第22話 迷いながら。

 俺は真っ先に最寄りの電車駅の方に走り出す。

 少なくとも駅までは集団になって帰ってると思いたい。

 そう思いながら走ってしばらく、音楽部と他の部活の奴らも集団で帰ってるのを目にする。

 だが……あれ、はるかさんは? い、いなくないか?

 名前までは知らないが音楽部である事は知ってる女子に、息を切らしながらも、話しかけてみる。

「はぁ、あの、石原はどうした?」

「ひ、ひぅ」

 話しかけた女の子の引きつった顔である。

 おっと、やべぇ、完全にビビらせとる。これじゃ俺が不審者だと思われてもおかしくねぇ。

 息を整えて、簡潔に、穏やかにを心がけて話しかけた。

石原いしはらはるかさんは? 音楽部全員で帰ってるんじゃないのか?」

「あ、あぁ。石原先輩ならみっこの忘れ物取りに行くのに付き合ってあげてて」

「急に全員帰れってなったから忘れ物しちゃったみたいで」

「戻っていったはずなんですけど」

 戻っていった? じゃあ、なんで俺は……。

 全力で走り出した。彼女達が学校戻ったのなら俺と鉢合わせてるはずだろ。

 そうじゃないなら……あの日の記憶がフラッシュバックした。

 そうであって欲しくないと思ってある事は、得てして何故か起きてしまう事が多い気がするのは、何故なのだろう。

 あの日と同じ路地裏に行くと、はるかさんが今まさに暴漢らしき男に襲われそうになっているところだった。

「おい!!!」

 俺が男の肩に手をやると、最早裏拳のように男は掴まれた手を振りかぶり、俺の手を跳ね除ける。

 そして、間髪かんぱつ入れずに顔面に拳が飛んできた為、俺はとても避けきれず頬に一発もらってしまう。

 だが、意地で踏ん張って男の横を掻い潜り、遥さん達を背に守れる態勢を整えられた。

「つ、ま……ぶき」

 男から目を離すとまた急襲されるかもしれない。

 俺はか細い声のする方をチラと横目でだけ見た。

 遥さんは震えていた。制服には砂利、不安そうに重ねる手の甲には、擦り傷、どう見ても抵抗したあとだろう。

 もう一人の子も同じように震えている。

 こちらは怪我こそしてないが、ショックで動けなくなっているようだった。

「もう大丈夫だから。安心しろ」

「あーんしんしん!」

 俺の言葉に呼応するように、男は俺のボディにたいして、横拳をハンマーのように

 咄嗟とっさの俺の肘のガードは甘く、脇腹に思いっきり拳を受ける。

「ぐっ」

「いいとこだったのに邪魔邪魔くん」

 今度は手刀で。しかも鳩尾みぞおちをしっかりと捉えている。これはしっかり手でいなし、はたき落とすように弾く。

 手足も長いし、ガタイもいい。だが、最も厄介なのはこいつの動きだ。

 ちょっとバトっただけで分かる。こいつのこの迷いの無いのに対して、素早い変則的な攻撃。別に武術とかそういうんじゃない、自分なりのファイトスタイルみたいなのがあるんだ。

 すると、男は距離を少し取って、ケタケタと笑い出した。

「へぇー喧嘩慣れしてるねー。身のこなしが普通じゃないもん君」

「そうかもな」

 額の汗をぬぐって、面と向かって見ると、男は赤いバンダナ、染めた赤い髪に赤ピアス、なのに、服装は黒のパーカーにジーンズと中々ファンキーなのか、落ち着いてんのか判断しにくい出で立ちだった。

「せっかく女の子と仲良く良くするとこだったのにー」

 喋り方も癖つえーなこいつ。とか気を抜いた瞬間だった。急に男は体一つ分跳び上がり、壁を右足で蹴った反動で、俺の顔面に左足でヒール蹴りをかましてきた。

 痛ってえぇ! と左腕で防いだ俺は、衝撃で一瞬倒れたが、男がまた思いっきり両拳を挟むように握り込んでハンマーみたいに殴ろうと追撃してくるもんだから、ネックスプリングで起き上がって、一瞬迷ってから突き飛ばす。

「んー? 何々?」

 突き飛ばされた男は首を傾げて、俺へ無垢むくな視線を飛ばす。

「あん?」

「君、何で手出して来ないの? 今のだって本当は僕の事蹴ろうとしたでしょ?」

「お見通しかよ。なんなんだお前」

 尋ねると、コキコキと首を鳴らしながら近づいてきて、ニヤニヤした笑いを浮かべる男。

「名乗らないよー。捕まっちゃうちゃうじゃんじゃん」

「うぜぇ……」

 と呟いたところで、男の思いっきりの踏み込みに反応出来ず、右ストレートを顔面に一発食らったらしい……痛ぇな畜生……。鼻血出てきたし。

「タフタフだなー君。もうほんと呆れちゃうほどタフタフ」

「うるせぇ、さっさと失せろ。誰か来たら通報されて一発補導の刑じゃお前なんか」

「そーだね。女の子と楽しむ時間はなさそーだから、タフタフが涙を浮かべて許しを請うところまで遊ぼーか」

 ニタァと笑う男に寒気を覚える。あーそうそう、喧嘩ってこんなんだったよなぁなんて自嘲気味な笑いが出てきた。あーぁ……好きな女の子の前でボコボコにされるなんて、かっこ悪……。

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