第14話 妻夫木くんにそっちの気はないってば。

 これ、完全に拉致らちってやつだと思うんですよ。

 後ろ手に縛られて、目隠しと猿轡さるぐつわされて本人の意志も聞かずに車に引きずり込んできやがって。

 もういいや、抵抗出来ねぇし、寝ちまっていいよな。

 いや、でもここで寝てしまって、起きてみたらマグロ漁船という可能性を考えると恐ろしくて寝れないな。

 家に帰して欲しくば、服従を誓いなさいとか言われそう。

 チッ、新垣あらがきゆかな、なんて恐ろしい女なんだ。

「あ、外すの忘れてた」

 そんな間抜けな声がしたかと思ったら、首元に誰かの冷たい指が触れたのと、同時に柑橘系の甘い匂いが鼻腔をくすぐった。

 すると口の締め付けが無くなり、猿轡を外されたのだと分かる。

「プハッ、お前らこれ誘拐だろ!」

「あんた、これくらいしないと来ないつもりだったでしょ?」

「そーだよ。行きたくなかったからな」

「陣内さんが来るなら行くって言ってたじゃない」

 声に僅かに怒りが混じってるのが、思った通りの反応だなぁと、少し笑えてくる。

「残念、来れると言っただけで、行くとは言ってないんだこれが……あと、目隠しと腕の縄も外してくんない?」

「サプライズを用意してるから、それまでは我慢しなさい」

「おい、既にこの状況がサプライズだぞ」

「楽しんでもらえて何よりね」

「驚いてるだけなんだよなぁ……」

 俺の不満不平は何処へやら、まったくもって反応されることはない。こいつ、こんなんで俺に好かれる気本当にあんのか。無いだろ。俺が新垣の立場だったら、もっと優しくして惚れられるように努めるけどな。アレかな。惚れられるより、将来的に惚れなきゃ死ぬ状況にするから、別に俺自身の好感度は気にしてない的な?

 銃突きつけられて、私と付き合うか、死神と付き合うか選びなさい。みたいな展開をいずれやるのでは?

 あり得るよね。この女ならね。好きな人拉致してくるような女だもん。よーし、となると俺が用意するものは一つである。

「さて、どんな服を見繕うかしらね」

「防弾チョッキ、だな」

「あんた頭おかしいんじゃ無いの?」

 頭がおかしい呼ばわりされてしまった。顔が見えないのに絶対呆れ返ってる顔である確信が持てる。なんだよなんだよ。パーティに防弾チョッキ着てきて何が悪いというのか……はい、多分見てくれとか、着てるやつの頭とか色々悪いですね。

「俺は着せ替え人形じゃねーから、適当に選んで……え、因みに服ってどこで選ぶつもりだよ」

 尋ねると、はぁ? と理解しかねるといった声で新垣が続ける。

「買うに決まってるじゃない」

「え、いやいや、そんなのしてもらう義理無いぞ。家に戻せ! 親父のヨレヨレスーツなら多分なんとかあるはずだ!」

「貸しがまた増えるわよ。やったねぶきお」

「何も良くねー!! お前マジで鬼か!! お前みたいな金銭感覚がトチ狂ってる女に、服なんか見繕ってもらったら、俺はいくら使わされるんだよ!?」

「あんた、お金に関しては本当にシビアね」

「普通はシビアになるんですー! お嬢様には分からんだろうけどな!」

「そうね、圧倒的弱者の気持ちは分からないわ」

「えー圧倒的、弱者とまで言います?」

 人の心を分かる人間でありたいよね!

 まぁ、俺も人をボコボコにしてる時、貧弱貧弱ゥ! とか言ってたころもあるけど、それとこれとは話は別ってことにしておこう。

「お金は私が払うわよ。ま、誕生日プレゼントね」

「いや、俺誕生日十二月十三日なんだけど……。今日ってええっと、六月十一日だったか? カスリもしてねぇぞ」

「じゃあ誕生日の半年と二日前プレゼントって事で」

「それはもう何でもない日のプレゼントだな」

 返事がない、ただの金持ちのようだ。

 哀れな女性の部類の一つに、貢ぐ女というのがあると思うけど、こいつ絶対貢ぎグセあると思うんだ俺ぁ。ただ、プレゼントに想いとかそういうのを込めないで貢いでくるので貢ぐセンスが無いと思われる。貢ぐセンスって何だ。

 一人脳内ツッコミで忙しくなっていたら車がギアがバックの音を鳴らして停まった。

「着いたわ、きて」

「え、車で着替えんの!?」

「そんなわけないでしょ、こっちに来てって言ってんの馬鹿なの?」

 きてって言うから……、着てだと思うじゃんわいな。

 にしても俺目隠しに腕縛られたまま服着替えさせられるのかしら? 無理じゃない?

 車を降りて、胸ぐらを掴まれたまましばらく歩いたら、前の方からおっさんの渋い声がした。

「やぁーん。ゆかなちゃん。今日もキマッてるわねー」

 オネェ口調!? リアルにオネェとか初めて会うんだが!?

生瀬なませさんも、相変わらず綺麗ですこと」

 全く意に介さずに話を合わす新垣。どうやら知り合いなのか? てゆうか、俺もオネェ見たい。

「その子をかーっこよくしちゃえばいいのねん?」

「えぇ、もう、やりたいようにやってください」

「ヤリたいように!? なんか言い方もうちょいあるだろう!?」

 俺の叫びに、渋い声が小さく聞こえた。

「この子、面白いわね」

「でしょう?」

「でしょうじゃねぇよ!?」

 パッと首元が一瞬楽になった。恐らく新垣が手を離したのだと思われたのだが、むんずと、今度は肩を物凄く強い力で掴まれた。

「じゃあ、あなたをこれからとーっても、クールなセクシーボーイにしてあげるからお姉さんに着いてきてねん」

 耳元でおっさんに優しい声で囁かれる恐怖!!

「……あ、新垣、た、助け」

「いってらっしゃい」

 アイマスクで見えはしなかったが、奴のことだから多分、満面の笑みだった事は言うまでもなかったと思う。

「嫌だあああああああああ!!!」

 俺は成すすべもなく、その感じたことのない逞しい強い力に引きずられて、何処かへと連れていかれるのであった。

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