第31話 我慢出来なくて。
新垣ゆかなが俺の初恋のあの子だった?
そんなバカな。あるはずがない。俺はそうであるはずがない根拠を思いつく限り挙げていく。
「あ、あいつは目が黒かった。大きな黒目してたぞ? お前みたいな金色の目じゃなかった」
追及すると、新垣は小さなため息をついてから、
「……カラーコンタクトをしてたの。あの頃から」
「はぁ? 何でだよ」
「あの頃は周りの人達にただでさえ髪の事で馬鹿にされてたから……目でも馬鹿にされないようにって、親にお願いして買ってもらったの。髪の毛は子供の頃から染めると傷んじゃうから許してくれなかったけど」
「あ……」
そうだ、記憶の中の彼女は、出会った頃から、自分の見た目が周りと違う事に対し、凄く自信の無い子だった。その理由は激しく過去の彼女と合致する。だが……。だとしたら。
「いや、だとしても、お前来なかったじゃねーか、ここの屋上庭園が無くなる日、俺はずっと待ってたんだぞ!?」
俺が叫びをあげると、屋上庭園に来ていた人数人がこちらを一斉に見た。
どうやら、俺も思ったよりヒートアップしてしまっている。
「だって……」
わなわなと震えて視線を下げる新垣。
「あん?」
「だって! 行ってみたら、あんたが待ってたんだもん! あれだけ馬鹿にしまくったあんたが!!」
「……はい?」
こちらも俺と変わらぬ声量で吠えて来やがるのだが……どうゆう事だ?
「あの日、ここの閉園が決まった日、私もちゃんとここには来た。けど、私が想像してた同年代の男子はいなくて、代わりにいたのが……」
「俺だった?」
「そう、だって……まさか、まさか自分のすっごく好きだった人が、あんだけ馬鹿にしくさったDQNヤンキーだったとは思わないでしょ普通!!」
そこで、話しかけるなと言ったはずなのに、ここのところ俺にやけに話しかけてくるようになった理由も納得がいった。こいつ、俺の事を探っていたのだ。
「お、俺だってあんなに優しくて超絶可愛かった女の子が、まさか友人を学園生活から脱落させる性悪女になってるとは思わんわ!!」
「はぁ!? それは
強めに言い返すと、新垣はここにきてようやく周りからの視線に気づいたようで、コホンと席を一つしてから、俺の胸ぐらから手を離し、椅子にちょこんと座り直す。
「私はもう、昔の私じゃない。誰かからの悪意に、惨めに泣くことしか出来なかったあの頃とは」
物暗い顔で溢す言葉には、実感がこもっていた。だからこそ俺も思ったままを言葉にする。
「……ふーん、ま、そりゃ7年経ちゃ、変わることもあるだろうよ。でも、俺の知ってるあの子は、自分でした約束を破るような子じゃない。だから、お前はあの子じゃない」
「だから、私はあの時の……」
「それに、あの頃と違うんなら、俺とお前、もう仲良くする必要も無いし、お前だって、別にあの頃の俺が好きだっただけで、今の俺の事は馬鹿にしてんだろ? 実際さっきそう言ってたしなぁ!」
言い訳しようとする彼女の言葉を遮り、俺は気持ちをぶつける。そんな俺に新垣は目を離せなくなっているようだった。
唇を一度引き結び、数秒の間の後、彼女は口を開く。
「そうね、そうよね」
ニッコリと笑う新垣。
ほらな、やっぱりそうなんだよ。
屋上庭園の最後の日、閉園時間まであの子が現れなかった時点で、あの子が言ってた運命なんて言葉はまやかしになったのだ。
だから、今の俺たちは、
お互いが好きになった人物は、もういないのだ。だから。
「……帰ろうぜ。もうソフトクリーム食う必要も無いし、気分でもねぇだろ」
「えぇ、そうね」
残った弁当を眺めながら、新垣は呟く。俺は自分の使ってた箸を片付けようとするが、新垣が俺の手を掴んで制止して、箸を受け取って用意していたポリ袋に入れた。
「私はここでもう少し残って残りを食べていくから……妻夫木は先に帰って」
「……分かった」
俺はそれ以上何も言わずに立ち去ろうとした。
「待って、持っていってよ、これ、邪魔なんだから」
新垣が指さすのは例のプレゼント予定だったPS4のセット。
「いや、いらねーよ。返品でもして来いや」
俺がそう言って、エレベーターの方まで歩き出したその時だった。
「ふっ、ぐっ、うぇぇん、うっ、ええええん」
女の子の泣きじゃくる声が後ろから聞こえたのである。まさかとは思い、俺は振り向いたのであるが、そのまさかがまさかまさか起きるとは思っていなかったので驚愕せざるをえない。
そう、なんと、先ほどの席で、新垣ゆかなが人目も気にせず、空を仰いでもうめっちゃ引くほど嗚咽していたのであった。
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