 でも、両手を合わせてから箸を取った俺を。

 教授がなにやら止めてきます。


「あいや待たれいロード君!」

「何の真似です? 早く食べさせてくださいな」

「ふっふっふ! このひと手間で、マグロがさらに美味しくなるのだよ!」


 そんなことを言いながら取り出したのはお料理用バーナー。

 へえ、本格的!


 ……ん?

 『バ』ーナー?


「ほんじゃ、バーナーで、カリカリにするの、道久君」

「そこまでだ!」


 まったく。

 油断も隙もない。


 毎日毎日、よく考え付きますね。


「なんだ? 藍川がせっかく準備してくれたのに」

「ちょいと事情がありまして。ご覧の通り、舌打ちするほど嫌なことを企んでいたのです」

「なんだか分からないけど、早く食べましょう。穂咲のドリブル特訓したいし」

「早く食いてえのはやまやまなんだが、そもそもこれじゃ無理だ」


 ああそうよねとつぶやいた渡さんの見つめる先には。

 ギプスの先から少し覗いた人差し指と中指で箸を摘まみながら眉根を寄せる六本木君の情けない姿。


「もう、仕方ないわね。……照れくさいだろうけど文句言わないでね?」

「え? ……お、お前、何する気だ!?」


 珍しくうろたえる六本木君。

 そうか、なるほどそういうことか。


 あーんの決定的瞬間を録画しておかないと。

 そう思って、携帯を取り出そうとしたら……。


「……助かったが、なんか萎えるな」

「期待外れですが、なんかかわいいのです」


 六本木君の左手にスプーンを握らせた渡さんなのでした。


「……サッカーの試合にでるの、やはり無理なのですか?」

「ああ、激しい運動はダメだってさ。頑張れよ、スーパーサブ」

「朝練の時点でお荷物な俺に期待しないでください」


 サッカーは優勝間違いなしと皮算用していましたが。

 スーパーエースの代わりにスーパーサブが入るでは、初戦敗退もあり得るのです。


「なるほどなの。じゃあ、サッカーじゃポイント取れ無さそうなの」

「同意なのです。……ええと、全部で十二競技ですよね?」


 みんなの視線が渡さんに集まると。

 お米をしっかりよく噛んでから飲み込んだ渡さんが改めて説明してくれます。


「そうよ。バレーボール、サッカー、テニス、バスケ、卓球、ソフトボール、各男女」

「ま、四つの競技で勝てりゃ総合優勝できるだろ」


 四つ。

 まあ、そんなものでしょうね。


 なんだかんだで、勝利クラスはばらけるでしょうし。

 最悪、四強による勝ち星合戦になったところで、四つ勝てば頭一つ抜きん出る。


「と、なると。勝てそうなのはどのチームなのです?」

「……呼んだか?」

「おや、近藤君」


 俺の椅子に手をかけて。

 穂咲に手を振るイケメンは。


 中学のころから始めた卓球の腕前が。

 インハイクラスとまで言われているのです。


「ねえ、近藤。他の競技と違って確実に勝てるって言いきれるの、あなただけなの」

「分かってるって。渡はバスケに集中して頑張るといい」


 おお、かっこいいセリフ。

 こんなの、男の俺でも惚れてしまいます。


 でも、近藤君のイケメンっぷりに対して。

 穂咲が頭の悪いことを言いだします。


「……球技って、十二個だけ?」

「そんなわけないさ。いくらでもあるだろ」

「あ、そうじゃなくてね? 他の球技もやればいいと思うの。えっと、あれとか」


 そう言いながら、お箸をフェンシングのように。

 俺に向けて、くいくいと突き出すのですけど。


「あれってなんです?」

「だから、こういうやつ。棒で、穴にボール落とすの。教えて欲しいの」


 まさか君。

 ビリヤードを思い出せない?

