シランのせい


 ~ 五月十四日(火)

 バウムクーヘンをかじる ~


 シランの花言葉 不吉な予感



 本日は、我がクラスから十数名ほどが。

 もっとも不安のある女子バスケチームへテコ入れをしてくれることになり。


 練習試合を三十分ほど行ってみたのですが。

 その結果たるや。

 八対五十二。

 なんとも惨憺たる結果になったのです。


「あの、ひ、雛ちゃん、大丈夫?」

「なに言ってんだ。雛罌粟ひなげし先輩の方がふらふらじゃねえか」


 昨日のダメージも。

 まだ抜けきっていない俺ですが。


 皆さん、そんな俺以上にふらふらなのです。


「つ、疲れたわ……」

「あたしも疲れたの。甘いもん持って来たから食べるの」


 そう言いながら。

 巨大なタッパーを開くのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をひっつめにして。

 その結び目に、しっかりとシランを一本差し込んでいます。


 小さな紫のお花を数輪つける。

 永遠の愛を表す綺麗なお花ですが。

 よろしくない花言葉もあるので。

 プレゼントには向かないのですよね。


 そんなことを考えながら。

 スポーツドリンクと、差し入れを手にする選手の皆さんを見ていた俺に。


 穂咲は振り向いて。

 タッパーを突き出してきたのですが。


 ……待って。

 その企み顔。

 こんな時にもなのですか?


「バウムクーヘン、かじると良いの、道久君」

「そこまでだ」


 ちっ、などと。

 柄の悪いことをする穂咲さん。


 あなた、わざわざ持って来たの?

 バカって言うためだけに?


 まったく。

 その努力。

 他のことに向けると良いのです。



 さて、このいい加減なやつを除いて。

 みんなで反省会が始まったのですが。


 まあ、当然焦点は。

 この二人に向けられるわけでして。


「ドリブルできねえ奴とパスできねえ奴がいるなんてな」

「うう。……面目ないの」

「恥ずかしい。帰りてえ」


 穂咲は置いておいて。

 雛ちゃんは、ツーハンドのシュートが出来ないどころか。


 ツーハンドでのパス。

 つまりチェストパスもできないことがいまさら判明しました。


「でも、練習試合をしてよかったのです。パスについてはツーハンドじゃなくて、片手ですればいいと気づけただけでも儲けものなのです」


 俺がフォローしてみたものの。

 やはり恥ずかしいのでしょうか。


 雛ちゃんは返事もせず。

 小太郎君に、指のテーピングを剥がしてもらいながら俯いていたのですが……。


「痛い痛い! ……もっとゆっくり剥がしてよ」

「ご、ご、ごめんねヒナちゃん」


 不器用そうな小太郎君。

 ここまで音が聞こえるほどの勢いで剥がしていますけど。


 雛ちゃん、彼が相手では苦労しますよね。


「あ! た、た、大変! 渡先輩が肘を擦りむいてる! 今、救急箱を……」

「こらコタロー。テーピングの端持ったまま走ったらぎゃーーーー!」


 べーりべりべりべりっと。

 痛さが容易に伝わって来る音を放ちながら。


 新体操のリボンよろしく。

 くるくると螺旋を描いたテープを引っ張りながら小太郎君が走り出します。


 相方が親切をすると。

 あおりで被害を食らう。


 穂咲で慣れている俺には。

 いたって普通の光景ですが。


「……苦労が絶えないですね」

「ああ。分かってくれるか、あんたも」


 妙なところで意気投合。

 真っ赤になった指に息を吹きかける後輩の横に。

 俺は腰を下ろしました。


 しかし、テーピングはともかく。

 まるで去年の穂咲のよう。


 雛ちゃんの体中に。

 絆創膏や包帯が見て取れます。


 練習を頑張って。

 怪我が増えて、体調を崩す。


 やりすぎはよろしくないと思うのですが。


「……まさか、練習、家に帰ってからもやっているのですか?」

「そう、だね。……四時間ほど」


 うわあ。


 放課後、遅くまで練習しているので。

 家に帰ってご飯を食べたら八時にはなるでしょうから。

 寝るまで練習しているということですね?


