第22話 ジゴロ? いいえただの馬鹿なんです。

 全力で走るなんていつぶりだったか。いや、この前にはるかさん助けに行った時死ぬほど全力で走ったなそういやぁ。

 ここ最近俺が本気を出そうとするのは大体、遥さん絡みである。

 ほら、このように。

「すいませんでしたァ!!!」

 スライディングガチ土下座を【される】側には慣れていたが、【する】側は初めてである。当然俺が陣内相手より凄い土下座する人物は一人しかいない。

「た、孝宏たかひろくん?」

「せ、せめて俺の事嫌う前に説明させてください! いや、陣内じんないから話は聞いたかもしれんけど……え?」

 土下座しながらの弁明中にガシッと両肩を掴まれる俺。

 顔を上げると、遥さんは真剣な顔で俺をじっと見つめている。

孝宏たかひろくんから、全部聞きたい」

「お、おぅ」

 何と真っ直ぐとした表情なのでしょう。というか近くてキス出来そうな距離とか意識してる時点で馬鹿な俺は多分死んだほうがいい。

 深呼吸して、一から説明をする事にした。昔した新垣との約束、親同士が交わしていた約束。新垣と俺が今お互いどんな状態で、俺がどう思ってるのか。

「俺は、昔は新垣の事を好きだと思ってたけど、それは小さい頃から想ってきた幻みたいなもんで。だから」

 視線をそのままに、じっと逸らさない遥さん。

 側から見れば、遥さんをないがしろにしたと思われても仕方ない俺の言葉なんかに集中してくれている。

「この婚約話は無しにって、さっき言ってきた」

「…………」

 暫しの沈黙。反応は何故か驚いた顔だった。なして?

「は、遥さん?」

「フラれるのかと思った」

 そして困ったように微笑み、呟いた遥さん。

「……ん?」

 何を言ってらっしゃるんだ……? 俺がフラれるならともかく、遥さんがフラれる?

「そんな事あるわけ無いじゃんですよ!」

「無いじゃんですよ?」

「あ、いや、ちょっと意味わからなさ過ぎて戸惑った結果であり、もう落ち着いたである」

「孝宏くん、多分まだそれ落ち着けてない」

 困ったように笑う彼女を見て、首が自然に曲がって、視線は下は行く。

「俺が遥さんをフるとか天地がひっくり返ってもあるわけねぇんだ。本当に。絶対に」

「そう」

 いや、そうってめっちゃ淡白な返しだなとか思った瞬間、彼女の目から涙が溢れでた。溢れでたァ!?

「は、遥さん!?」

「ううん、そうなんだって思って」

 首を軽く横に振る遥さん。泣かせてしまったぁあああああ!! 激しく死にてぇえええええ!!!

 そりゃ彼氏がこんな挙動不審に謝って、不安しか無いし、情けないはずだよ。泣きたくもなる!!

 アワアワと何も出来ずに背中とか優しく撫でてあげればいいか、いや、しかし俺にそんな権利あるはずが、なんて思っていたら、遥さんが口を開く。

「孝宏くんは、私の事が凄い好きだから、ここに来て全力で謝る奴だと思うなって、会長さんが言ってた。その通りだったなって、ホッとしちゃった」

「……そっか」

 ……俺は、本当に陣内に助けられてばかりだな。

 そりゃ俺がお願いしたからなんだろうけど、あんな状況の無理やりの願いでも、ちゃんと遥さんに俺の意思を、伝えておいてくれる凄い良い奴だ。

 後で感謝のメールでも入れておくかと思っていたら、遥さんがじーっとこっちを見て言う。

「良かったの?」

「え?」

「婚約、断っちゃって」

「俺は遥さん一筋っす」

 熱弁の意味も込めて拳をぐっと握ってアピールしたのだが、遥さんは虚を突かれたような顔の後、微笑を浮かべた。え、エンジェルか?

