チューリップのせい


 ~ 五月十三日(月)

 ボール回避ゲーム ~


 チューリップの花言葉 前進



「困ったわ。フォームが完璧だから教えるところが無い」


 頭の固い渡さんらしい。

 そんな理屈はありません。


 だからと言って。

 俺も雛ちゃんの不思議なシュートを矯正することなどできないのですけど。


「か、香澄さん。ここは私が頑張って教えますから!」

雛罌粟ひなげし先輩だって変わんねえよ。あんたの説明もおばさんの話も、何言ってっかまるでわかんねえ」


 そして雛ちゃんの口の悪さに。

 いつものように逆三角形の組体操が二組。


「こらえてください、香澄さん!」

「ヒナちゃん! なんでそんな言い方になるの!?」

「今日という今日こそこいつに礼儀を叩き込んでやる!」

「はっ! だったら礼を尽くしたくなるような指導してみろってんだ!」


 この仲の悪さ。

 頭が痛いのですが。


 問題はこれ一つではなく。


「……道久君。とうとう一回も手に当たらなくなったの」


 この、練習すればするほどに退化して行く困った子は藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をスポーティーにポニテにして。

 そこにスポーツをする気が無いとしか思えないほどのんきに。

 チューリップを三本活けています。


「君に教えていた瑞希ちゃんはどこに行きました?」

「いつものごとく、六本木君に噛みつきながらどこかに行っちゃったの」


 これ。

 ほんと、勝負にならないのではないでしょうか。


 もはや為す術もないような。

 そんな絶望感に包まれていた空間でしたが。


 この熱血女子は。

 分かりやすい言葉で空気を換えるのです。


「ええい! 全員、努力あるのみ! 根性見せるのよ!」


 なんとも渡さんらしい。

 不器用で愚直。


 理論派の才女なのに。

 どうしてこうスポコン脳なのでしょう。


 去年の体育祭の前にも。

 よく耳にした熱い言葉。

 葉月ちゃんと穂咲は激しく同意しているのですが。


 雛ちゃんは呆れているのでしょうか。

 大きくため息をつくと。


 切れ長の目を渡さんに向けて呟きます。


「いいこと言うね、おばさん。ようし、やってやろうじゃねえか」


 ……あれ?

 まさか君も熱血乙女?


 いやはや、男子も熱いノリは好きですけど。

 こういうの、女子の方が好きなのではないかという気がしてきました。


「だから、口の利き方! 頭に来たわ! シュート練習、百本!」

「ふっ……。百で、いいのか?」


 不敵な笑みを浮かべる雛ちゃんに。

 ハラハラとしたものの。


 無言、一心でボールを構えるその表情は。

 本気を物語っているのです。


 ……まあ。

 ボールは相変わらず真上どころか。

 後ろに飛んでいくのですけど。


「よし。穂咲も雛ちゃんを見習って、本気を出しなさい」

「わかったの!」


 そしてこちらも真剣にボールを構え。

 一度もボールに手が触れないドリブルを披露し始めました。


「……あ、秋山先輩……。やっぱり、六本木先輩に指導してもらった方が……」

「ですね。これじゃあ不毛な時間が続くばかりなのです」


 ほんの一歩だけ。

 渡さんと雛ちゃんの関係性に進展があったようなのですが。


 何と言いましょう。

 これほど問題を抱えていると。

 焼け石に溶岩をかけている心地です。


「これ、進展しているのですか?」

「ぼ、ぼ、ボクも不安です……」

「でも、あの、ですね? 去年、私もお姉ちゃんに一位を取らなければ家に入れないと言われていましたし、がむしゃらに頑張りたくなる気持ちが分かると言いますか……。それに、一生懸命にやって、ほんとに一位になれましたし……」


