第32話 色々あったということで。

 俺は急いで先ほどの席まで戻って、ハンカチを持って新垣あらがきに渡す。すると本人が涙を流しながら今の状況を把握出来てないようだった。

「うわぁーあん……ゔぇ?」

「何もそんなガン泣くこたねぇだろ! ほら、ハンカチ使えって」

「ぐすっ……何でハンカチなんか持ってんのよ」

「何処に怒ってんだ……まさにこういう時に使う為に、男がハンカチを持たないのは罪なんだぞ。知らねーの?」

「クッサ! 何それクッサ!! ゲッフォゲッホ!」

 ハンカチを使用しながらも、泣き過ぎて咳き込み出した新垣。

「おいお前それだと俺のハンカチが臭いみたいになっちゃうだろ!! セリフがクサイってちゃんと言えや!」

 俺が映画のロバート○ニーロのかっこいいセリフを言ってもただただクサイらしい。辛い。ちゃんとレ○ア使っていい匂いのハンカチだもん……。

 しばらくは新垣がひっくひっくと、酔っ払いのしゃっくりみたいな、泣き声が止まらなかったが、5分ほど経ってようやく落ち着いたのか、一緒に席に座ってる俺に、話しかけてきた。

「……何で……戻ってきたの?」

「ガン泣きしてる女放っておいて帰るほど薄情じゃ無いんでね」

「やめてよ、私が本気で泣いてまで、あんたを引き止めたみたいになってるじゃない」

「いやまんまそんな感じだろーが! ったく、逆にお前は何でそんな泣いたんだよ」

 聞くと、しゅん、とうな垂れた新垣、ちょっと叱られた犬みたいで可愛いとか思ってない。断じて思ってない。

「別に言いたくねーんならいいけどさ。じゃ、ほんと帰るぞ俺」

「……本当は今日、あの時のことを謝りたかったの」

「はぁ?」

 席を立とうとした俺の脚への命令に急遽キャンセルが入った。

 意味が分からなくて言葉の続きを待つ。

「……あの日私が行けなかったのは、その、あんなに酷いことを、好きだった人に言っちゃってた事実にまず絶望しちゃった事がまず一つ」

 酷いこと、あぁ、新垣を助けに行った時の事か。

「……やめなさい、才原さいはら、彼なりの精一杯の皮肉なのだから」

「それあの時の私の真似!? やめて、謝るからやめて!」

 涙が出た目元よりも顔を真っ赤にして新垣が言う姿を見て、さっきまでこいつに怒ってたのが嘘のように、おかしく笑えてくる。というよりいっそ化けの皮が剥がれて哀れだ……。とか思ってたら、ぐっと堪える表情で新垣が口を開く。

「根に持ってるとかちっさ!」

「あぁ、持つね! 俺の根は縄文杉より長くふってぇからな!! もう逆にデカイレベルだからな!!」

「子供の反論か! あんたがそんなんだからちゃんと謝る気が無くなるんじゃない!」

「おーそうか、そんなに謝りたいのなら謝らせてやろう。さぁ、新垣くん、存分に謝りたまえ!!」

「この空気で謝れるかぁ!!」

 何故か俺も新垣もぜぇぜぇと息を乱していた。息乱すほど口論するて……。

 新垣もそんな事実に疲れと、空虚さを感じ取ったのか、大きな大きなため息を一つ吐いてから、俺に言った。

「二つ目は、あんたじゃありませんようにって思ってたから、閉園まで粘ってたら、やっぱり誰も来なくて、それで、意を決して話しかけようと思ったタイミングで、屋上遊園地の管理人さんがあんたに閉園のアナウンスしてたから、出るに出れなくなっちゃって、しかもあんたそそくさとエレベーター乗っちゃうし……。茫然自失としてたら追いかけるの忘れちゃうし」

 言い訳を聞いて5秒後。俺の出した結論。

「……さてはお前……頭が良いだけで馬鹿だな?」

「なん……そうよね、もう馬鹿だわ。馬鹿でいいわ」

 疲れたのもあって諦めちゃった新垣さん。へへっと自嘲気味に笑っておられる。

「まぁ、事情は分かった。で、じゃあこのプレゼントってのは」

「お詫びの品のつもりだったの。あんたにあげるんだから、あんたが欲しいもん買いに行くべきでしょ?」

「そりゃそうだろうけどよ」

 不器用過ぎる……謝り方も事情説明に至る経緯まで……。

 けどそれは俺がこいつから話を遮って聞こうとしなかったせいでもあるわけで。

 その事と、こいつの不器用さが、今の怒りやあの日に待ってた時の悲しみを薄めたのは事実だ。

 けれども。

「別に俺もお前も、今もお互い好きなわけでもねーしなぁ」

「え?」

 声のする方を見ると、新垣ゆかなはぽけーっとした顔をしている。

「……え?」

 その顔に対して俺は多分ぽけーっとした顔をしている。

「「え?」」

 そして、また重なる母音。その意味に気づくまで、お互いあと5秒なのである。

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