第52話 急転直下とは悪い意味とは限らない(PV10000越え感謝投稿)

 大きめのテーブル席、自身の重ねた手の甲を枕に、テーブルに対して突っぷすようにして、天使のような寝顔で眠るはるかさん。

 体温計みたいなものはないが、さっき抱き抱えた時から察するに高めの熱がある。

 取り敢えずスポドリを飲ませてから休ませているが、もう帰った方がいいだろう。

 次、遥さんの目が覚めたら、遥さんの家族に迎えに来てもらうようにしよう。

 俺は取り敢えず静かにしよう。音立てないように勉強するくらいならいいかな。

 昂輝こうきのお陰で、多分どの教科も六十点くらいは取れる程度には済んでいる。最近寝ずに勉強してたし。物理と英語だけは金曜まで相変わらずさっぱりだったが、今は基本問題丸暗記したし。平均よりちょい下くらいならいけるはずだ。

 と、今までならそれだけでも大成果だったわけだが、生徒会の中じゃ、落ちこぼれの元ヤン忠犬ブキ公が、望まずとも俺のステータスなわけで、部活めっちゃ頑張ってきて、後輩にしっかりと慕われ、今度は生徒会にまで入った女の子の隣には全くもって相応しくない肩書きだ。

 だから今回は勉強で頑張ろうと思った。見た目通りに頭が悪いなんて言われない為に、一つずつ周りの目を変えられるように。

 そうすればいつか。

 いつかこの子の隣にいても……おかしくないような……。

 …………。

 ………………。

 ……………………。

「孝宏くん」

 優しく俺の名前を呼ぶ声がした。

 あの時、優しく、傷の手当てをした時の同じ声の君に。

「遥さんに相応しい男になりたい」

「え?」

 とまどっているかお。かわいいかわいいはるかさんのかお。

 おれのほうにてをのばして、どうしたのだろうか?

 …………は?

 いや、あれ、今俺何してた? えーっと、寝てたね。これね、勉強の最中にね。

 ノートにちょっとよだれついちゃって汚ったね。

 ほんでね、目の前でね、遥さんが俺を穴が空くほどしっかり見つめているね。

「……孝宏くん、今の」

「……えーっと。あの、そうだな。告白……だな」

 言って……しまった。

 言ってしまったあああああああ!!

「…………」

 熱で弱ってる人間に対して完全に意味不明な言動!

 そりゃ、そういう顔になるよね。鳩が豆鉄砲食らった顔になるよ。うん、そう、そんな顔も大好きだけどさ!

「ちょっと待ってくれ。断るのはちょっと待ってくれ。違うんだ。今告白しようと思ってたわけじゃなくて、勉強とか、生徒会とか、色々頑張ってからだな!」

「良い」

「いいや! 言い訳させてくれ! 俺はこれから遥さんが、隣を歩きたいと思うようなカッコいい男にですね!」

「そうじゃなくて」

 遥さんは、俺の顔に残ってる傷に触れそうで触れない位置に手を持ってきて、俺の意識を完全にその瞳へ持って行かせる。

「良いの」

「……いいって……何が?」

「告白の答え」

 遥さんがこちらを見つめ返しながら、はっきりとそう言った。

 はっきりとそう言った!?

「え、つまり?」

「私、もう孝宏くんの彼女?」

 その尋ね方、超かわいいんですけど。

「えええええええええ!?」

「驚き、過ぎ」

 顔を赤くしている遥さん、熱のせい? 俺のせい? 分からないが、抱きしめたくなっちまうくらい可愛いので心臓に悪い。

「いやだって、俺だよ!?」

「……うん」

「いいの?」

「良い」

 ……うわーなんだこれ。スッゲー泣きそうなんですけど。てゆうか泣いてんじゃないかなこれ。

「あ、あ、ハンカチ今日、あ、孝宏くんの」

 慌てふためいてさっき渡したハンカチを握りしめる白く細い指。

「いいやいい! そんな遥さんが使った後の物を、俺みたいなのが涙拭いちゃダメだから。ぐへー何で泣いてんだ俺気持ち悪ぃー」

 目元をゴシゴシと拭って視界をクリアにした。うん、夢じゃなさそうだなこれは。

 と、取り敢えず落ち着いて深呼吸して。

 そうだ、遥さんは熱が出てるんだから、今日は帰さないとだろ。

「え、えっと、今日は遥さんも体調悪そうだし、テストに影響出ちゃまずいだろ? お家の人呼んで帰った方がいいと思う」

 俺が言うと、遥さんは目線を下に、申し訳なさそうに口を引き結ぶ。

「……ごめん。今日、私のせいで勉強が中途半端に」

「いやいや、なんというかその、俺の方こそ体調崩してたの気づけなくてごめんなさいっていうか……あの、本当にこんなんだけどいいの?」

「良い。孝宏くんが良い」

 そんな短い言葉を、熱を込めて言ってくれたのが、嬉し過ぎた。

 ……あかん、涙腺が決壊するアラームが鳴ってます。まずいねこれ。

 だが、涙腺決壊アラームより先に鳴ったものがあった。

 というか腹の鳴る音が惜しげもなく披露された。もう死にたくなった。いや今死なない、死んでも死なない(矛盾)。

「あの、孝宏くん」

「ご、ごめん、もう十四時だからさ、腹鳴っちゃって、あー、気にしないでくれ。大丈夫だから大丈夫だから」

 もう何が何やら自分がカッコ悪過ぎてパニックになっていたのだが、遥さんはいそいそと自分のバックパックから、ピクニックバスケットを取り出した。

「孝宏くん、ごめん、またサンドイッチなんだけど食べれる?」

 俺はその言葉から、ようやく朝のコーヒーショップでの、彼女の反応の答えを導き出すのであった。

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