 呆れたやつ。


 でも。


「そういうの、他人に聞かないでちゃんと自分で考える癖を付けなさい」


 すぐ他人に聞くのは。

 頭が、考えることを嫌がっている証拠。


「うう……、えっとあれなの」

「がんばれがんばれ」

「緑色のとこで、白いボールを……」

「そうそう」

「棒で、穴に向かって打つアレ……」

「思い出せ思い出せ」

「女の人がミニスカートでセクシーな……」

「また、どえらい記憶ですね。……では、それは?」

「……あ! 思い出したの!」

「ようやくですか」

「ゴルフなの」

「ファーーーーーーー!!!」


 六本木君も渡さんも近藤君も。

 思わず吹き出す変化球。


「あのさ。だったら最初のジェスチャーは何だったのさ」

「え? ゴルフは球技じゃないの?」

「球技ですけど、そういう事じゃなく」

「もう、穂咲。そんなことはいいから早く食べて練習よ?」


 おっとと、そうでした。

 気づけば渡さんは半分方食べ終えていますし、急がなきゃ。


「ちょっと。隼人が教えるんだから早く食べなさい」

「そうなの、先生」

「いや、そうは言っても左手だとな……」


 六本木君の操るスプーンから。

 お刺身が嫌がって逃げていくのですが。


 そんなおかずを。

 穂咲がお箸でつまみ上げて。


「そんならあたしが食べさせるの。はい、あーん」

「え? いやいや藍川、そんなことされたらぐはっ!? ……いてえな! なにすんだよ近藤!」

「ああ、悪い。それより六本木は左手で飯も食えないのか、お粗末な奴だな」

「なんだとっ!? 見てろよこの野郎!」


 どういうわけか。

 近藤君が六本木君の頭を殴りつけたのですけれど。


 それより、ムキになった六本木君が。

 まるで犬食いの様なありさまになりつつも。

 ぽろぽろとこぼしまくるのが腹立たしい。


「こら。穂咲が丹精込めて作ったのです。こぼすなんていけません」

「そ、そうは言ってもなあ……」

「いいから、あーんなの、六本木君」

「そんなことしたら道久に殴り殺されごはっ!? ……だから、なんでてめえが殴るんだよ近藤!」

「もう、有無を言わせないの。道久君、羽交い絞めにするの」

「よしきた」

「や、やめろ!」

「はい、あーん」


 往生際の悪い六本木君に、とっととご飯を食べさせようと大騒ぎしていたら。

 勢いよく開け放たれたドアから、瑞希ちゃんが飛び込んできて。


 あろうことか、次の瞬間。


「み、水色っ!?」


 世にも稀な、女子高生のドロップキックが六本木君に突き刺さり。

 机も椅子も俺も近藤君も巻き込む破壊の嵐を巻き起こしたのです。


「瑞希っ! なんてことするんだお前は!」

「うるさいバカおにい! 心配になって来てみたら、やっぱり藍川先輩に……!」

「なに言ってんだか分からんが、まずは隠せ、バカ野郎!」

「おにいこそ何言ってんの? 隠す? …………ふにゃああああああ!」


 大災害に巻き込まれた俺がなんとか身を起こすと。

 瑞希ちゃんの顔が、ぼんっと音がするくらい一瞬で真っ赤になったのですが。


「みみみみみみ、センパイ、見た!?」

「いえ、見てませんけど……」

「なに言ってんだよ瑞希。道久になら見られても構わんだろ? だってお前……」

「ぎゃーーーーーーっ!!! おにいのバカーーーーーーっ!!!」


 そんな叫び声と共に、倒れたままの六本木君の顔を踏みつけてとどめを刺した瑞希ちゃん。

 べそをかいて廊下へ飛び出して行ってしまいました。


「だ、大丈夫? 隼人」

「おお。……しかし何だってんだよあいつは……」


 ようやく体を起こした六本木君を見下ろしながら。

 穂咲と渡さんは、やれやれなどと苦笑いをしていますが。


「お二人とも、今の癇癪の理由、分かるのですか?」

「分かってないのは地球上で二人だけだと思うけど。……それより近藤、見事に巻き込まれちゃったわね」


 渡さんが、瑞希ちゃんの代わりに手を合わせて謝る先で。

 近藤君が、右手を見つめながらぽつりとつぶやきました。


「………………まずい。指、折れた」


 ……は?


「「「「えええええええええ!?」」」」


 ちょ。

 それって……。


「代わりに頑張れよ、スーパーサブ」


 俺の肩を叩いて、そんなことを言い出した近藤君。

 渡さんに連れられて、保健室へ向かったのですが。



 ……あれ?



 これってつまり。

 どういうこと?

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