アイリスのせい
~ 五月十日(金) 抜群に辛い ~
アイリスの花言葉 私は燃えている
雛ちゃんの事情。
そんなものを聞いて黙っているこいつらではありません。
一晩明けて、本日。
お昼休みの俺たちの教室で。
決起集会なるものが開催されているのですが。
いやはや、いつもは何をするにものんきなこいつが。
悪ふざけに関しては。
意外なほど元気になるのです。
「我らは勝利するためにここにあり!
勝つためには、まず考えよ!
皆が考えるならば、我は考えずに走りぬこう!
考えるを知らぬ我が葦ならば!
考えるを知る皆は善しなのか!
ならば考えよと、考えずに言う我は果たして葦や! 善しや!」
ああうるさい。
意味の分からないことを叫んで。
それっぽい気分にさせることが上手なペテン師は
軽い色に染めたゆるふわロング髪を。
今日は後ろでひっつめにして。
真っ白なアイリスを一輪、耳の横に挿して。
お調子者ぞろいの皆から。
やんややんやと歓声を浴びています。
ですが、こいつの場合。
過労については人一倍過敏なため。
「でも、無理しちゃダメなの」
急にトーンを下げた締めの言葉に。
なんだそりゃと笑いが湧き起こります。
「と、いうわけで。勝利を祈願して、みんなにこいつを配給なの」
そして、朝早くから大量にこさえたカツサンドを配るのですが。
クラスのみんながそれを口にして。
うまいうまいと舌鼓を打つ中。
カツサンド作りに協力して。
今もエプロン姿でみんなに配る渡さんが演説を引き継ぐのです。
「目指すは優勝! 全員、穂咲からの心づくしを食べながらよく聞くように!」
「鬼軍曹だ」
「鬼軍曹だ」
「うるさい! いい? ここにいる雛ちゃんはね、クラスの子が具合悪そうにしてるのを見て、真っ先に保健室へ連れて行く小太郎君のことをいつもかばってあげる子なのよ!」
「いい子だ!」
「いい子だ!」
なんでしょうか、その変な説明。
渡さんの前に腰かける当事者二人と俺だけが。
盛り上がるクラスの中で、冷めた視線を交わし合います。
「こら、おばさん。恥ずかしいからやめろ」
「ぼ、ぼ、ボクも恥ずかしい……」
「諦めなさい。渡さんはこのクラスの六法全書なのです」
そして渡さんは大騒ぎを手振りだけで鎮めると。
「さらに! おばあちゃんが駅で困ってたのを見て道案内して遅刻した小太郎君のことをかばってあげるような子なの!」
「おお!」
「そんな子が転校させられる?」
「わが校の宝が!」
「なにがなんでも優勝するぞ!」
そして湧き起こる雛ちゃんコールに。
げっそりとした当本人がつぶやきます。
「帰りてえ」
「気持ちは分かりますが、今日は雛ちゃんが主役みたいなものなので」
「ぼ、ぼ、ボクは完全に場違いですよね……」
「そんなことないのです。カツサンドどうぞ。美味しいですよ?」
「……秋山センパイ。私はもっと場違いなのですが……」
「まあまあ。葉月ちゃんもカツサンドどうぞ。ミルクティーも美味しいよ?」
女子バスケチームの面々をご招待して。
バカ騒ぎする教室なのですが。
約二名ほど。
見当たらない顔があるのです。
「瑞希ちゃん、六本木君をブラジル方向へ追い払いながらクラスの外へ出て行ってしまいましたね」
「……瑞希、随分怒っていましたので」
「どうしてなのかご存知なのですか?」
「ええと……、わ、私の口からは……」
どうにも本件については口を割ることなく。
ちらりちらりと穂咲の様子をうかがう葉月ちゃん。
穂咲も事情を知っているという事なのでしょうか?