「そうじゃなくて、お家のこと」

うち? あー、婚約断って、家が大丈夫なのかって事ね!」

 恥っず! いやもう本当の事だから恥ずかしい事無いんだけど。改めて告白しちゃったようなもんだよ恥っず!

 誤魔化すように、俺はたどたどしくも説明する。

「なんていうか、結局婚約者っつーのはあくまで親同士のお互いの心理的保険みたいなもんだったらしくてさ。悪く言やぁ人質交換ひとじちこうかんって感じ?」

「人質交換?」

 更にキョトンとした顔の遥さんに、俺はこともなげに話す。

「俺の親父の開発した物って、将来10年はその事業では活きるっつーか、成功するのは間違いないだろうって代物らしくて、あとは何処がそこに支援するかって話みたいなんだよな。親父も後ろ盾はでかい方がいいし、新垣の親父さんはでかい金のなる木をそこらに渡す気はない。でも親父に担保に出せる物なんて……ってなって」

「孝宏くんが選ばれた」

「うん。多分新垣が男だったら妹が選ばれたんじゃないか説」

 笑って言ったが、遥さんは首を横に振った。違うって思うのかな。

「なんでそう思うんだ?」

「思い出、妹さんには無い」

「あぁ……うん」

 色々考えたら、ここまでの状況にいたる追い込まれ方をしてるのは、新垣との間にある思い出にまつわる事が全てだな……いや、当たり前ではあるが、新垣の俺の言葉の捉え方の勘違い、お袋が二人の思い出を知ってた事のせいでこんなことになっている。

 昔の思い出っつーのは時が経つにつれ美化に美化を重ねて、いや、ろ過って言うのが相応しいのか、どんどん不純物を取り除いていく。この時の不純物っていうのは【自分にとっての不純物】つまり必要の無かった記憶の事だ。

 そうなる事で良い思い出として都合の良い記憶になり、揺るがない最高の形になる。

 きっと新垣はそんな最高の形をした記憶が好きなのであって、俺を好きなのでは無いのだと思う。

「くちゅん」

 そんな熟考の最中、隣から【可憐・極み】みたいなくしゃみが聞こえた。

「ご、ごめん、夏間近とはいえ夜にこんなとこに、その格好で長居させたら、前みたいに風邪ひいちゃうよな。これ、着て!」

 ジャケットを脱いで渡しかけたところで、そういえばここまで俺は全力ダッシュをかましていた事に気づく。

「あ、やべ、俺の汗でベタベタしてるかもやっぱりいい……」

 脇手に抱え直そうとした俺のジャケットをひしっと掴む遥さん。

 手の力を緩めると、遥さんはジャケットを早々と羽織ってくれる。天使。

 その天使は俯きながら、小さく声をこぼした。

「……もう、私に言うこと、無い?」

「好きです?」

「……そうじゃない」

 ぽすぽすとか弱い拳で俺の肩を殴ってくる遥さん。死ぬ。可愛すぎて。

「隠してる事、無い?」

「えぇ!? 隠してる事……バイトサボってるからお金のかかるデートできない事? 遥さんと一緒に理系クラス行くために最近真面目に勉強してる事? あぁ! 遥さんのドレス姿が可愛過ぎて俺のジャケットを着てもらってようやく直視出来るようになった事!?」

 思わず大声になって問いかけてしまったのだが、隠し事というかこれただの心境暴露だな。

 自分の馬鹿さ加減に相変わらず辟易としていると、目の前の遥さんの表情が珍しくぷくーっと膨れ上がった。

「……ずるい」

「何が!?」

「帰る」

「えぇ!?」

 何が、何がずるいというのか! 詳しく教えて欲しいのにめちゃめちゃ早歩きで歩いて駅の方まで行ってしまう遥さん。

 とうとう何がずるかったのかは聞けずに見送りをしたのだが、不機嫌という感じでは無いみたいだけど……一体何がお気に召さなかったのだろうか。

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