第30話 あの日あの時あの場所で

 屋内の休憩所スペース、白いプラスチック製のガーデンテーブルと、同じ色のガーデンチェア。

 俺たちはそこに座り、昼食を取ることに。

 新垣あらがきのトートバッグからはテーブルクロス、水筒、2段重ねの弁当箱が出てくる。

 ヒラリとテーブルクロスがテーブルを覆うのだが……。

「いや、リッピーのテーブルクロスて。趣味全開だな」

 テーブルクロスには所狭しとブッサイクなティラノサウルスがプリントされていた。

「何よ。好きなの。悪い?」

 ツッコむと、新垣が恥を、睨むことで誤魔化そうとしている。俺は別にそれを弄るでもなく、ただただ笑ってしまった。

「いんや、場所もあってちょっと面白かっただけ。いいんじゃねーの。リッピー好きでも」

「場所ね……」

 新垣が弁当を広げながら、一人納得するように呟く。あれ、場所の事突っ込まれるかと思ったが、興味が無いのか。

 考えている最中、露わになった弁当の中身を見て、俺は数度瞬きした。

 中身が特別豪華だった! とかじゃなく、そのあまりに綺麗な色味や、出来栄えに感激したのである。

 唐揚げは若干衣が厚めで、焦げ目の色から察するにどう考えても冷凍ものではなく、卵焼きも宝石のように黄色く輝き、ほうれん草の煮浸し、千切りニンジンと豆とツナのサラダ、アスパラベーコン。待て待て、これは美味い。見てくれだけでここまで美味そうなの作れることは感激に値する。

「す、すっげー美味そうだな」

 漫画みたいなよだれが一瞬出かけたので、思いっきり唾を飲み込むと、新垣がニヤッと笑った。

「この私の作ったお弁当だもの。その辺の有象無象うぞうむぞうが作る弁当より美味しいに決まってるじゃない」

「いや、有象無象て……え、これ手作り? 嘘だろ? 完全に見栄張ってるだろ? わたしぃ〜、お嬢様だけどぉ〜、料理も出来ちゃう凄いお嬢様なのぉ〜、かっこ全部料理人に作らせたけどぉ〜かっことじって感じだろ?」

「その腹立つ声の出し方、私の真似ですか?」

 あ、青筋立ってますわ。ブチ切れてますね。

「てゆーか料理が趣味ってのは、噂とかで聞いてたけど、ここまでとは……。お嬢様って普通自分で料理しないんじゃねーの?」

「普通はしないんじゃない? けど、人の作る料理より、自分で作った方が美味しいもの。栄養バランスとかも考え易いし」

「どんなお嬢様だよ……」

 きっとそれなりのお抱えのシェフとかいるだろうに、立つ瀬が無ぇなそれ。

 このクオリティで毎回学校に弁当持ってきてたら、そら男子は惚れるし、女子は嫉妬や尊敬するわな。

 感心していると、新垣は被っていたタムを脱いで、横流しに纏めていた長い金髪が全部露わになる。

「髪綺麗だなぁ」

「それはどうも」

「褒めてんぞ、一応」

「事実だもの」

「おっふ」

 自信が満々しておられる……。思わず吹き出しそうになってしまった。

 しかしそんな俺の笑い方が気に入らなかったのか、新垣は割箸を俺に渡しながら、口を開く。

「小学生の時はちゃんとした金髪じゃなくてね、でも手入れとかしっかりしてたら、中学の途中ぐらいから少し色が抜けて、こういう色になったの」

「はぇー。人類の神秘だな」

 色が抜けても白髪になるだけの日本人にとって、そんなエピソード縁もゆかりもない話だ。だが、話はそこで終わらなかった。

「この色になった時、ある人のお陰だと思った。変な色の髪だった時、そんな髪の事、大事にしろよって。言ってくれた人がいたの」

 優しい微笑みだった。俺の知る中で一番朗らかで、温かみのある、新垣ゆかなの微笑み。

 ともすれば、彼女を全く知らない人間が見れば、天使だとか、女神だとか、そう騒いでもおかしくない、そんな、そんな綺麗な微笑みだった。

「そいつが……好きな人?」

 直感的にそう思った。あの悪魔のような顔を平気でやれた女が、こんな笑顔にする事が出来る人物ならばと。

「食べよっか」

 新垣は答えずに、今度は困ったような笑顔を浮かべて、箸を動かす。

 それ以上は突っ込むなというサインである事は明白で、この女に興味がなかったどころか、嫌悪感しかなかったはずの俺が、どうしてその事が気になるのかも分からない。

 俺も貰った割り箸で、彼女の作り上げたお弁当をつつく。

 どれを取ってもやはり、見た目通り素晴らしい味で、一つ一つに「美味い」と、告げると、新垣は満足そうに一つ一つに「そう」と返してくる。

 弁当を半分ほど食して、俺は先ほどとは関係ない質問でこの変な空気をどうにかしようとした。

「そういやさ、何でわざわざこんなとこで飯食べたかったんだよ。名古屋駅の方がまだ綺麗でおしゃれなスポットで弁当とか食えるだろ」

「……思い出の場所だからよ」

「は? ここが?」

「そう、思い出のここで、私の大好きな人と、私が作ったお弁当を一緒に食べたかったの」

 その言葉の意味に気づきたくなかったのは、色々と信じたくなかったからだ。

「お、おいおい、俺らもう半分ぐらい食べちまったぞ。ちゃんと残さないとその好きな人とやら食べれねーじゃねーか!」

 叫んだ言葉に、彼女は怒ったように俺の胸ぐらを掴んで言い放つ。

「もう! ここまで言ってもわかんないわけ!?」

 分かっている。分かってしまった。だってあの笑顔は、俺が好きになった弱虫で優しい女の子が、大きくなったらあんな笑顔を浮かべそうと、思ってしまったから。

 俺が面食らっていると、新垣は落ち着けるように一つ深呼吸してから、俺に告げる。

「この後にソフトクリームを食べるでしょ? 

「……嘘だろ?」

 俺とあの子だけが知っているはずの、帰る前の決まりごとを、新垣ゆかなが知っていた。

 俺のこの世で一番好きになった女の子は、俺がこの世で一番嫌いだと思った女の子になっていたのだった。

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