第15話 クリームパン派ですね

 その日から俺の音楽部警護の時間が始まった。

 と言ってもあまり表立って行動してると、ストーカーに気付かれて行動のエスカレートの可能性も否めない。

 なので、部室の中に入ったり、音楽部の者達と干渉するのはやめておいた方がいいだろうと、バ会長の言う通りにしている。

 俺は音楽部を外からでも見える色んな箇所をうろうろと監視したりしているわけだが、取り敢えずここ二日間は進展なしだ。

 もう五月の二週目の水曜だし、中間テストが五月の四週目だから、三週目にはテスト前という事で部活休みに入っちまう。

 流石にそれまでには解決しないと、遥さん達がテスト前に集中出来んかもしれんし、今俺の分の仕事もこなしてる生徒会の他メンバーにも悪い。

 俺は自販機で買ったアイスコーヒーをちびちび飲みながら、一番音楽室を外から覗き見易い、校舎裏まで歩いていく。

 やっぱり誰もいねぇな。

 現れるとしたら音楽部の皆が下校するところなのか。

 音楽部の活動教室は当然と言うか音楽室なわけだが、そこではピアノに合わせて遥さん達他十数人で合唱曲の練習中だ。

 平成高校の音楽部は吹奏楽も合唱も行うちょっと変わった部活だ。

 ただどちらの実力もあまり高い方ではなくて、うちはそこそこ野球が強い高校であるため、野球部が大会で勝ち進んだりすると、練習予定とかが変わったりしていろいろ大変らしい。

 というのもこの2日間で遥さんが教えてくれた。ウェヒヒ。

「あ、不審者発見」

 ビクッと後ろを振り向くと、バ会長こと陣内じんない恵美めぐみが、紙袋片手に歩いてきた。

「びっくりした。シャレにならんからやめろ」

「気持ち悪い顔で、部室覗いてるから。本当はストーカー妻夫木つまぶきだったんじゃない?」

「俺は隠れて覗いたりしねぇ」

「今隠れて覗いてるじゃん」

「……あ、本当だ」

「なんじゃそりゃ」

 そーだよそーだよ。今俺隠れて覗いてるわ。とんでもなくこいつが正しいわ。

 俺が頷いてると、何故か陣内はケタケタと笑いながら隣まで来て、紙袋から何か取り出す。

「ほれ、差し入れ」

「おー。何だこれあんぱん?」

「いや、クリームパン」

「クリームパンかよ。普通張り込みの時はあんぱんだろ」

「私クリームパンの方が好きだもん」

「お、おぉ、そう言われちゃしょうがない」

 もらったクリームパンを食べながら、買った缶コーヒーを啜る。

 購買の菓子パンってたまに食うとすげー美味く感じるコレなんだろうな。

「で、進捗報告が無いんだがどうなってる。妻夫木バ会計?」

 浮かべてるのは笑顔だが、完全にこの野郎サボってんじゃねーだろーな。という脅しですねこれ。

「あ、わりー。完全に忘れてたわ。今んとこ校内で音楽室を覗いてる不審者は俺一人でございます」

「ならばよし」

「よくねーだろ」

 ツッコむと、陣内はクリームパンをもぐもぐさせ、うーんと考え込む。

「もしかしたらやっこさん、妻夫木が張り込んでるのに気づいてるのかもね。普通そんななりしてる奴が自分のいつものストーキング箇所に来てたら寄らないもん。牽制けんせいしちゃってんじゃんない?」

「えー。じゃあ出てこねーのかな」

「てゆうか妻夫木フットワーク軽いんだから、見られてるのを感じ取った部員の元に駆けつけるって風にすれば?」

「それだと最速でやるには音楽部全員と連絡先交換しなきゃじゃん。こんななりした奴に、お前連絡先教えたいか?」

「あれ、昔私から連絡先教えてって聞かなかったか?」

「……お、そうだったけど」

 お、こいつ初めて会った日の事覚えてんのか。まぁ、新垣の事件が会った日だったし、衝撃的過ぎて忘れるわけもないか。

「まー、石原いしはらさんは教えてくれるでしょ。当事者なんだし、生徒会に入ってくれそうなら断らないんじゃない?」

「それはなんか弱みに付け込むみたいで嫌なんだよ」

「相変わらず変なプライド持っとるねぇ」

 陣内はまたケタケタと満足そうに笑うと、クリームパンの最後の一口を頬張る。クリームパン如きで幸せそうですね。

 まぁいいや、俺だけじゃどうにもなんねーなら他人の知恵借りよう。

「陣内ならどうやってストーカーあぶり出す?」

「私? うーん、ストーカーにも、ストーカーの対象にも目星が付いてないならやっぱりおとり作戦だろうね」

「危険な目に遭わせちまうじゃねーか」

「ちっちっち、今回の対象は別に音楽部の女の子達に限った事じゃないんだろう?」

「あー、そうだった。いくつか楽器も盗まれてるとかなんとか。個人のを特定してって感じじゃないから、ストーカー対象にされてる子は分かんねーみてーだけど」

「じゃあ囮はそっちにして、女の子は駅までは全員で下校してもらう。確か防犯ブザー持ってる子には、帰りにそれぞれ直ぐ鳴らせるように握ってもらって、ない子も防犯ブザーアプリを入れてもらったんだろう?」

「おぅ、その辺の指示は石原通じてしてあるよ」

「よろしい。じゃあ後は楽器を不審者に取られ易い状況にして誘い込めばいいんじゃないか?」

「て、天才か」

「いや、こんなん誰でも気がつくと思うけど」

 気づかなかったですハイ……その場でとっ捕まえてやる事しか考えて無かったですハイ。

「さて、じゃあそろそろ私は戻る。仕事も山積みだからね。誰かさんのお陰で」

「お、おっふ、すまん……あ、そうだ。陣内」

「なんだい?」

「ありがとよ。お前本当に黙っててくれてるんだな。俺が生徒会入った理由」

 感謝を伝えると、陣内はニッと笑ってなんでもなさそうに答える。

「約束したからね。約束は大事だから」

「……あんな簡単な口約束でもか?」

「うん、そうだよ」

 見えなくなるまでバイバイと手を振りながら、陣内は校舎に入っていく。彼女と交わす約束は、例えどんなものでも固く、守られるべきものとなる。

 それが陣内恵美の生き様なのだ。

 だから俺は彼女を信頼してる。不良と言われ、どんな奴らからも諦められた俺を、どんな時でもあいつは信じてくれるから。

 あの暴力で全てを失った日、陣内と交わした約束を、俺は今日も今日とて守り続ける。

 飲み終わった缶コーヒーをゴミ箱に捨てる。音楽室から聴こえる明日に渡れという曲の歌詞を、気づくと感慨深く口ずさんでいた。

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