第7話 嘘つきまーくん

 何だかんだ言いつつ嘘だったんじゃないかと。

 あの罵倒少女達はその場を盛り上げるだけの可愛いブラックジョークをかましていたのだと。

 だが、目の前の光景はあわや俺の見た夢の光景へとまさに至ろうとしてる事実で。

 裏路地に入るところで様子をうかがう俺。俺に追いついた陣内じんないも同様に起きている事実を覗き見る。

「さーて、新垣あらがきちゃん。じゃあ俺たちと遊んでもらおーかね」

 バットを持った1人の男が新垣に近づいていく。後頭部しか見えないが、身長たっぱもあるし、雰囲気的にあいつがあの集団の頭だろうか。

「に、逃げて。あら……がきさん」

「で、でも」

「無理だよなぁ。無茶な事カッコつけて女の子に言うんじゃねぇよ。貧弱君よぉ。こんなに囲まれて逃げられるわけねぇじゃんか。なぁ?」

 倒れていた取り巻きの男の1人が、バットの男にあざけられ、周りへの同意の問いは、数人のチンピラの嘲笑いを加速させた。

「にしても妻夫木つまぶきボコった事のあるマサさんに狙われるなんて姉ちゃん同情するわー」

「ほんとほんと、可愛そうだよなぁ」

 え、やっぱりあいつがまーくんか!?

 マ、マジか。俺に勝ったことあるとかヤベェじゃねぇか。俺その情報知らんけど。

「お、お金なら渡します。だからこれ以上彼らに危害は加えないで!」

 表情に怯えの色を見せつつ、新垣は財布の中身から数枚の一万円札を取り出す。

 すると周りから口笛やら、歓声やらが巻き起こる。

「やりー。儲けたなぁ。分かった分かった。こいつらをボコるのはもうやめてやるよぉ」

「それじゃあ……」

「でも、彼らの中に新垣ちゃんは入ってないじゃんねぇ」

「……えっ……や、やめ」

 一瞬の新垣の絶望顔の後、カランカランと金属バットが床を転がる音がした。

「まずいね。警察を呼ぼうか」

 陣内が携帯を取り出すが、俺がそれを止める。

「そうしてる間に新垣がヤられてんのずっと見とくってか。阿呆らしい」

 俺が行こうとすると陣内が俺の肩を掴んで制止する。

「で、でも相手7人いるぞ」

「多対一なんてよくやってる。俺一緒に喧嘩する友達1人しかいねぇし」

「カッコつけてる場合か。震えてるじゃないか」

「あぁ?」

 俺震えてんのか? ほんとだ。手がちょっとプルプルしてる。

「ビビってるんだろ? 相手は獲物だって持ってる。それに新垣さんを人質に取られたらどうする」

「……お前さぁ、生徒会長になるのにそんな最悪な想定ばかりで動いてて人生楽しいか?」

「え?」

 俺の肩を掴む力が弱まった。パッと払いのけた俺は安心させるように出来る限り穏和に笑った。

「この震えは武者震いを越えた覇者震いってんだ。覚えておくといいぜ」

 告げると俺は思いっきり走り出して取り敢えず一番手前にいた奴に思いっきり飛び蹴りを喰らわしてみる。

「ドッセーーーイ!」

「ほぎょ!!」

 すると面白いように前につんのめって倒れたのでそのまま起き上がり、まーくんの首を両手で掴んで後ろの奴らに対してぶん投げる。

「ハイ、ヨイショー!!」

「ぐぇ!」

 まーくんは何が起きたか分からないとでも言うように目をパチクリとさせて、ゲホゲホ咳き込みながらこちらに怒りの形相を露わにする。知らん顔だ。一瞥いちべつしたら俺は新垣の様子を見る。

「てめぇなにもんだ!?」

「大丈夫か新垣」

「な、なんで来たの」

 助けに来たのに何故落胆の声音なのか……。

「なんとなく心配だったからな。そしたら案の定だったわ」

「おい、てめぇ!! 聞いてんのか!?」

「うっさいなー聴こえてるっつの。名前言えばいいのか?」

「ナメんなぁ!」

 バットの上から下へ叩きつけるようなフルスイング。ここまでの一連の動作で大体喧嘩がどんくらい強いのか分かる。バットのグリップの握りがイマイチというか、ただ掴んでるだけ、更に後ろからでも無いのに、獲物を喧嘩相手の上から振り下ろそうとしていること。これだけでもヒロなら0点と辛口審査するだろう。

 獲物を振り切る前に、ひょいっとまーくんとあわやキス出来ちまうくらい近づく。

「あぇ!?」

「はいパァーーンチ!!」

 ゼロ距離から顔面に一発右ストレートでぶっ放す。すると、これまた面白いくらい吹っ飛んで残り6人の顔が曇る。

 俺は、さっき逃げろと新垣に喚起した倒れてる男子に話しかけた。よく見ると、昼休みに俺に睨まれて下を向いた奴のうちの1人だった。

「いやー、ガッツあるなーお前。見直したぞ俺」

「え、あ、え」

「喋んな喋んな。多分口の中切ってるから喋ると痛いぞそれ。まぁ任せとけ。お前らの怒りは俺が10倍返ししてやっから」

 肩を軽くポンポン叩いてから俺は立ち上がって連中を視界に捉える。

「さーってじゃあお前ら全員ボコボコのボコな。ボコっと行くから」

「ふ、ふ、ふざけやがって……」

 まーくんが少しよろめきながらも、俺へ近づこうとした瞬間、隣にいたチンピラがあっ! と大きい声をあげた。

「あ……あいつ」

「何だよ」

「あいつ、妻夫木っすよ! モグチューの殴り屋の!!」

「え、え?」

 その瞬間まーくんの引きつったような顔が見えたので俺はニターッと笑うのであった。

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