第27話 悪魔大元帥な彼女
名古屋駅までのバスに揺られながら、絶賛25分ぐらいの遅刻をどう言い訳すれば良いかシミュレーションしてみる。
『すまん、寝坊した』
『死ね』
これはダメか。完全に
『すまねぇ、遅刻だ。荷物持ちもするから許せ』
『当然だし、死ね』
これもダメだな。もっと申し訳なさそうに、理由を明確に。
『申し訳ねぇ、身体の傷が痛んで出るのに時間がかかっちまった』
『じゃあそのまま死ね』
おいおい、あいつ鬼だわ。どんなシミュレーションしても最終的に死を命じられる運命だわ。
てゆうかそもそもいるのか? 10分来なかったら案外一人で行っちまったりして。
そうだよそうだよ。だって今現在5分遅刻してるし、必要なら
となると、着いても俺無駄足になるわけだが……江南でも食っていくか。
あそこのラーメン食う為だけに名古屋駅に来たと考えたら、もう全部チャラにできる。そんぐらい好き。
バスを降りて名古屋駅の駅内を颯爽と歩き、銀時計に着く。
見回しても、うん、やっぱりいねぇな。そりゃ今時30分近く待つ奴はいねーって。
んーじゃ、せっかく名駅来たし、ラーメン食いに行くかな。
「遅い」
「うぉ!? ビックリしたァ!」
ラーメン屋のある金時計方面に振り返った瞬間、目の前に
なんか似つかわしくない地味目な紺のタムをかぶり、オフホワイトのスモックブラウス、長めのジーンズスカート。思っていたようなお嬢様って感じの格好ではなかった。
「わ、悪い。というかお前今金時計の方から来たじゃねぇか! お前も遅刻したんじゃねぇのか?」
聞くと、新垣の頰がヒクヒクと引きつる。
「……あんたが金時計で12時とかぬかしてたから、間違ってそっちに行ったのかもって見に行ったの」
「あ、とぅす」
顎をちょっとしゃくらせて言うと、胸ぐらを掴まれて、低めの声が返ってきた。
「それやめて。この前も本当ぶん殴ろうかと思ったから」
「わ、悪かったよ遅刻して、ちょっと身体休ませてたんだよ……ってか普通に痛い痛い痛い」
あっ、と声を上げた新垣は、急いで手を離した。
「ごめんなさい、怪我してたの忘れちゃって」
「どうした? 謝るなんて、余命宣告でもされたのか?」
「私が気遣うのがそんなにおかしい?」
「天変地異の前触れかと思う」
「じゃあ望み通り痛めつけてあげます」
「がぁあああ、痛ぇええ」
胸ぐらを掴んで外へと出ようとしやがる新垣、やっぱり鬼だった……。
でもそうか、こいつ30分も待ってくれてたんだな。申し訳なさもあって、ちょっと見直したぜ。鬼だけど。
あ、そうだ。
「「連絡先……え?」」
手を離し、急に振り向いた新垣と声が重なり、多分お互いの表情まで重なってるだろう。
「な、何?」
先に尋ねたのは新垣、何故か向けられたのは期待の眼差し? よく分からんが思ったまま口にした。
「ほら、ノートPCも返さなきゃダメだし、連絡先知り合ってた方が楽だろ?」
「……そ、そうね。えぇ、間違いなくそうだと思います」
どうやら期待通りの答えを出せたのか、言葉は冷静だが、かなり満足そうな顔してらっしゃる。よしよし、俺はなんて人の気持ちが分かる男なんだ。ここで更に気を遣える男だということを思い知らせてやるぜ。
「安心しろよ。ちゃんとノートPC返したらお前の連絡先消してやるからよ」
「はい?」
え、なんだ、馬鹿な、選択を間違えたというのか? だって元ヤンに連絡先知られてるとかこいつからしたら、人生の汚点とかそういうレベルだろう?
だから気を遣って言ったのに……なんか……見るからに……機嫌が。
「今後一切関わるつもりが無いという意思表示、というより宣戦布告を今私は叫ばれてる?」
「な、なんでそうなる。ちげーよ。単純に俺みたいなのに連絡先とか知られたくねーだろ」
「い、いつも自信満々のくせに何で変なところで自虐的なの!」
「お、怒んなよ。まぁ、去年みたいな事があったら、お前にすぐ連絡取れるし、お前がいいなら残しとくか」
「去年……? あぁ、
どうやら学校から追い出した女の名前はまだ忘れちゃいないらしい。というか根に持つタイプだろうから、一生忘れないかもしれない。こいつ記憶力バケモンだし。
「元気かな、彼女」
空を見上げて言った新垣に俺は突っ込む。
「追い出しといてよく言うぜ」
「何言ってるの。やられたからやり返しただけ。それに、最後ちゃんと謝ってたし、彼女」
「命だけは……命だけは……って?」
「あんた本当私を悪魔とかだと思ってるわけ?」
「ははっ、そんなわけ」
苦笑いで受け流す。たまに悪魔大元帥とか思ってる事は今口にしない方が良さそうだ。
「心で私を恨むのは勝手だけど、傷つけようとしてくる奴には容赦しないって決めてるの」
「ほーん、ま、いいんじゃねぇの。逆に恨まれたりしてねーんなら」
「恨まれてるでしょうね。謝ってる時も観念してって感じだったし」
「ははっ、まぁ
「あんたは?」
「あん?」
質問の意図が読めずに訊き返すと、帽子を少し深く被りなおし、新垣は俺の方を見ずに尋ねる。
「赤ピアスだっけ? あいつを恨まないの?」
「そりゃ次会ったらとっ捕まえたいけど、恨むのとはちげーな。これ以上女の子達が怖い目に遭わねーよーにって感じだ」
そこまで言うと、新垣はこちらを振りむき、真剣な表情でこちらを睨む。
「嘘、あんだけ殴られて怒らないなんてあるわけない」
「俺に関しちゃ、今まで散々他の奴らをそういう目に遭わせてきたから、それこそ因果応報と思ってんだよ」
「本気で言ってるの?」
「おぅ、昔は煽り耐性0だったけど、近頃は我慢出来るんだぜ。偉いだろ」
冗談めかし、笑っていうが、新垣は笑わなかった。
「陣内さん?」
「お? 何でここで陣内の名前が?」
「別に」
そう言った声は何処か虚しさを感じたが、直ぐに新垣は目当ての店の方へと歩き始めるのであった。
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