 おお。

 そう言えば、去年と状況がそっくりなのでしたね。

 あの時も、絶対に無理と思われていた状況をひっくり返しましたっけ。


 まるで息の合わない穂咲たちは根性で信じがたい速さで走ることができるようになって。

 葉月ちゃんたちの誤解も無事に解けて、瑞希ちゃんと二人で一位になって。


「葉月ちゃんの言う通りですね」

「はい!」

「今回だって、頑張ればきっとごふっ!」


 綺麗にまとめようとしていた俺の顔。

 側面全体に激しい衝撃。

 それと共に一瞬で横倒しになった視界。


 目を丸くしてきゃーと叫ぶ葉月ちゃんと小太郎君の後ろで。

 俺の顔面を穿って転がるボールを、穂咲が拾っています。


「……今、君、何をしました?」

「最初に勢いをつけて床に叩きつけたら、いつまでもバウンドしてるんじゃないかなって」


 なるほど。

 君ぐらいしか思いつかない。

 天才的なアイデアだとは思いますが。


 それ。

 もはやドリブルじゃない。


「上投げは封印するよう言ったはずでごふっ!」

「むう! 道久君、あたしがボール投げるとこにいないで欲しいの!」


 そんな言い草がありますか?

 でも、大真面目な顔をして怒っていますし。

 ここは妥協して、穂咲から距離を取りまごひん!


「……こら。人がシュート練習してるそばに来るんじゃねえよ」


 今度は頭の上からの爆撃。

 でもさ、雛ちゃん。


 俺の立ってるとこ。

 君から三メートルは離れているうえに。


 どう見ても。

 君の背後。


「絶対にわざととしか思えないのでごふっ!」

「もう! ほんと邪魔なの! 邪魔久君なの!」

「どの口がそんなことを言いますごひん!」

「何度も言わせんなよ。離れろって」


 こ、殺される!

 バスケットボールって結構殺傷力ある!


「タイム! ターイム! 二人ともちょっとストップ! ……渡審判! 俺が二人から文句を言われるの、正解ですか!?」


 俺は涙目になりながら。

 絶対公正の旗を掲げる裁判官に意見を求めると。

 渡さんはうむむと唸ったのち。


「……根性!」

「そんなんで乗り切れるかごふっ!」


 ちょ、ちょっとストップ。

 今、君の頭に揺れるチューリップが一瞬、ハスのお花に見えました。


 俺はまず、穂咲からボールを取り上げます。


「店長がいない所での上投げはダメ!」

「ボールを回避するゲームなの。……はっ! バスケットボール、回避なの道久君!」


 嬉々として何を言い出しました?

 ……ああ。

 頭文字を取ると……。


「カンナさんに聞きました。自分ばかりバカ穂咲と呼ばれているのが納得いかないって相談したら、それを教わったのですよね」

「そんなことは知らないの。バス、回、道久君……」

「そこまでだ!」


 俺の静止に膨れていますけど。

 君の浅知恵では、一生俺をバカとは呼ばせてあげないのでごひん!


「……同じ位置に立ってたら当然だろ?」

「当然なわけあるか! ちょっとこれ、首がおかしなことにごふっ!」


 今度は真横からっ!


 さすがにダウンして立ち上がれなくなった俺の顔に。

 雨あられとボールが叩き込まれるのを。

 葉月ちゃんと小太郎君が必死にブロックしてくれるのですが。


「遊んでないで! しっかり練習なさい!」

「……でも、秋山先輩が……」

「ぼ、ぼ、ボクは関係ないですよね!?」

「口答えしない! 罰として三人共グラウンド十周!」


 あわれ。

 とばっちりを受けた二人は。


 校庭へ飛び出していきました。


「…………渡さん。俺、指一本動かせないほどのダメージを受けているのですが」

「しょうがないわね。だったら秋山は走らないでいいわよ」


 そして監督は。

 溜息をつきながらも、優しく手を差し伸べてくれて。

 俺を立たせてくれた後。


「根性! その場で立ってなさい!」



 ……これにはさすがに。

 付き合いきれないのでごひんごふっ!


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