第29話 思い出の場所。

 さて、買い物が早々に終わったところで、俺たちはといえば、何故か名古屋駅を離れ、二人並んでバスに乗っている。

 経緯から説明するとこうだ。

「これから行きたいところがあるから付いてきて」

「えぇー買い物終わったんなら飯食って、もう帰りたいんだが」

 ソフマップのレジにいる間も、帰りがけに食うラーメンの事しか頭になかった俺に対し、あんまりな仕打ちである。

 睨んで言ったら、新垣あらがきは持っていたトートバッグを、指さして告げた。

「お弁当作ってきたから、そこで食べたいんだけど」

「YOU! 一人で食べに行っちゃいなYO!」

 渾身のジャ○ーさんをかますと、新垣は冷めた顔から、ニッコリと作り笑顔を浮かべる。

「二人分作ってきたんですけど」

「……は?」

 耳を疑って思わず聞き返すと、新垣は再度告げる。

「あんたの分も作ってきてあげたの。タダ飯、万々歳ばんばんざいでしょ?」

「な、何が狙いだ。やっぱりマグロ漁船だな」

「別に気まぐれな施しというか……そもそも普通女子の手製の料理なんて喜ぶところだと思うんだけど?」

「どっちにしろ俺は施しは受けねぇ」

 ふっ、この俺を誰だと思っていやがる。元最強のツッパリくんよ? カツアゲで奪うとかならともかく、無駄に借りを作るような真似をするわけ。

「昨日の治療費……」

「全力でお供させてくれ」

 俺は恥も外聞も捨てて綺麗な綺麗なサムズアップを彼女に見せつけた。というかいつのまにか施しも受けてた。プライドもクソもなかった。

 そんなやり取りの末、俺はPS4を持たされながら、彼女の隣に座っている。

 バスは空いていたので、俺は何も考えず後ろの二人席の窓際を取り、他にも空いていたし、新垣は離れて座るかと思ったが、ふっつーに隣に座ってきた。ははーん、こいつさては俺がPS4を持ってそのまま質屋に駆け込むと思っていやがるな? 安心して欲しい。どうせなら質屋に売らず、そのまま借りパクするのが元ツッパリの生き様である。やらんけど。

「で、どこ行くんだよ」

「栄」

「栄で持ち込みで飯食うとこあんの?」

「いいからついて来て」

「ハイハイ」

 なんか変な緊張感が、新垣の表情や言葉から伝わってくる。ピリピリしたムードは話しかけてくるなとでもいうようだ。

 理由も目的も分からないまま、四つの駅を辿ってから、栄に辿り着く。

 相変わらずビルばかりの建物が立ち並び、人波も若々しい。

 名古屋で若者達が買い物したりするのは、名古屋駅より多分栄の方が多い。

 交通の便に関して、地下鉄の環状線が栄を通ってる事も(名古屋駅は通ってない)理由の一つに挙げられると思う。

「こっち」

「へいへい」

 お嬢に連れられ、かなりの人混みの中、しばらく歩くと……おい、ここって。

「三越? また買い物か? 弁当食うんじゃねーの?」

「そう、ここでね」

 三越は誰でもご存じな通り有名な大型百貨店であり、俺と初恋の女の子にとっての大切な場所だ。いや、大切な場所だった……が今になると正しいのだが。

 新垣は三越に入って迷う事なく、エレベーターの方まで歩いていく。

 こいつ本当どこで飯食うつもりなんだろ。

 大人数が乗れるエレベーター、1階から乗る人は多く、俺たちも少しぎゅうぎゅう詰めになりながら入る。

 すると、新垣は小さく一呼吸置き、Rのボタンを押した。

「え、屋上? 屋上って今工事中じゃ」

「とっくに終わって今は広場になってるの」

「よー知ってんな」

 ぎゅうぎゅう詰めのせいで、新垣の顔が近い。はえー、いつ見てもフランス人形さんみたいな顔してんな。いや全くもって好みじゃねーけど。

 すると、新垣がジト目でこちらを睨め付ける。

「何見惚れてんの?」

「ハハッ、笑止」

「笑止!?」

 そんなやり取りをしていたら、一緒に乗ってる人たちからクスッと笑う声が聞こえて、新垣の顔が少し赤くなる。ぷーくすくす、笑われてやんの。俺もだけど。

 数人ずつ、階を昇る事に降りていき、エレベーターに残るは俺と新垣だけ。

 久し振りに訪れる事になるあの場所に、俺はどんな感傷を抱くのだろう。

 扉が開き、景色が目に焼きつく。

 あぁ……そっか、本当にもう無くなっちまったんだな。

 屋内の休憩所は寂れつつも、そのまま。だが、そこに昔懐かしいアーケードゲーム達が立ち並ぶ姿は無く、何よりも、屋外のただ殺風景な景色の中にオブジェとして残った屋上観覧車とカンガルー像が、余計に虚しさを駆り立てたのだった。

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