あとでこっそり聞いておきましょう。
そんな騒ぎの中。
おどおどとしていた小太郎君が。
床に落ちていたタッパーの蓋を拾って。
丁寧に拭いて、机の上に戻しているのです。
「よく気が付きますね」
「小太郎君、えらいの」
穂咲が頭を撫でると。
照れくさそうにしながらも。
小太郎君は嬉しそう。
でも、当然と言いますか。
雛ちゃんは、口を尖らせます。
俺たちから見れば。
可愛いやきもち。
でも、本人にしてみれば大問題ですので。
その辺で返してあげなさいな、穂咲。
……そんな小太郎君。
どうやら、クラスでは人気者ということで。
彼をいつでも守る雛ちゃんも。
小太郎君のナイトとして人気があるそうです。
だから、雛ちゃんの驚きの事情を知って。
一年生も絶対優勝するぞと盛り上がっている様子。
ただ、当の本人は。
恥ずかしさと申し訳なさから。
どうにも天邪鬼な態度をとっているようなのです。
「ほんと勘弁してくれ。人を肴に盛り上がるんじゃねえよ」
「ご安心なさい。小太郎君を庇って苦労している分、こういった時に助けてもらえるように世の中はできているのです」
「そうは言ってもむず痒い。……あんたも、お花先輩をしょっちゅう庇ってるらしいな。いつもこんな扱いか?」
「俺はこんな扱いはされませんが……、そんな先輩から一つアドバイスです。立たされるのは辛いと思いますが、半年ほどで慣れるのでそれまでの辛抱です」
「何言ってるんだあんた? 立つ?」
あれ?
「立たされません?」
「だから何の話だよ」
あれれれれ?
おかしいな。
俺の常識が、この子にとっては非常識?
「……裏切り者なのです」
「意味分からねえ」
「友だと思ってたのに」
「気持ちわりいな。今すぐ消えてくれ」
ひどい。
俺は、友に裏切られた心地で廊下に消えました。
でも、穂咲が持たせてくれたカツサンド。
俺のだけ特別に挟んでくれた目玉焼き。
ちょっと多めに塗ったマスタードと絶妙なバランスで。
傷ついた気持ちを癒してくれます。
……しかし、この団結力。
バカなクラスとは思いますけど。
俺だって、雛ちゃんが転校してしまうのは嫌ですし。
心から助かるのです。
ドリブルのできない穂咲。
ボールを投げることのできない雛ちゃん。
六本木君に当たり散らして練習もままならない瑞希ちゃんと。
女子バスケチームに不安はありますが。
男子サッカーは六本木君のおかげで余裕ですし。
女子ソフトボールはピッチャーでレギュラーの
実は卓球の腕前がインハイクラスという近藤君。
女子バレーボールでは長身の向井さんがいますので。
優勝も夢ではないと思うので……。
「うおおお! やっぱ塗り過ぎなのです!」
このマスタード!
後から来ますね!
「そんな苦悩もまだ序章。このあとに続く苦難の道が、牙を剥いて道久君を待っていたのでした……」
「……不吉なナレーションしてる暇があったら水を持ってきなさい。辛くて食べることができませんよ、これ」
ドアをすこうし開いて。
穂咲が顔だけ覗かせたのですが。
「そうなの。抜群に辛くしたの、道久君用に」
「バカ言ってないで、なにか飲み物を下さい」
「むう、バカって言ったの」
「それは謝りますから。早く」
「反撃なの。抜群、辛く、道久君……」
「そこまでだ!」
なんですか、その変な遊び。
そんなに俺をバカ久と呼びたいの?
もう、今度からは。
穂咲が「ば」の字を口にした瞬間止めましょう。
しぶしぶ穂咲が手渡してくれたお茶をぐびぐびとあおって。
人心地つきながら心に誓いました。
「ふう。マッチポンプではありますが助かりました。でもこれ、随分と変な香りのするお茶……、二度漬け辛いっ!」
「青とんがらし茶なの」
「二度漬け禁止なのです! ひいいいい! 辛い!」
「……そんな苦悩も、このあとに続く悪夢の序章だということに……」
「だからやめなさいって! そういうこと言ってるとほんとになりますから!」
とは言え。
君と雛ちゃん。
あと、瑞希ちゃんの件もあるし。
これ以上ややこしくなることなんかないでしょうけど。
…………ない、ですよね?
「……そんな苦悩も……」
「ほんとやめなさいって! あと、水! みずーーーーっ!」
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