第19話 彼女は神に愛されている。

 一時期はもやしをおかずにもやし食べる生活を送っていた妻夫木家。

 そんな一家に婚約者という存在と縁があるだなんて御伽噺おとぎばなしがあるらしい。

 しかもよりによって、相手があの新垣あらがきだというのが、恐ろしい。

 この世の運命は全部あいつに味方してるんじゃ無いか説……。

 ふざけんなよ……俺ははるかさんとミラクルハッピーデイズを送り続けるんだよ。

 なんて思いながら父を殴る力を溜めていたら、屋敷前のデカい門を出た時に、黒いベンツが一台停まり、何者かが降りているところに遭遇する。

 遅れた参加者が来たのだろうと勝手に決めつけていたら、よく聞く声が背後からした。

「あ、兄ぃ、どうしたの怖い顔して」

 振り向くと何故かそこに妹である。

「えぇ!? 愛衣あいちゃん。何でここに? つーか何だよその格好!」

 何故か妹が、お洒落な黒のシックなドレスに身を包んでいる。

 うちの妹はちょっと体型的にぽちゃっとしているのだが、ドレス効果なのか、肉が引き締まってそれが目立たなく見えて可愛いかも……。口には出さないけど。

「兄いこそ、なんかカッコよくしてもらっちゃってるじゃん」

 そう言う割には馬鹿にした顔してない? してるねこれ。

「俺は望んで無いんだけどな……じゃなくて、何でここにいんだよ」

「なんかパパが凄いことになったの知ってる?」

「知ってる、知りたくなかったけど」

「まぁ、それで急に家族ごと、このお屋敷に呼ばれたんだよね」

「ふーん、ん? 家族ごと?」

 気になる単語の意味が判明するより先に、俺の本能が拳を動かした。

「あ、たか」

「オルァアア!!」

「なんで!?」

 ベンツから降り、俺に声をかけてきたところをすかさず、アッパーを喰らわせ、吹き飛んだのは、マイファザーである。

 妹が目を点にしながら、驚きの声をあげるが、今はそんな事を気にしているべきでは無い。

「おぅゴルァ! なーに自分の息子の知らないところで婚約者とか、訳わからん話にしてくれやがってんだゴルァ!」

「ふぁびょ」

「日本語で喋れヤァ!」

「兄い、多分気絶しかけで喋れないだけだから! てゆうか、急にどうしたの!?」

 愛衣あいちゃんが止めに入るが、この気絶しかけの、タキシードアホ親父を殴って(タキシード+ドアホの略)また目を覚ましてやらないと俺の気はおさまらないんじゃごふぇ!!

「ごふぇ!!」

「邪魔」

 強烈な一撃が後頭部に入ったため、吹っ飛んだらしい俺、相手を見ると、もう何というか、久々にこんなイキイキしてるところを見たっていうくらい、キレッキレのバッチリメイクを施し、グリーンのフィットアンドフレアのドレス。

 しかも、高いヒールを履いて更に脚が長くなっていやがるのは、何を隠そううちのお袋さんだった。

「痛ってぇな。何すんだお袋!」

「車降りる邪魔されたら蹴っ飛ばして退かすだろうが。普通」

 母の的を射た弁明に対して、俺は頭をさすりながら返す。

「そりゃそうだけどよ!」

「いやそうじゃ無いでしょ!?」

 愛衣ちゃんが驚きつつ、ツッコミを入れた理由はよく分からないが、久々の化粧に、久々の蹴り、久々の女王のような振る舞いに辟易とする。

 女王というだけで、まるで誰かさんを彷彿とさせるようだ。

「お袋までそんな格好して来たってことはいよいよマジなのか……」

 俺が絶望していると、妹が小首を傾げる。

「何が?」

「俺がこの世で最も関わりあいたくない女子が、まさかの婚約者だったっていう嘘みたいな話があってな」

「何? 突然。少女漫画の話?」

「いや、ザ・ノンフィクション」

 生ーきてーと脳内で流れる曲。さてさて親父を問い詰めるかとそちらに向き直ると、案の定、地べたに這いつくばる親父が、お袋の椅子にされていた。

「お袋、どいてくれ。そうでなきゃ親父が殴れない」

「仮にも、うちの稼ぎ頭を死なせるわけにはいかないでしょ。普通」

「いや言い方完全に金づるを守る用心棒なんだが」

 慣れたタバコに火を点ける動作を睨んでいると、椅子から日和った声が聞こえて来る。

「た、孝宏。父さんはなんで殴られたんだい?」

「どの口が……てめぇ、金の為に俺をこの家に売りやがったな?」

 指を突きつけて言い放つと、椅子が何か喚き出す。

「金の為に……あぁ、新垣さんのとこの娘さんとの婚約のことか!」

「よし、殺す」

「待ってくれ! 一体何を嫌がる事があるんだ!」

「よりにもよって一番嫌いな奴を、婚約者に選んでくれやがった罪で死刑だ」

「えぇ!? 初恋の女の子なのにいつの間に嫌いに!?」

 驚愕の表情を見せる親父……。

「……は? 今なんつった?」

「だから、お前の初恋の女の子なんだろう? ゆかなちゃんは」

 普通に尋ねてきやがるが……どうして、俺でさえつい最近まで知らなかった事実を……。

「何で親父がそんな事知ってんだよ」

「何でって、母さんから聞いてたから」

「お袋が?」

 ふんぞり帰ってタバコをふかすその人物に視線を向けると、お袋は全く動じた様子を見せずに、口だけ開く。

「あんたをちっちゃいころ三越に連れてった時、遊んでた子じゃない。あんなに好きだったのに、不満なわけ?」

 問われて俺の思考は停止する。が、三秒後に、ぽろっと質問がまろび出た。

「……お袋知ってたのかよ。え、ずっと?」

 質問を受けた当人はふっと鼻で笑った。

「ちっちゃいころ、あの子の事好き好き言ってたでしょう。一休さんのOPかってくらい」

「そんなに言ってねぇと思うんだが……ってか初恋かどうかとかじゃなくて、俺の思い出の子が新垣ゆかなだって、お袋は知ってたのか!?」

「当たり前でしょ。あんたらが遊んでる間、あの子のお母さんと話してんの誰だと思ってんの」

「……知らんかった」

「まぁ、あんたら遊びに夢中だったからね」

「つまりなんだ? お袋はてっきり俺がまだ新垣と仲良くしてるもんだと思ってて、親父にそれを伝えてたと? んなわけねぇだろ! 小学校の時離ればなれになってから会ってねぇんだぞ!?」

「あんたがこの前喧嘩で治療してもらった時、保険証の事で連絡来たから、また再会して仲良くしてるもんだと思ってたけど、違うの?」

「……あ」

 赤ピアスにボコられた時のやーつですな。めっちゃ身に覚えがある件について。

「でも婚約者とか俺の意志とか聞くべきじゃねーのか普通!」

「あんたみたいなのが一体どんな理由でお嬢様との玉の輿に乗りたくないのか是非聞きたいもんだけど」

「……いやだから嫌いなんだってーの!」

 まさかの自分の親にまで新垣と一緒になる事を当然と思われていた事実に、目が回る所存。

 一体どんだけ世界があいつの味方してんだよ。

 神よ、あんた新垣ゆかなを好きすぎでは?

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