第9話 本性表したね

 昔から泣いてる女に弱かった。母親も泣いてるときに慰めると、子供のお前に何が分かるんだ馬鹿やろぉ! って怒鳴られて、えー慰めたのにってなったり、妹のおもちゃ壊して泣きながらぶん殴られて抵抗出来ないのでちゃんとそのままボコボコにされたり、おんなじ理由で幼稚園のよっちゃんにもボコボコにされたり、弱いの意味本当文字通りだなという体験談。

 だが、一番苦手になった理由は、あの三越の屋上庭園で、大好きだった彼女が引っ越すのを切り出した時、泣いてるのが、酷く辛かった思い出があるからだ。

 目の前の女の子に対して何も言えなくなる自分が情けなくなってしまうのもまた弱い理由。

 女子に掴まれる程度、振り払える筈なのに、その金色の瞳に捕らえられて一瞬脳の動きが止まる。

「もう、いいの。あなたが手を汚す事なんて無いから」

 言葉をかけられた事で、淡く潤んだ瞳に捉えられながら、俺は我に帰る事が出来た。

「でもこいつらお前を……」

「もう抵抗する気も無いみたいだから。やめてあげて」

「……新垣あらがきがそう言うなら……おい、新垣から取った金返せ」

「ば、ばいぃ!」

 まーくんもまーくんである。さっきあんだけイキってたのに、血が出ただけでピーピー泣き始めるもんだから側から見たら確かに俺が凄惨なカツアゲしてると思われても仕方ないなこれ。

 七人全員が金を返したのを見届けると俺はやっとこさで立っているまーくんの胸ぐらを掴んだ。

「で、誰かに頼まれたよな。というか女に頼まれたよな?」

「は、はぁ!? 美月みづきの野郎、誰かにチクった後かよぉ」

「へぇ、あいつ美月っつーんだ。知らない情報までありがとよ」

「あ」

 今日は出だしがピークだったまーくん。最後の最後まで良いところ無しで首謀者の彼女の名前を言ったところで本日の出番は終了。

「てめーら報復に来るんだったら次はパクられるの覚悟で五分の四殺しぐらいにしてやるからな」

「「「「「「「はい」」」」」」」

 あ、そこ覚えてやがれとかじゃないんだ……。素直にはいってこちらに礼して早歩きで逃げ出していきおった……。

「制服を見る限り守海高校の奴らだったね」

「おわっ、いつの間に!?」

 隣にいつの間にか陣内がいた。忍者かよ。陣内はそのまま倒れてる男子達の快方に行く。

「みんな立てる?」

「あ、ありがとう。陣内さん」

「ううん、偶々通りかかって良かったよ」

 鞄から絆創膏やら消毒液やらでテキパキと手当てをしていく。普通に凄いな。

「みんな、ごめんなさい。私が狙われたばかりに。何とお詫びすればいいのか」

 震えながら謝る新垣に対して倒れていた男達は慰めるように声をかける。

「新垣さんは何も悪くないよ」

「そうだよ。あいつらがクソすぎるだけで……寧ろ助けてあげるなんて新垣さん優し過ぎだよ」

「俺たちの事は大丈夫だから」

 おぉ……こいつら漢じゃねぇか。カッコつけてるだけかもしれないけど、血が出るほどボコボコになってるのに、そんな風に言えるのはすげぇ……ん?

 見たものは、新垣ゆかなの表情、仕草、新垣ゆかなを見る男達の視線、態度。今、何で俺は違和感を感じたのだろう。

 俺の視線に気づいたのか、新垣が俺のもとへ歩いてくる。

妻夫木つまぶきくんもごめんなさい。あんな事を言っておいて迷惑をかけて」

「あぁ別にいいけどよ。お前、お付きの者がいるとか言ってなかったっけ?」

「これだけ人数がいたら流石に襲ってこないと思ったの……私の慢心でした」

 まただ。なんかこいつ……何だろ。うまく言い表せられないのだが……。

「妻夫木?」

「おぉ?」

 陣内に肩を叩かれた。どうやらあらかた手当が終わったらしい。

「警察沙汰になると、君ばつが悪いんじゃない?」

「おぉ。え、呼んだのか?」

「いや、どうしようかと思って。私は当事者じゃないから判断は新垣さん達に任せようと思うけど、呼ばないならタクシーを呼んでみんな病院に連れてこうかと。一応診てもらった方がいいでしょ。この傷は」

「お、おぉ……状況判断はえぇな。流石自称次期会長」

 俺にまで配慮を考えてくれてる所に感心してると、新垣が陣内に話しかける。

「ありがとう。陣内さん。私は大事にするつもりは無いので、警察はやめましょうか。このまま皆さんを病院まで連れて行こうかと思います。お金は私の方で払いますから」

「あ、そう? 了解。みんなは……異論なさそうだね」

 男子達はウンウンと頷いている。俺も警察マッポに事情説明するのは勘弁だ。何回か厄介になって目ぇ付けられちゃってるし。

「私、タクシー呼ぶのと、ちょっと家の者に電話します」

 そう言って新垣は路地裏から出て行こうとする。

 さーて俺はどうしようかな。怪我してねぇし。

「陣内、あと任せていいか? 俺もうやる事なさそうだし」

「え、あ、うん……」

 何だその生返事……。

「俺まだなんかやる事あった?」

「……そうだね。君にはやる事があるよ」

「何?」

「私と連絡先交換」

「……WHY」

 割とマジで流れが掴めなくて困惑していると、陣内はぐっと拳を握って熱弁し始める。

「私、確かに君の言う通り最悪な事ばかり想定して動くところあったから。さっきの行動を先に起こす君に感激した」

 そんな目を爛々と輝かせんでも。こ、こいつ、結構変な奴だよなぁ。クセ強いぜまったく。

「ま、次期生徒会長さんとコネ作っておくのも悪かねぇ。はい、ふるふる」

「おー、ふるふる」

 LINEのふるふる機能で連絡先を交換。俺の数少ない連絡先の一つに希少種の女子が加わった記念すべき日になったようだ。

「そんじゃな、陣内」

「うん、また」

 バイバイと手を振る陣内に背を向けて、路地裏を出ようとする。

 すると、視界に、何故か憤ってるように見える新垣が入り、電話の声が聞こえてくる。

「えぇ、失敗。横槍が入ってね。そう、あの低脳ドチンピラ。何が何となく心配だったから。よ。カッコつけて正義のヒーロー気取りか……私の完璧な計画おじゃんに……あ」

 どうやら俺はこいつの中で低脳ドチンピラらしい。

 …………どゆこと?


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