 それでここまで進歩しないなんて。

 なのに頑張り続けているなんて。


 努力型の人は、心から尊敬できるのですが。

 神様は、そんな人から順に成果を渡してあげて欲しいと思うのです。


「やれやれ。それでは毎日、練習を終えるなりバタンキューでしょうね」


 可愛い後輩の苦労。

 少しでも代わってあげたい。


 そんなことを思いながら。

 端正な横顔を眺めていたら。


 急に渋い顔をされたのですが……。


「あ、あ、あの。……ヒナちゃんは、それから勉強するから……」

「は?」

「余計なこと言わないでよコタロー」


 口を尖らせた雛ちゃん。

 そう言えば、君。

 勉強も学年トップにならないと転校させられるのでしたっけ。


「じゃあ、勉強は何時間やっているのです?」

「……四時間」

「無茶なのです!」


 幾人か、近くにいた皆さんも。

 揃って目を丸くしたのですが。


 一番心配そうな顔をしたのは。

 過労について、誰よりも胸を痛める。

 穂咲なのでした。


「……頑張るのは、頑張って頑張らないようにしないといけないの」

「お花先輩。なに言ってるのか分かんねえよ」

「あのね? 頑張らない程度に、頑張って頑張らないように頑張るの」

「余計分かんねえ」


 そして困り顔を俺に向ける穂咲ですが。

 大丈夫ですよ。

 雛ちゃん、賢いから。

 君が言いたいことは伝わっているはずなのです。


「ねえ、道久君。夢のためには、それくらい頑張るのが普通なの?」


 そうですね。

 雛ちゃんが小太郎君と一緒にいたいという気持ちは。

 きっと他のなにものにも代えがたいのでしょうから。


 例えば晴花さんも。

 夢の為に、ズタボロになりながらも。


 メッセージでは、楽しいと連呼なさってますので。

 そういうものなのでしょうね。


 ……でも。


 頑張り過ぎに対して心配という点ついては。

 俺も、君と同意見です。


「渡さん。今日は、せめて体は休めましょう」

「了解。加藤さんは、家での練習もしないように」

「……そんな事を聞くアタシだと思ってるのか? おばさん」

「今日だけは頑張らない事。あと、おばさんって言うな」


 ムッとする渡さんに。

 やれやれと苦笑いを浮かべるみんなでしたが。


 そんな中。

 やはり雛ちゃんだけは納得がいかない顔をしています。


「……一位にならなきゃ転校させられるなんて余計なこと言うんじゃなかった。みんな、アタシのためにって頑張ってくれてるのに」


 そんなことをぽつりとつぶやいて。

 勝気な瞳に。

 うっすらと涙を浮かべているのですけれど。


「それは……、ちょっぴり違うのです」


 俺は。

 みんなが熱くなるその訳を。

 教えてあげました。


「去年の穂咲と渡さん、凄く頑張ったのです。でも、結局一位になれなかったのですよ」


 そんな話を始めると。

 周りにいた皆さんが。

 そろって寂しそうに微笑むのです。


「それを間近で見ていた俺たち一同、今度は全員で戦えるということでモチベーションはマックスなのです」

「……そんなの、いやがる奴だっているだろうに」

「これでも?」


 気付けば幾人も。

 早速とばかりに、他のメンバーにアドバイスしていたり。

 作戦を練ったりし始めて。


「自分のために頑張ってくれているなんて負い目は間違っているのですよ。みんな、今度こそ勝ちたいと思っているのです」


 そうだぜと。

 雛ちゃんに笑顔を見せる面々も。


 そこで座って見ていろと。

 ワンハンドでパスを出すコツなど、説明を始めるのでした。



 ――さて。

 雛ちゃんの問題点は半分解消されたので。

 もう一つの問題に取り組まないと。


 そう思って腰を上げたら。


「これ、分かりやすいの! コツをつかんだ気がするの!」

「そうか。なんで道久の野郎はこうしなかったんだ?」


 六本木君が、スポーツドリンク片手に。

 穂咲の手を取って、マリオネットよろしく。

 ドリブルを教えていました。


 なるほど、そうすればよかったんだ。

 でも、ちょっと恥ずかしい。


 ふと気になって渡さんに目を向けると。

 やはり、ちょっと寂しそうな顔をしています。


「やっぱり嫌ですよね、六本木君があんなにくっ付いて」

「違うわよ。私、あんなに上手く教えられなかったから、へこんでるだけ」


 なるほど、渡さんらしい。


 でも、渡さんの意を汲めない人が。

 角が見えるほど憤慨して六本木君へ迫ります。


「ちょっとおにい! 香澄お姉ちゃん、あんなに寂しそうな顔してるじゃない! どういうつもりよ!」

「なに怒ってんだよお前」

「違うわよ瑞希ちゃん、落ち着いて?」

「いいからおにいは藍川センパイから離れろ!」


 そして、突き飛ばされて尻餅をついた六本木君が。

 ペットボトルを握ったままの右手を床につけたその時。


「いてっ!」


 ……なにやら、ベきんと。

 鋭い音が響いたのですが……。


「ちょっ……、今の音!」

「あ、ああ。突き指しただけだ、気にすんな」

「いいや。今の音、折れてるぜ」


 雛ちゃんが冷静な表情で近付いて。

 六本木君の指を握ると。

 誤魔化しようもない呻きが上がったのでした。


「ば……、バカおにい! 勝たないと雛ちゃんが大変なのよ!? 何やってんの!」


 普段ならこんなことは言わないはずなのに。

 冷静さを失った瑞希ちゃんが、六本木君を責め立てると。


「おい、てめえ。好き勝手言ってんじゃねえよ。人の名前を汚いことに使うんじゃねえ」

「き、汚いって何が!」

「謝るのが先だろう。……指は、アタシもやったことあるから侮るな。早く保健室に行けよ、おっさん」

「あ、ああ……」


 皆が呆然とする中。

 渡さんに連れられて六本木君が体育館から出て行くと。


 瑞希ちゃんがどこかへ駆け出して。

 葉月ちゃんが、彼女の後を追って。


 あっという間に。

 バラバラになってしまったのです。


「こ……、これ……」


 どうなっちゃうの?

 呆然とする俺でしたが。


「大丈夫。アタシが何とかするから」


 雛ちゃんが。

 覚悟を内に秘めた表情でボールを手に取り。


 それを、ゴール目掛けて放ると……。



「ごひん!」



 ……これは。

 大丈夫ではなさそうごふっ!



「あ、あまりのショックで、なんか投げてみたの」



 改めて。

 これは、大丈夫じゃなさそうです。



 俺の身も。



「……ちょっと待て。六本木が故障となると」

「サッカーに出るの、こいつか……」


 ほんとだ。

 忘れてました。



 もひとつ改めて。

 これはいよいよ。

 大丈夫じゃなさそうです。

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