第10話 俺の嫌いな愛されガール
正直に言おう。ちょっと思った。これを機に
だがそんな都合のいい事はあるはずも無いらしい。
目が合った俺たち、俺の睨みつけるような視線に対して、事もあろうか新垣は舌打ちして携帯を切った。
「ちょっと来て」
「あぁん?」
俺の腕を掴んで路地裏の奴らから出てきても、死角になって見えない別の路地裏まで腕を引っ張られて連れてこられた。
「何だってんだ。さっきの感じだと助けてもらって再度お礼って訳でもなさそうじゃん」
皮肉っぽく言ってみたが、新垣は悪びれた風もなく、肩をすくめて言い放つ。
「その通り、お礼したい気持ちなんて微塵もない。何故ならあんたのせいで計画が狂ったから」
お、おいおい、喋り方も雰囲気もさっきまでとまるで違うんだが……。
「計画だぁ? 何だよ。不良に襲われる願望でもあるってのか?」
馬鹿にする笑いを交えた瞬間だった。
後頭部にひんやりとしたものが当たり、速攻振り返る。
「お嬢様を
し、執事が拳銃を持って俺に突きつけとる。
その事実にもびっくりだが、最もびっくりしたのは、背後を取られる事に気配を微塵も感じなかった事だ。
さっき冗談で
このタキシード三白眼……かなりやる奴だぜ。
「やめなさい、
「はっ」
言われて直ぐに銃を引っ込める執事、てゆうか本物の銃なのだろうか。だとしたら。
「本当にお付きの者いるんじゃねぇか。てめぇ、遅いんだよ。てめぇんとこのお嬢様があとちょっとで慰み者にされそうになって」
「あーはっはっは」
そこまで言うと、何故か執事はふっと嘲笑めき、後ろの新垣が笑い出した。
「な、何だよ」
「本当に察しが悪い。言ったでしょ。全て作戦だって。あの不良達に襲われたのは、私に歯向かおうとする
忌ま忌ましそうにこちらを睨みつけて言いやがる新垣。臨戦態勢前のドチンピラみたいな顔しやがって。
「鎌瀬美月……美月ってのは確かまーくんの彼女……え、じゃあ、襲われたのはわざとなのか」
「そう。さっきからそう言ってるけど」
「てめぇ、じゃああいつらがボコられるのも分かってて一緒に帰ってたのかよ」
「あいつら? あぁ、須藤くん達の事? 何であんたがそんな事気にするわけ?」
「名前までは知らねぇが、あいつら事情も知らずにお前を守ろうとしてボコボコにされたんだぞ」
新垣に凄んで言うと背後の男が動き出した気がした。多分俺が新垣に殴りかかるとでも思っているのだろう。
新垣は相変わらず悪びれた風もなく臆面も無く言い放つ。
「あんたが疑っていたからよ。屋上から私が帰っているのを見てたんでしょ?」
「な、何でそんな事知ってるんだよ」
「才原があんたを見張っていたから」
「はぁ!?」
後ろを振り向くと、執事がわざとらしく一礼する。
「だからあんたが集団で帰ってるのを見て安心して、これ以上関わらないようになるだろうという見解だった。結構お昼も冷ために突き放したしね。それが恩でも売るためか、まさか追いかけてくるなんて、本当予想外。あんたがいなければ、彼らも無駄に傷つく必要もなかった。お陰で無駄な出費まで加算。これが事実」
恩を着せるつもりだぁ? しかもこいつ……。
「俺のせいだと?」
「そう、でも、鎌瀬の名前だけ聞き出せているから良しとしてあげる。本当それだけね」
こいつからぶつけられているのが、本当に悪感情なのが分かる。
ようやく理解出来た。さっき俺が感じた違和感はこれだった。
周りから愛されているとする新垣ゆかな。だが、感情を交える話し方の時、こいつから熱というか、そもそもの感情が薄っぺらく感じてしまった。
理由は単純だ。演技だから。思ってないから。謝っていても謝ろうなんて思っちゃいない。怒っていても、怒りを殺してでも感謝にすり替える。表情も、仕草も、態度も。
俺は多分、喧嘩しかしてこなかったせいか、自分を誇張するような嘘こそ沢山見て、聞いてきたものの、残りは馬鹿みたいに真っ直ぐな感情ばかりだ。
ぶっとばしたいとかこいつに勝ちたいとか、負けて悔しいとか、そんな単純な感情だけれども。
だからこそ、こいつが普段周りに対して行なっている全てが
そして恐ろしいのは、そんな欺瞞に
俺にちょっと睨まれただけで萎縮していた男子が、我が身を犠牲にし、犠牲にした事も鼻にかけないで、彼女に尽くす。
あぁ、理解した。こいつみたいなのを何て言うのか知ってる。
「何? 言いたいことでもあるの?」
「……連絡先教えろ。そこの才原とかいう執事でもいいから」
「はぁ?」
心底訳が分からないという顔をしているの横目に、俺は執事に近づき、尋ねる。
「LINEあるか? そもそも携帯持ってんのか?」
「何のつもりだ」
「渡すもんがあんだよ。鎌瀬って女が屋上で、新垣を襲うのゲロってた時の音声データがある。お嬢様ならそんなんでも追い詰める武器になんだろ」
「へぇ、分かってるじゃない」
満足そうに笑う新垣。執事が携帯を取り出して俺は音声データをさっさと送信した。
「それから、この事は内緒にしてもらいたいんだけど」
「別に言わねぇし、言っても無駄だろ。あの学校じゃ、俺の言葉が白でも、てめぇが黒って言えば黒になる」
「自分の都合が関わると察しがいいの? 分かってるじゃない」
「あぁ、だからこの音声データを渡す代わりに二度と俺と関わるな」
それだけ言うと、新垣はさっきよりも満足そうに笑い、頷いたのを見て2人の元から去っていく。
「じゃあね、
かけられた言葉の声音はとても穏やかで、まるで長年の友にでもかけられるようなものであったのに、俺は何だかとてもそれが恐ろしい事のように思える。
新垣ゆかな、こいつは、吐き気を催す邪悪とまで言える悪女だ。
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