第33話 あの時、話しかけていれば。

 まさかのまさかがまさか起きる事がそう何度も起きていいのだろうか?

 そういや買い物の時とかこいつ、まだその男の事好きってていで話進めてたような……っつーかそれ俺の事らしいけど。え、あ、何? 今俺こいつにまだ惚れられてるってこと?

「いやいやいや、だって俺だし! そんな事あるわけねーじゃんな!?」

「な、何でそんな冷や汗かいてんの」

「いやだから! お前がまだ俺の事好きとかねーじゃんな!!」

 ねーじゃんな……ねーじゃんな……ねーじゃんな……と屋上でこだまが響いたような気がしたのは気のせいか。

 周りの視線も大分痛い。というかなんかアウェイな気がする。なして? なしてお前マジ空気読めしみたいな顔でおいどんを見ると?

 俺が戦慄していると、新垣あらがきは、そんな俺を見てながーいながーいため息を、もうそれはそれは周りの方にでも見せつけるかのように吐いてみせた。もう吐き吐きだった。

 ここは下手したてに出て、へりくだりまくろう。俺の持ちうる、全力で!!

「あ、あのお嬢様。とりあえず、なんかその、今までの自分のデリカシーの無さを謝るべきところだとは思うのですが、俺自身がお嬢に惚れられる要因が見つからなくてですね、ほぼ負けなしの喧嘩強いお人がお好きなのでしょうか? もしくはグレてたのに生徒会会計をやってるギャップ萌えとかですか?」

「変なところで自信満々なの凄い腹立つんですけど!」

 馬鹿な!? 俺的に大分へりくだったというのに!! 何故烈火のごとくキレてるのだこいつは!?

 そしてまたながーいながーいため息をつかれたので、もう黙る事にした。多分正解だったのか、新垣はポショりと呟く。

「馬鹿なところ」

「え?」

 耳を疑うと、新垣は続けざまに俺に対して言葉を紡ぎ続ける。

「誰かの為にボロボロになれる優しいところ。私に対して本気で思った事を言うところ。口喧嘩しても終わったらなんかそれが心地良かった思えるところ」

「おい、どうした?」

 尋ねると、新垣はその強い眼力でこちらをしかと見る。

「そんなところが嬉しいって思ったら、それは、好きって事だと思うんだけど」

「っ……」

 気圧けおされかけるほどの真剣な表情。いつも新垣が誰かに向ける顔ではなく、俺だけに向けた真摯な有りように、俺も思わず息を呑んでしまう。

 でも、それでも俺は。その真摯な告白に、こう答えるのだ。

「悪い、俺、好きな子がいるんだよ」

 告げてしまった。本気で思った事を。

 彼女の真に望む答えは俺にとっては嘘になってしまう。それは間違いなく、彼女の為にならない。

 俺の言葉に一瞬目を大きくしたのち、新垣はゆっくりと目線を下にやる。

「知ってるわよ。見てたら分かるもん」

「何!? マジか!?」

「仲良いし、ずっと一緒にいるの見てるから、そうなんだろうなとは思ってたけど」

 お、おぉ……そうなのか。俺とはるかさん、第三者から見ると仲良く見えるのか。確かにここのところ、休み時間もずっと一緒にいたし、そう見えて仕方ないのかもしれない。完全勝利なのかもしれない。

「けど、まさかこの私がフられるとは。出世したものね」

 デーン! とSEが鳴りそうな椅子に踏ん反り返る姿に、思わず突っ込む。

「ドチャクソ生意気だなお前……完全にフッてる側の態度だぞ、悔い改めろ」

「大丈夫、こういう態度あんたにだけだから」

「改めろぉ……」

 呟きがちょっと懇願してるみたいになってしまった。

 新垣はふっと可笑しそうに笑ってから箸で残りの弁当をもくもく食べ始める。なんだろこれ。もう帰れオーラかな。俺もよく漫画読みながらやるけどそれ。眺めていると、新垣は手持ち無沙汰状態の俺に言う。

「どうせなら食べてよ。美味しかったんでしょ?」

「え、い、いいのか?」

「まぁ、あんたの為に作ったんだし、私が食べるんじゃなんかね」

「なんかさっきから俺のハートがのこぎりで削られていくようなんだが、わざとか? その言い方はわざとなんか?」

「あったりまえでしょ!? フられたんだからこんくらいの意地悪許しなさいよ!」

「あ、とぅす」

「死ね」

 朝のシミュレーションがフラッシュバックした。凄い、表情声量1ミリもズレがない。強いて言うなら怨念がなんか7割り増しな気がするだけだ。

 黙々と食事をする俺たち、そういえばこいつに謝らなければならない事があるなと思い返す。

「告白してもらったから言うけどな。お前さっき、髪の毛が金髪になったのを、昔の俺が大事にしろって言ってくれたからって言ってたけど、それ違うぞ」

「……どうゆうこと?」

「俺が大事にしろって言ったのあの時渡したリッピーの人形だから。髪じゃないの。ごめんね」

「……はぁ、私の初恋残念すぎる」

 もうなんか精根尽き果てた顔をしてる金髪美少女。うん、なんかもう本当にごめんなさい。本当心の底から申し訳なく思ってるんだけど、この最後の唐揚げもらうね。うめーから。

「だからよ。その髪はお前の今までの頑張った証で、俺の無責任でちっぽけな言葉でなったもんじゃない」

「え?」

 唐揚げをもしゃもしゃ口にして飲み込む。いや本当ウメェ。

「だから、今まで以上に誇っていいと思うぞ、あの頃自信持てなかった分、いっぱいな。良かったよ。お前が見た目に自信持てるようになってて、それがすげー心配だったからな」

 水筒のお茶を分けてもらって一杯飲む。高級玉露かしら……渋みが素敵……。

「……心配してたわけ? ずっと?」

「あん? そりゃそうだろ」

「ふーん……」

 お茶を飲み干すと、何故か新垣は顔を逸らしていた。

 どうしたのだろう。腹でも痛いのだろうか。最後のアスパラベーコンも食べていいのだろうか。

「あの時……れば……」

 ボソッと新垣が呟く。

「ん? レバー?」

「……ぷっ、何それ。なんでもない」

 新垣は困ったような顔で笑って、それ以上は何も言わず、俺に弁当の残りをすすめたのであった。

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