リンゴのせい


 ~ 五月七日(火)

    バスケとサッカー ~


 リンゴの花言葉 選択



 好きなのか嫌いなのか。

 いつからだろう、俺は考えることをやめた。


 生まれた頃からずっと。

 何をするにもお隣りにいたこいつ。


 学校の席も隣という幼馴染。

 彼女の名前は藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をボリューミーなハイツインにして。

 その結わえ目に、可愛い真っ白なリンゴの花を飾っています。



 ……枝ごと。



 君は鹿かな?

 あるいは、馬鹿かな?



 そんな穂咲さんは現在。

 放課後の黒板を。

 恨みがましくにらんでいるのですが。


「早く決めなさい。バスケにします?」

「無理なの」

「じゃあ、サッカー?」

「死んじゃうの」


 こんな調子で。

 究極の二択にうめき声を漏らし続けているのです。


 月末に行われる球技大会。

 三学年、縦割りの三クラスで一つのチームとなって。

 六つの競技で覇を競うわけなのですが。


「無駄話してる間に卓球を取られた君が悪いのです」

「だって、早い者勝ちなんて聞いてないの」

「言ってましたよ神尾さんが」


 教卓で苦笑いを浮かべる我らがクラス委員長は。

 早く決めてと無言のプレッシャーを俺にかけてきますけど。


 視線。

 もう一個隣りのやつに向けて欲しいのです。



 ……そんな時。


「まだ決まんないの?」

「香澄ちゃん……。うう、どっちも嫌なの……」


 ぐずる穂咲の前に現れたのは。

 穂咲と仲良しの渡さん。


 ちょっと融通の利かない理系頭脳な彼女ですが。

 才色兼備のスーパーレディーだったりします。


「渡さんも名前がまだ埋まってませんね」

「どこでも良かったから。でも、この二択じゃこっちよね」


 そう言いながら。

 美麗な字を披露したその枠は。


「バスケですか」

「だって、比べられちゃうとねエ、あれと」


 そう言いながら。

 彼氏であるサッカー部のエース。

 六本木君をあごで指し示します。


「なるほど。じゃあ穂咲もバスケにしたら?」

「うう……。香澄ちゃんと一緒なら、そうするの」

「ほほう。……私、厳しいわよ?」


 腕を組んで。

 不敵な笑みを浮かべる渡さんでしたが。


「そんでバスケが上手くなるなら厳しい方がいいの」


 穂咲は平然と言ってのけるのでした。


 ……そうでした。

 基本、こいつはスポーツ大好きなのでした。


 ただ不器用過ぎて。

 何をやってもダメなので。


 一生相いれない。

 磯の鮑の片思いなのです。


「そんじゃ、私が穂咲の名前書いとくわよ?」

「はいなの」

「やれやれ。穂咲の件が片付いたので、俺も名前を書かないと。男子で余っているのは卓球とソフトボールですか」


 これは考えるまでもない。

 個人戦なので誰にも迷惑が掛からない上に疲れない。

 卓球一択なのです。


 席を立って、渡さんからチョークを受け取って。

 黒板の前に立った俺に。


 ずいぶん遠くから声がかけられます。


「道久! お前は書かなくていいぞ!」

「え? なぜです?」

「体力ばっかりで不器用な道久はスーパーサブ」

「不器用とは失敬な。それにスーパーサブってどういう事? どの競技のサブメンバー?」

「それが決まってねえからスーパーサブ。黒板よく見ろよ。六競技全部に対して補欠が一人分しかねえだろ?」

「…………ほんとだ。え? 待って? じゃあ誰かが病欠したりしたら俺がそこに入るの?」

「そりゃそうだろ、スーパーサブなんだから」


 うそでしょ?

 クラスの皆さんはのんきに頑張れよとか言ってますけど。

 だったら全競技の練習をしておかないといけないわけで。


「無理ですって。だって俺、世界一サッカー下手ですよ?」

「知ってる」

「世界一バスケのドリブルが続きませんよ?」

「まあ、そうだよな」


 いやいや。


「だったらどうして」

「……だからだろうが」

「ああ。ほんとだ」


 しまった。

 自らサブの条件を上げ連ねてしまいました。



 がっくりと落とした肩を。

 渡さんがぽんと叩いてくれるのですが。


 同情するなら代わって下さい。

 ……いや。

 男子の枠に入るわけにはいきませんよね。


「秋山、やる気だけ出せばなんでも人並み以上にできるのに」

「そのやる気が世界一無いので、世界一へたぴいという称号を手にしているわけでして」

「……なるほど。じゃあ、まずはやる気から出してもらおうかしら?」


 そんなことを言いながら。

 拳をボキボキと鳴らしていますけど。


 あなたの負けず嫌いを押しつけないで下さいな。


「穂咲、助けてください。この鬼教官をなだめる言葉をかけて欲しいのです」

「……香澄ちゃん。あたしの代わりに道久君が出るから書き換えといて欲しいの」

「火に油っ! ああもう、渡さんの綺麗な髪が逆立ち始めたじゃないですか。いつまでもぐずぐず言わない!」


 女子の枠は人数ピッタリ。

 サブの枠が無いので。


「諦めなさい。あと、無茶言わない。俺が出れるわけ無いでしょうに」

「だって道久君、上手そうだし。女子バスケも女子サッカーも」

「すいません。上手かったらびっくりです」


 その競技名はよく知っているのですが。

 多分一生プレーすることはできません。


「秋山。まずはスーパーサブとして、穂咲のやる気を盛り上げなさい」

「そんなポジションじゃないでしょうに。まあ、特に練習もしないでいいから穂咲の特訓に付き合うことくらいできそうですけど」


 俺の返事を聞いた渡さん。

 溜息などついてしまいましたが。


「……そうね。じゃあ秋山は穂咲担当」

「担当はいいですけど。教えることなんかできませんよ?」


 そもそも。

 自分がまともにできません。


「どれか一つくらい教えられるでしょ? パスでもドリブルでもシュートでも」

「無理です。俺が得意な競技はバスケに似て非なるものですから」

「なにそれ?」

「ポートボール」


 もちろん。

 できるポジションは立ってる人のみ。


 真顔で受け答えする俺に再び溜息をついてから。

 なにも言わずに渡さんが席へ戻ると。


 委員長が最後の確認として。

 板書されたメンバーを読み上げて行きます。


 ……そんな中。

 穂咲は俺の裾をくいくいと引っ張って。


「やっぱ、バスケもサッカーも、道久君が出るの」

「まだ言いますか。いい加減にしなさいな」

「バスケも、サッカーも。道久君が出る」


 ん?


「バスケ、サッカー。道久君」


 これ、昨日どこかで聞いたような……。


「バス、ッカー、道久君」

「そこまでだ!」


 なにそれ。

 流行ってんの?


「それ以上縮めたらチョップします」

「バ、カ……、いたっ!?」


 ぶったーと大騒ぎするこいつの声に。

 事情を知らない皆さんから大ブーイング。


 この騒ぎと静かな空間。

 そんな二択なら、どちらを取るなんて明らかなのです。



 俺は廊下に立ちながら。

 解散の声が聞こえるのを待ちました。



 ……しかし、スーパーサブ兼穂咲担当とは。

 せめて、けが人が出ないことを祈るばかりなのです。

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