第5話 ヤンキー、陣内恵美と対峙する。

 新垣あらがきゆかなが助けを求めている。複数の男に囲まれて身動き一つ取れず、抵抗を見せても、強い力に阻まれ、まさに蹂躙されかけていた。

 涙を流しながら彼女は助けを求めていた。助けて、助けて、助けてと。

 俺はそこに意識があるのに身体が存在しなくて、きっと、俺に向けてではない、誰かへの助けてという悲痛な言葉がずっと、木霊こだましていた。

 うるせぇ、うるさい、やめろ……ずっと頭の中で鳴り響く音。

 だが、ふと気づく。あ、チャイムだわこれ。え、今何時だ?

 寝ぼけ眼をこすり、携帯を見ると16時20分……どうやらだいぶ眠りこけていたらしい。7限が終わる時間だ。

 一つ大きく伸びをしてグラウンドの方を見る。

 新垣の奴、普通に帰るのかな。心配ないっつってたけど、車とか呼んだりするのだろうか。てゆうかよくよく考えたら御付きの人がいるとかどんだけお嬢様なんだろう。

 ……いや、そもそもそれは本当なのだろうか。

 見ていた夢のおかげで嫌な予感しかしない。まさか正夢だったりして。

 嫌な想像をしていると、下校している生徒達の中で、一際人が集まっている集団がある。新垣だ。中心に新垣がいる。

 俺は、よっと身体をネックスプリングで起こし、屋上の頂上スペースから広い踊り場まで梯子を使わずに飛び降りて着地、脚にジーンと衝撃の感覚を残したまま、俺は屋上、そして校舎内、続いて校門の前まで走ったのだが……。

 ……流石にもういねぇか。

 あいつって電車通学なのか? それともバス? それとも徒歩距離に家があるのか? クッソ、誰かに聞くか?

 でも明らかに俺が立ってる位置から避けられて皆さん校門を出て、帰宅しておられる。話しかけられたところで話になんのか……お?

「おい」

「うん?」

 そいつを選んだ理由はシンプル。俺の事を気にせずにまっすぐ校門から出ようとしていたからだ。

 俺が声をかけると、女はこちらを見て特に表情を崩すでもなく、小首を傾げる。ん、大きな目に鼻筋通っててちょっと顔がタイプだこいつ。

「新垣ゆかなの家ってどっち方向か分かるか?」

「新垣ってお嬢様の?」

「お、そうそう」

「何故そんな事を聞くのかな?」

「え、何故ってそりゃあ……」

 ここまでやり取りしてハッと気づく。どう考えてもこんななりのツッパリがお嬢様の家を聞くなんて不自然過ぎる。襲撃や強姦を目論んでると思われても仕方ない。

 況してやそれを阻みに行くつもりだなんて、事情を何も知らないこの女は思いもしないだろう。

「わ、忘れ物を届けに」

「嘘だな。例え本当に忘れ物があったとしても、今日一度もまともに教室に来ていないだろう君が、新垣さんの忘れ物に気づく筈がない」

「ぐっ、確かに……ってか俺がサボってる事なんで知って……」

「もう帰ってもいいかな?」

 呆れた表情を浮かべる女。

 ……話をまともにやり取り出来ただけマシか。そうだ。俺が何を言ったって信じてくれるわけがねぇ。

 人は見た目が100%。当たらずとも遠からずだと思う。

 人は意識しなければ先入観を交えてしまう生き物だから。

「もういい、じゃあな」

「……待ちなよ」

「あ?」

 諦めて立ち去ろうとした俺を、女は立ち止まらせた。

「本当の事を言ってみて。説得力があれば教えるから」

 彼女が俺相手にこんな譲歩をするメリットは想像できる限り無いだろう。それはつまり、本当に話を聞こうとしているという事だ。

「新垣に放課後に危害を加えるって計画してる奴らの話を、屋上でサボってたら偶然聞いちまった……だから」

「助けに行く?」

 尋ねられて俺は首を縦に振った。まぁ、作り話と思われるかもしれない……。

「分かった。さっきの嘘なんかより100倍は信憑性がある。信じる」

「え?」

 そう言った女は、一目散に電車のある駅の方まで走り出した。

「こっちだ。私も一緒に行く。早く来て」

「な、なんでだよ」

 走ってついて行くと、女は笑って言う。

「ヤンキーが必死に頼み込んだ理由が本当かどうか見極めたいからな。百聞は一見にしかずって言うし」

「必死じゃねぇし! てめぇ泣かすぞコラ!」

「てめぇじゃない。陣内じんない恵美めぐみだ」

「陣内?」

 俺が再度聞き直すと、走りながら彼女は人差し指を俺にしっかりと突き付け、不敵に微笑んで言い放つ。

「次期生徒会長になる名前だから、覚えておくといいよ」


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