クチナシのせい

 ~ 五月八日(水)

    ばっちり、活躍 ~


 クチナシの花言葉 夢中



「し、信じられん……」

「そこまでなの?」

「うう、だから言ったのに……」


 朝の教室に。

 てんてんててててて、と。

 バスケットボールの情けない音が響き渡ります。


 この、ボールを一度叩くと。

 以降はすべて空振りするという珍しい生き物は藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を頭の後ろで和風に束ねて。

 そこに白い六枚の花弁が美しいクチナシを一本活けた頭を。

 しょんぼりとうな垂れさせています。


「壊滅的なのです。……渡さんは人並みですね」

「まあね、ドリブルくらいできるわよ。……さて。去年同様、特訓よ、穂咲!」

「二人三脚ん時と違って、熱くなれないの」


 こいつは、長い付き合いのはずなのに。

 未だに渡さんの事を理解していません。


 案の定。

 この才女の美麗な顔立ちが。

 見る間に赤く染まっていくのですけれど。


「チームの勝利がかかってるのよ! そんなことでどうするの!」

「じゃあ、スポーツブラ持ってないから出れないの」

「じゃあってなによ! そんな言い訳、無駄!」

「ほんとなの」

「なら私が買って来る。サイズ知ってるし」


 いつまでも愚痴り続ける穂咲をがみがみと叱る渡さん。

 そんな図を、俺は六本木君と二人で眺めていることしかできません。


「……このスポーツに対する情熱、六本木君の影響ですか?」

「いや。昔の俺、こんなだったと思うか?」

「…………思いませんね」


 今の六本木君が。

 渡さんの影響で勝ちにこだわるようになったということでしょうか。


「いい影響を与えてくれる方とお付き合いできてよかったのです」

「まあな。……でも、俺が勝ちにこだわるのは藍川の影響でもあるんだぜ?」

「は? ……こいつの?」

「去年の頑張りを間近で見てたからなあ」


 ああ、なるほど。

 確かに、去年のこの二人は凄かったですね。


 全身傷だらけ。

 毎日筋肉痛になるほどの猛特訓。


 なのに一位になれなくて。


 その悔しさを間近で見ていた俺たちは。

 確かに、必死の努力の美しさというものを知るところとなったのですが。


 だからと言って。

 自分もそうなりたいと思うなんて。


 どれだけ二枚目なのさ君は。



 ……そう言えば。

 去年も感じたっけ。


 なにものにも熱くなれない自分が。

 取り残されていくような気持ち。


 でも、ヘアスタイリングコンテストを経て。

 俺は思うようになったのです。


 時たま必死。

 あとはのんびり。


 それが。

 俺のペースだということを。



 こんなことで社会に出て。

 大丈夫かどうか。


 例えば、あああああしか言えなくなった晴花さん。

 毎日真夜中に帰ってくる父ちゃん。


 身近に、推察できる材料は沢山あるけれど。


 でも。

 一生懸命の方向というか。

 そういう感覚的な話で。

 今は漠然としているけれど。


 なにかしっくりくる仕事というものがあるのではないかと。

 未だに探し続ける俺なのです。


「……間に合うのでしょうか」

「え? そりゃあ藍川担当のお前次第だろうよ」

「あ、そ、そうでしたね」


 いけね。

 つい口に出してしまいました。


 夢は焦らずたゆまず探し続けることとして。

 まずは目先の難題をやっつけないと。


「でも、こんなのどうすればいいか見当もつきません」

「簡単に解決できるの」

「どうやってさ」


 俺を見上げる二つのタレ目が。

 真剣な表情でつぶやきます。


「やっぱ道久君が出るの。女子バスケ」

「…………あいにく、俺もスポーツブラ持ってないので出れません」

「ならあたしが買って来るの。サイズ知ってるし」

「怖いよいろんな意味で」


 まったくこいつは。

 どうしてそんなにやる気が無いのさ。


「去年と違ってやる気ないですね。どうしました?」

「だって、あんま痩せられそうにないの、バスケ」

「そんな理由!?」


 そう言えば去年もそんなこと言ってたなと。

 笑い上戸な六本木君はお腹を抱えますが。


 渡さんは呆れ顔を浮かべて。

 深々とため息をつくのです。


「ばっちり活躍できるの、道久君なら」

「出来たらただの変人です」


 女装して出なきゃいけませんよ。


「ばっちり活躍道久君」

「ですから……」

「ばっ、かつ、道久君」

「そこまでだ!」


 その遊び、ほんとたち悪い。

 今後は『ば』で始まる言葉をこいつが言った瞬間止めることにしましょう。




 ――さて。

 ひとまずは、放課後にテストするということで解散になったのですが。


 それまでの間、暇を作ってドリブルの練習をしておくようにと。

 バスケットボールを押しつけられた穂咲さん。


 やる気はあまりなかったこいつも。

 特訓しておけと。

 期待していると。

 渡さんに言われたら。


 ちょっぴり嬉しそうに頷いていました。


 うまい言い方をするものだ。

 参考にしよう。


 俺は授業を半分耳から入れながら。

 先ほどの、渡さんの上手い言い回しを反芻していたのですが。



 てんてんててててて……



 すぐそばから。

 いくら何でもという音が響いてきたのです。


 ……ああ、にらんでる。

 先生がにらんでいます。


 でも、ボールは机が陰になって見えていないようで。


「……だからと言って俺をにらまないでも」

「一番怪しい奴を見て何が悪い」

「酷いのです。そもそも今の音は……」

「道久君の消しゴムから出た音なの」

「そんなバカな」


 思わず穂咲に振り返りましたが。

 真顔で大ぼらをつくこいつをにらんでいる間に。

 先生は俺の正面に立つと。


「没収だ」


 消しゴムを取り上げて。

 教卓の上にポイ。


「……穂咲。後で覚えておくように」

「後で? じゃあ、今は覚えてないの」

「やめなさいって、コラ……」



 てんてんててててて



 このバカ!

 暇を作って特訓しとけって。

 そういう意味では無いのです!


「……さすがに今のは分かるぞ。藍川、説明しろ」

「道久君のシャーペンから鳴ったの」

「そんな無理が通ったら、俺は文部省に通報します」

「没収だ」

「通報します!」


 ああもう!

 このコンビが法律なんて許せません!


 まったく。

 予備のシャーペンを鞄から出さないと……



 てんてんててててて



「懲りない子!」

「今度は道久君の椅子から音がしたの」

「なるほど。いつものオチにするためにそう来ましたか」

「それも没収……、ん?」

「あ。へたこいたの」


 バスケットボールさん。

 穂咲の手をいやいやと離れて。

 先生のお隣りへこんにちは。


 もはや言い訳できまい。


「なにから音が出ていたかさすがにお分かりでしょう」

「ふむ」

「では、没収すると良いのです」

「ふむ。藍川の椅子だったか。没収だ」


 そう言いながら。

 先生は穂咲の椅子を没収して。

 教卓の上にポイ。


「おかしいだろ! それじゃないよ! バカなの!?」


 椅子を跳ねのけて立ち上がって。

 先生の背中に思わず突っ込んだ俺に。

 ぎょろりと目を剥いた般若顔が振り返ります。


「今、随分失礼なことを言ったのは秋山か?」

「………………俺の椅子です」

「なら、廊下に立っとれ」



 こうして、失礼なことを言った俺の椅子が。

 廊下に立たされました。


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