第20話 すんごいものをお持ちで

 壇上に上がり、理由なくペコペコしている、ボコボコにされ、ボロボロの親父を、歯軋りしながら見つめる俺。

 スーツが全然似合ってないのが、隣で微笑むスーツの新垣の親父のせいで一目瞭然なのが情けない。

 妻夫木家は壇上に近いテーブルに強制的に集められているが、余計なのが一人いる。

「自分の父親を睨み過ぎなんじゃない?」

「うっせーボケ喋んな」

「あらあら? 婚約者に対してそんな口の利き方して大丈夫?」

 隣で不敵な微笑みを浮かべているのは、全く身に覚えの無いうちに婚約者になった女である。

「さっき膝から崩れ落ちた女とは思えんな。圧倒的優位に立った瞬間これか?」

 凄んでみせると、うっと、うろたえる新垣ゆかな。

「に、憎しみを私にぶつけないでくれる? この状況は私のせいじゃ無いんだから」

「お前の存在のせいでは?」

「存在すらゆるさないと? キレ過ぎでしょ!?」

 小声で語気を強める新垣。しかしなぁ。

「通常運転なんだよなぁ」

 ぼやいてみせると、新垣はしゅんとうなだれて、ぽしょっと呟いた。

「……私との婚約、そんなに嫌なんだ」

 急にしおらしくなんじゃねぇよ……流石に言い過ぎてるのは認めるけどさ。

 隣の席でがっくりと肩を落とす新垣の肩に、トンと手を置く。

「安心しろ。嫌だぞ」

「何を安心しろと?」

 とどめを刺しておいた。ここで優しくしてしまうから俺は完全に嫌われないのだと思うし。だからぶきおやめないよ。

「そもそもこんな婚約、無しに決まってんだろ。金を融通きかせる為に建前で婚約者とか話になっただけで。親父の発明が既に実用性のある話なら、それに対しての出資に切り替えてもらえばいいんだよ」

 噛まずに言えたせいか多分若干ドヤ顔になっているだろう。

 だが俺の説明を聞いて、新垣はジト目で睨みつけてくる。

「あんたが理路整然とするほど嫌なのね……」

「つーか俺彼女がいるってんだよ」

「その彼女が今この状況をどう捉えるのか、気になるところね」

 新垣の視線の先には生徒会の面々が、何で私たちここにいるんだろうみたいな顔で佇んでいる。

 は、遥さんは……?

 こちらを見ているぅううう!

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

「きゅ、急に何?」

 頭を抱えた俺に、驚いた声をかける新垣。

「物凄く切なそうな顔をしていらっしゃるじゃねーかぁ……」

「そう? 私にはちょっと気の抜けた顔に見えるけど」

「ふっ、俺レベルになるとああいう真顔に見える顔でも、実際は何を考えてるのか分かるのよ」

「真顔……?」

 何故か新垣が納得のいってなさそうな顔をしている。確かに遥さんは、表情が豊かとは言えないが、真顔なのかどうかは分かるだろうよ。

 早くフォローに行きたいぃ〜。愛してるのは君だけと叫びたいぃ〜。どうせ叫べない〜。

 脳内で力不足を嘆いていると、ワッと拍手が鳴り響く。

 どうやら親父と新垣の親父さんの壇上での話が終わったようだ。

「早くおわんねーのかこれ、結局お前の誕生日会っつーか、婚約発表会だったってことなんだよな?」

「……当人感0ね」

「0だ」

「一応言っておくけど、私と結婚したら、この家の後継者になるんだけど」

「ぶっは! 日本トップ企業の後継者? 絶対相応しくないじゃん俺。お前の親父さんどうかしてんぜ」

 思わず吹き出した俺だが、新垣は全く表情を崩さず、余裕で言い放つ。 

「私を育てた父ですけど? あんたを私以上に育て引き上げるに決まってんでしょ」

「……なんか親と仲悪いみたいな話じゃなかったか? めちゃめちゃ親父の事自慢してんじゃねーか」

「そ、それは、てっきり、意に沿わない婚約を決められたと思ったから」

 恥ずかしそうに俯く新垣。あ、ピンと来てしまったぞ。

「お前、あのゲーム買いに付き合わされた時、その婚約とやらの話を聞いてすぐだったんじゃねーだろな?」

 尋ねるとめちゃめちゃ分かりやすくぎくっと新垣の肩が上下した。

 こ、こいつ、もしかしてあの時、両親に見捨てられてる感を出して来たのはそのせいでなのだろうか。ガキ過ぎる! まぁまさに俺も今両親に対してそんな感じだけども! ブーメランだけども!

 真実を求める視線を向け続けると、新垣は観念したように、うなずく。

「えぇえぇ、そうですとも。何か悪い? あんたが婚約者なら掌返して万々歳だもの!」

「開き直りやがった……」

 別に婚約者の話をこいつが仕組んだとかではない為、責めるのもおかしい。あと、婚約者云々で万々歳という感想を抱くのやめて欲しい、二十分前の俺だからそれ。

「仲良いね。兄いと、婚約者さん」

 俺と新垣のやり取りを、ずっと横で見ていた愛衣ちゃんが言った。

「別にそんなんじゃねーよ」

「えー? 兄いと仲良く出来る女の人なんてあんまり見た事ないけどなぁ」

「そういう余計な事を言う口はこの口か」

「いふぁいいふぁい」

 軽く愛衣ちゃんのほっぺたをつねっていると、何故か新垣が俺と愛衣ちゃんを見て震えている。そのまま震えてるがいい。

「あの、どうしました?」

「馬鹿っ、愛衣ちゃん聞くんじゃねぇ!」

 うちの妹は優しいもんだから、震える新垣を心配そうに見つめて尋ねてしまった。

「……いい」

「「は?」」

「可愛いーーー!」

「はぁ!?」

「むぐっ」

 新垣に急に抱きしめられたうちの妹、ドレスで寄せてんのか、わりかし豊かな胸の谷間にインヘッドである。

「こんなに可愛い妹さんがいたなんて。ぶきおにちょっと顔まで似てるし!」

「そりゃ妹だからな」

 こいつ頭大丈夫だろうか。いや、未だかつて、良いとか、悪いとか、残念と思った事はあれど、大丈夫では無かったかもしれない。かもしれなくない。断定出来る。

「妹さん、お名前は愛衣ちゃんっていうの?」

「ふぁい、うぇっと、すんごいものをお持ちで」

 うちの妹が新垣の胸から顔を出して、目をキョロキョロさせておられる。人見知りだからね。人見知りに新垣は怖いと思う。

「すんごいもの? あぁ、この家のこと? ふふっ、この家もいずれ貴方のお家になるから」

「ダブルで違うわ!!」

 凄いというのはおっぱいで、この家は俺の家には決して絶対微塵もならない。

 思わずパーティ中に大声で突っ込む俺を、大広間にいた全員が見てくるのであった。

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